雷柵の設置
冒険者ギルドを出たところで、ドロシーから手鏡通信があった。
『ロールさんのところから連絡が来たわよ。品物できたって』
「あ、ありがとう」
ロータリーを歩きながらトーマス商店の店内を見る。と、ドロシーと目が合ったので手を振ってみる。
『なんだ、すごい近くにいたんじゃない!』
プリプリと怒るドロシーは実にラブリーだ。
「うん、ありがとう、すぐ行ってみるよ」
今日中に電気柵(雷柵)が設置できれば、明日には迷宮に移動できそうだ。
ロール工房に到着すると、先日よりもさらにやつれていたロールが出迎えた。
「やあ、できたよ、注文通りに」
「毎度面倒を掛けて済みません。こちらがお代です」
「いやあ、金払いもいいし、案外割のいい仕事だし、こちらも有り難いよ。どうみても急ぎで、見えない期限があるのが厳しいけどね」
ハハハ、と乾いた笑いを醸し出すロールは、今にも倒れそうだ。
それにしても鉄線が三千五百メトル分か。巻いてあるけど、圧巻の量ね。もちろん、『道具箱』には余裕で入ったけどね。
「素早い納品に感謝します! これ、皆さんでどうぞ」
うん、今後も、無茶振りするならロール工房だな。思わず体力回復ポーションを渡してしまう。
「ありがとう。まだ働かせるつもりかい? フッ、フフフフ」
うーん、そんなマゾっ気たっぷりに言われたら、やらせたくなってしまうよ。
「では、これなんかどうでしょうか?」
リトルフ夫人にプレゼントするつもりで、未だ渡す機会がないアイロンを、ロールに渡す。
「これは試作で鍛造品ですけど、本来は鋳造で作った方が簡単なんですよね。この穴は鋳造時には無くても構いませんけど、熱に強ければどうでもいいです。仕上げはこっちでやりますし」
「これは……アイロンかい? うちでもたまに作るけど、こんな形は初めて見たなぁ」
「まあ、ロックさんのところや、ロールさんのところにはお世話になってますし。真似して販売してもいいですよ。その時は一応商業ギルドの方に話を通すと売りやすいかもしれませんね」
五個を、納期は大まかに一月後、ということにして、売値については作ってみてから相談、ということになった。
「じゃ、よろしくです」
ペコリ、とお辞儀をして、収容所へ向かう。
歩いている間にアーロンとフレデリカに、『今から収容所で作業しますのでよろしく(意訳)』と同報短文を打っておく。
アーロンからは『了解した了解した』と登録されている定型文二度打ちの短文が、フレデリカからは『平素よりお世話になっております。今から私もそちらへ参ります。草々』とビジネス挨拶みたいな短文が返ってきた。案外、フレデリカは元の世界にいたときにはお堅いOLだったりして……。
あの端正な顔立ちのエルフがお局様眼鏡を掛けている姿を想像すると萌えるものがある………。
「グヘヘヘヘ……」
下品な笑みを浮かべつつ収容所に到着すると、門番の騎士団員が引き攣った笑いをしていた。
「どうも……お世話になっております……」
「あ、はい………。本日はどのような御用向きで?」
まだ私が作業するってことは連絡が行ってないか。こういうところも騎士団に通信機の導入が待たれるところなわけね。
「そちらで作業をさせていただく予定です。副団長が来るまで、ここで待ちますので……」
当然だけども、この門番さんは私の顔くらいは知っているだろう。先日の二十人の中にいたような気がするし(あんまり覚えてない)。だから、私を通して中で待ってもらおうか、逡巡しているようだった。
うん、でも、これはフレデリカと一緒ならともかく、単独では入れるべきではないよね。いかに顔見知りの施工業者とはいえ。
「お――――お待たせ―――した」
しばらくすると、アーロンとフレデリカが走ってやってきた。競争してるみたいだったけど、何この二人、仲良しさんなの?
「お待たせ……した」
「中へ―――入ろう」
「えと、はい」
騎士団長、副騎士団長の案内で、収容所内部へ入る。
入り口を入った脇には木製の杭が山と積まれていた。急いで手配したにしては中々の数だ。
「じゃ、早速工事します。二~三人、手伝っていただけますか?」
「わかった―――」
アーロンが若い騎士団員に声を掛けると、三人ほどがやってきた。
私は『道具箱』に杭を収納し始める。
「杭打ちを先にしますので……んしょっと……手伝ってくださいな」
「はっ」
若い騎士団員は三人とも直立不動で合掌をした。恐れているのか、教育がいいのかわからないけど、普通にしていてほしいなぁ。
【王国暦122年3月8日 10:11】
「じゃ、いきましょう」
アーロンとフレデリカを置いて(二人のうちどちらかが立ち会いだと思う)、土壁の際に杭を置いて、鍛冶用ハンマーで打ち込んでいく。
「ちゃんと支えててくださいね。動かすと怪我しますよ?」
「はっ!」
次々に『道具箱』から杭を取り出して渡して、五メトル間隔で杭を打ち込んでいく。収容所の土地―――というか土壁の内周は、ほぼ八百メトル。百六十本ほどが必要になるか。
杭は当然ながら私より背が高いので、一々ジャンプするのが面倒だけど、急ぎだから私がやった方が早い。
「はい、次」
「はっ!」
「次」
「はっ!」
「次ね」
「はっ!」
取り出しては若い騎士団員に投げつけて五メトルを走らせて、位置を確定させて支えてもらって、一発で杭をガンガン打ち込んでいく。
「はあっ、はあっ」
半分も過ぎたところで騎士団員の息が上がった。だらしないわね。
「はいー、元気出していこうー次-!」
「はあっいっ!」
「はっ!」
「次っ!」
「はぁ!」
と、一周が終わる頃には、若い騎士団員たちは青い顔をしていた。様子を見ていたアーロンとフレデリカも青い顔をしていたけれど、これも教育じゃよ……。
「うん、よく頑張りました。じゃ、部品を作り終えるまで休憩します」
「はああいっ!」
「はっ!」
ぺたん、と四人で座り込んで(若い三人はグッタリしている)、私は針金を保持するクリップを作っていく。
本来は碍子やら、焼き物などの絶縁体で作るのだけど、今回は簡易だし他にいい材料がなかったので、迷宮からパクってきた透明ガラスを使う。
ガラスの厚さは五センチほどあったので、横から見てYの字になるように加工して、今度は縦に一センチほどの幅でカッティングする。Yの字の先端下部は木に刺さるように鋭く削り出して、その上で『硬化』を掛けておく。これで柔らかい金属程度の硬度は得られる。『風切り』を制御して使うと(ゆで卵をカットする道具みたいだ)、Y字の薄い板が量産されていく。これは予備と重複する箇所を考慮して七百枚ほど作っておく。
「何か箱はないかしら……」
「ただいま持って参ります!」
若い騎士団員が走って、戻ってくると、捕虜に食事を配る際に使っている、底の浅い木箱を持ってきた。うん、グッドチョイス。
「この部品は、もの凄く鋭いので、刺さったら切れます。スッパリ。気をつけて下さいね」
「はっ、はい!」
何で俺たち、こんな役目を仰せつかったんだ……不幸だ……という顔をしている騎士団員を叱咤する。
「そんな顔してると怪我しますよ。もっと集中しないと!」
まったくその通りです! と三人に気合いが入った。見るからに鋭そうな、危険な部品を目の前にしては、集中せざるを得ない。
箱にガラス部品を並べていく。
「部品は危ないから差し出さないで結構です。ゆっくり行きますから、しっかり持っていてください」
「はっ!」
箱を二人で(結構な重量だったりする)持ち、一人は杭が回転しないように押さえている役目。
私は普段、『雷の杖』で使っているラバーロッド製手袋を填めて、四枚のガラス部品を手にすると、木槌で杭に打ち付けていく。それぞれ、杭の上部から二十センチほどの間隔を空けて打ち込む。
Yの字の部品は、一本ごとに内向き、外向き、と交互にしていく。これは鉄線を張って保持したいから。
【王国暦122年3月8日 12:01】
ガラス部品を打ち終わると、もうお昼だと気付く。
「みなさんは昼食は?」
「はっ。夕方前に摂る予定になっています!」
「そうですか。お茶とかは?」
「ただいま持って参ります!」
お茶休憩は(私じゃなくて、手伝ってくれてる若い団員たちに)必要かな。
お茶を待っている間に、魔道具部分を作り始める。
元の世界にもある電気柵のように、常に通電している状態だと熱を持ってしまうので、鉄線に揺れが検知された場合に魔法陣が作動するような仕掛けにしておく。魔道具の本体はミスリル銀の薄い板で、それを保護する筐体は巨大ムカデの外殻。中から雷を導電する鉄線が二組伸びる。
「お茶を持って参りました!」
「ありがとう。とりあえず飲んで休んで下さい」
魔道具は全部で八組作った。おおよそ百メトルを一台が担当する。
「夕方までに何とかしちゃいましょうね」
「はっ!」
フレデリカには、昼過ぎには終わるので、その頃には、アーロン、フレデリカ、ジェシカ、モクソン、グスタフの五名を呼んでおいてほしい、と伝える。今も遠くでジッと作業(を休んでいる)の様子を見ているので、短文で送っておく。
【王国暦122年3月8日 12:49】
「じゃ、やりますよ。休憩終わり」
「は……はっ」
鉄線が途中でたるまないように、騎士団員たちを活用して保持していてもらう。今回、走るのは私だけ。
一本の杭に四つ取り付けてあるガラス部品のうち、一番上の部品に鉄線を引っ掛けていく。百メトルほど行ったところで二番目の部品に引っ掛けて、来た道を戻る。元の位置に戻ったところで『結合』して、大きな鉄の輪(四角いけど)を作る。これが一回路になる。三番目と四番目も同じように動いて、やはり大きな輪を作る。一台の魔道具は二回路を並列で持っていて、二本の輪っかを担当する。
と、言うのは易し、だと走りながら思った。いかに『風走』を付与した状態とはいえ、外周約八百メトルを二往復、三千二百メトル、つまり六千四百メートル……は中々ハードだ。
「ぬおおおお」
走る。
「ふおおお」
走る。
一刻ほどダッシュを繰り返して、鉄線を張り終わる。
「皆さん、ハァハァ、お手伝い、ありがとう、ございました。ハァハァ、団長たちを……呼んできて下さいますか……」
「はっ!」
元気を取り戻した団員たち……若いわね……が、走ってアーロンたちを呼びに行く。さっきと立場が逆転したような気がする……。
【王国暦122年3月8日 14:37】
「おお―――もう鉄線が張られている……」
アーロンたち五人が集まると、魔道具の設置作業を開始する。
「今から魔道具部分を設置していきます。『施錠』を同時に使っていきますので、皆さんの『鍵』を使います」
そう言いながら、黒光りする『雷柵』本体を設置していく。
「この魔道具一つが二本の輪っかを担当しています。おおよそ百メトルですね。この鉄線を保持している部品は相当に鋭い―――ので、気をつけて下さい。この部品が捕虜たちに取られた場合は―――結構な痛手になるかもしれませんが、手に持って刃物のように使うのは形状から言ってムリです」
「持つところがないものな」
フレデリカが語尾を噛まずに言った。
「その通りです。投げつけられるにしても……たぶん、持っている手の方が切れます。というか、それ以前に雷を受けますけどね」
私のおどけた仕草に、乾いた笑いが響く。
「今回は鉄線には何の工夫もしていません。よって、そうですね………三年は保たないと思います。錆びちゃうと思います。すぐ海ですしね。防錆性の高い鉄があるなら、それに交換してもいいでしょう。普段は油を被膜代わりに塗っておけば、耐用年数は多少延びると思いますが、その手間を掛けるなら、全交換の頻度を上げた方が、費用対効果は高いと愚考します。交換時、私がいれば対応はしますけども、仮に不在で対応できなかった場合は、『解錠』状態にして鉄線を張り直し、魔道具部分のここに……鉄線を繋いで……『施錠』状態にすると稼働を開始します」
設置しながら説明をしていく。
「通常の扱いは、周囲に放射されている魔力を吸い取ってはいますけども、それだけでは足りないと思いますので、魔力の余っている元気な人を、百数えるくらい、魔道具の側に置いてあげてください。えー、十日に一度くらい、それをお願いします」
「わかりました」
メモを取っているジェシカが頷く。
「あとは何か質問はありますか?」
「魔道具自体の寿命はどのくらいでしょうか?」
「いい質問ですね、ジェシカさん。中身のミスリル板が腐食して、魔法陣として読み取りが不可能になれば、そこが寿命だと判断します。おおよそ……二十年から三十年ではないかと」
「もう一つ……この『雷柵』と同様のものを、魔術師殿以外の人物が作ることは可能ですか?」
「全く同じ物は不可能でしょう。いや、三十年後にはいるかもしれませんけど。三十年後には、私を含めたこの六人が不在なのではないか、という懸念から生まれた質問ですね?」
その通りです、とジェシカが頷く。まったく池○さんもビックリの良い質問ぶりだ。
「その頃には魔法体系も変化しているかもしれませんし、魔法以外で実現する方法も確立されているかもしれません。今現在は私がこうして施工を請け負いましたけれども、その時代に合った施工方法や防御方法で行えばいいのではないでしょうか」
「なるほど―――」
アーロンが納得した、と大きく頷いた。フレデリカがそれまで騎士団に所属しているのなら、生きてる可能性は大だと思うけど、フレデリカの本質は異邦人なわけで、カタギの仕事として騎士団に紹介された、というだけの話。本人の(性格的な)資質がマッチしているから、というわけではない。彼女の責任感、というものを無視して考えるとすれば、早晩騎士団から脱退していてもおかしくはない。
「まあ、その時考えればいいじゃないか、ってことなんですけどね。今から遠い未来を考えるには、我々には想像力がなさ過ぎます」
「それもそうだ……な」
真面目な顔をしてフレデリカが呟いた。
「と、まあ、これで一応の防御はできたので、捕虜さんたちに農作業をさせられるかと。どうかポートマットを、グリテンで一番のカボチャの産地に育ててください」
私の言葉に、笑えない冗談だな、と全員が笑った。
――――いや、私は本気です。
最近、目を酷使しているせいか、目薬が手放せません。
青い光線カットとかのフィルムを使った方がいいのかしら……。