早朝の会談
「うががががが」
「姉さん、朝ですよ!」
揺り起こされて目を開けると、サリーが微笑を浮かべて目の前にいた。え、サリーが起こしにきたの?
「おはようございます!」
「あー、おはよう。体調はどう?」
「はい、大丈夫です!」
「そっか、よかった」
寝ぼけながら安堵のため息を吐きつつ、『時間表示』を使う。
【王国暦122年3月8日 5:04】
「ん~、おはよ……」
ドロシーが私たちのやり取りを聞いて眠りから醒めたようだ。
「おはよ……」
「朝食、出来てますよ!」
と言い残して、元気にサリーはリビングへ向かった。
「あれ……あんなに元気に笑うサリーは初めて見たかも……」
「あー、やっぱり、普段あんまり笑わないんだ?」
「ん……そうね。はにかんだりするけど、基本的には笑ってないね。特に目が笑ってない」
さすがドロシー、よく見てる。しかし、私の感想と同じだったから、私の観察眼も捨てたものじゃないな、と自賛しながら起床する。
「顔洗ってくる……」
ドロシーは朝に弱い。のに、早朝からの仕事を何年も続けているのだ。身体が慣れているとはいえ、立派なことだなぁ。
「おはようございます」
「そう、おはよう」
アーサお婆ちゃんはニヤリと笑いつつ、テーブルの上の朝食を見ろ、と視線を誘導する。
確かに昨晩、朝食はサリーのために栄養を付けてあげたい、とは言ったけど、鶏を一匹潰したのか……。スープこそ間に合ってないけど、茹で鳥のサラダ、オムレツ(大)、パンに昨晩の残りスープ(野菜追加されてる)。
オムレツの大きさと、サラダの量が半端ないな……。サリーはもう食べ始めている。
「おはようございます、姉さん」
レックスも起きてきて、続いてカレンとシェミーも起きてくる。
「お、サリーちゃん元気になった。よかったわ」
「大人の階段ってやつさ。イヒヒヒヒ」
ハッ。カレンの下品な笑い方で思い出した。絹糸どうなってるかな!
「そうね。あの絹糸には苦労したとか言ってたわね」
アーサお婆ちゃんが話を繋げてくれた!
「あー、やっぱり難しい素材でしたか?」
「そうね、魔物の糸でしょう? でも、今日辺り絹布にして持ってくるんじゃないかしら」
「おおー」
せめてサリーに必要になる前に実用化、いや商品化したいところだなぁ。
「アンタ、絹なんてどうするつもりなのよ?」
ドロシー、君のためにやってるのに……。こうなったら実験台になってもらうぞ……。
「秘密……っていうか気付けみたいな?」
目を逸らして皮肉っぽく笑いかけてやる。
「なによっ……。って、あっ」
文句を言いかけて気付いたか。ふっ。恥ずかしがるドロシーは実に愛らしい。
「そう、早く食べないと、サリーにみんな食べられてしまうわ?」
言われてからサリーを見ると、黙々と朝食を食べていた。
慌てて皆が朝食を奪うように食べていく。
「そうね。お昼はいいとして、今晩も魔法の練習をするなら、一度戻ってらっしゃい。軽く夕食を食べてから練習に行くといいわ」
「あ、はい、そうします」
「はい!」
サリーが元気だ。元気な人が近くにいると、こっちまで元気になるっていうのは本当なんだなぁ。
朝食が済んでから、トーマス商店へ向かう。今日の通勤護衛はシェミーだったけれど、そのシェミーは海女スーツを中に着込んでいた。
「今日は海掃除にいくわ」
エドワード組の誰かが代理でトーマス商店の護衛に就いてくれるそうな。
聞いてみればまだまだ防衛戦の余波が、特に西漁港付近で酷いのだという。船の残骸はいいとして、少し時間の経った今ぐらいには死体が浮いてくるのだという。
「魚の餌になったり、魚の住処になったりするから、悪いことばかりじゃないわ。一応はそうやって巡ってると思えば、人間も生き物なんだなと思うわ」
朝から重たい話だなぁ、と話題を変えることにした。
「お店の『計算端末』の方はどう?」
「順調ね。昨日は朝から使ってみたのよ。二倍とは言わないけど、それに近い効率で捌けたわね」
「少しだけ、ニコニコできました!」
普段は計算に追われて疎かになっている接客が上手くいった、とレックスが嬉しそうに言ってくるので、思わず頭を撫でる。そのうち撫でられそうだから今のウチに。
「そっか、それならよかった。そのまま試験稼働ってことでよろしく」
「わかったわ。あれは他にも導入するんだっけ?」
「うん、引き合いがきてる。代理店直々に」
「なんだ、商業ギルドからなのね」
ドロシーは笑って、なるほどね、と納得の表情を見せた。
トーマス商店に到着すると、エドワードが待機していた。
「おはよう」
キラーン、と白い歯が光った。
芝居がかった動作も、エドワードにとっては自然体なんだろう。ファリスと比べても遜色ない伊達男っぷりかもしれない。
「おう、エドっち、今日は頼むわ」
「エドワードさん、ドロシーたちを頼みます」
ドロシー、チャンスだ、捕まえろ。種は蒔いておくぞ。
「えっ、はい。お、おう。まかせとけ!」
一年前とは違って逞しくはなった……かなぁ?
冒険者ギルドに行くと、受付ホールは普段より待機している人が多かった。防衛戦前の日常的な朝よりも、ちょっと多いかな、ぐらいだけど。それでも平常に戻りつつあると感じられるのは安心できるし、人間の逞しさは凄いな、などと感心してしまう。
「はーい、こちらにお集まりくださーい」
ツアーガイドみたいな声はベッキーだった。後からきたシェミーがベッキーの手伝いに入っている。うーん、結婚後、ベッキーはすごく綺麗になった気がする。というより若返った感がある。愛に包まれるって素晴らしい……。相手がトーマスなのが未だに納得できないんだけどね……。
ベッキーとシェミーに挨拶をしてから、支部長室へ移動する。
「……どうした、こんな朝早くに?」
呼ばれてもいないのに支部長室へ訪問するのは不思議、と怪訝そうな顔をされる。
「えと、実は支部長に使って頂きたいものがありまして」
「……ほう?」
取り出した、新型『通信端末』を見た瞬間、フェイの顔がパァァァァァと明るくなったのがわかった。
「先に言っておきますが、これはスマートフォンではありません……」
「……う、うむ。……視認性が高まるなら!」
珍しい。フェイが興奮している。
多少ニヤつきながら、新型と充電器、もとい充魔器を渡す。
「……お……おお……」
「大幅な小型化と軽量化、消費魔力の減少、表示領域の拡大を主眼に開発しました」
中身はほとんどミスリル箔の積層と魔核。だからちょっと見た目よりズッシリしてるかもしれない。だけど、前機種より重量は半分くらいになってる。
「……すごいな、これは……」
「まだ評価試験機なので、一番使っている支部長こそテスターに相応しいんじゃないかと。使ってみますか?」
「……無論だ」
「外装の色は変更できますが、どうしますか?」
「……なにっ。……ならば……白と黄色と黒の縦縞で」
ツッコミを入れる気にならないけど、即座に了承した。
「じゃ、アドレス帳を移動します。保存している短文も持って行けますけど、どうしますか?」
「……無論、頼む」
「はい」
興奮しているフェイを後目に作業を始める。ええと、元の世界の猛虎球団のカラーリングは……こんな感じかな?
「……うむ、その配色バランスや」
あってたみたいだ。
語尾を聞き流して外装に色を乗せていく。
元の端末からRAMを取って、機種変更用の魔核コンバータにセット、中級魔核にコピー。出来た物は新型の方に設置。
筐体を密閉して完成。
「手に取ってください」
「……うむ」
その状態で所持者を決定。一度返してもらう。端末番号を設定して……。
「はい、できました」
「……おお」
「ちょっとそれで使ってみてください」
「……うむ!」
興奮したフェイと、今後の新型端末の扱いについて協議をする。ポートマット用に用意した旧端末は二十台で、そのうち、十六台だか十七台しか使っていない。ボリスが使用していた端末も回収した状態で保管してあるし。
未使用の端末についてはこちらに回収して再利用することにした。幸いにも魔核やボタンを含めて再利用できるパーツが多く、内部のミスリル箔は鋳溶かせる。筐体がムダになっちゃうけど、これはこれで何かに使えばいい。回収にあたっては、本来、私の方から代金を返却しなきゃいけないのだけど、その部分は私の利益とさせてもらった。その代わり、新型へのアップグレードは格安に設定して、一台につき金貨百枚。旧機種を回収して再利用できる分を考慮すると、僅かだけど利益になる金額にした。
日産一台~二台が限度であることも伝えて、ある程度在庫が溜まったら一気に機種変更を行うことにする。
冒険者ギルドポートマット支部は代理店でもあるので、他のクライアントについても協議した。王都の冒険者ギルドへ納入した旧機種から新機種へのアップグレードは、ポートマットと同額に設定。以降の新規導入は端末単価を金貨三百枚から四百枚に引き上げ、サーバは六百枚に決定した。
今現在、決定している納入先はポートマット商業ギルド(端末二十台)、ポートマット騎士団(端末二十台)。それぞれ所属が被る分は、冒険者ギルド側が売る、という形にする。たとえば商業ギルド用サーバに籍が移動する端末であれば、アップグレード料金を含めて金貨四百枚で売る、ということだ。
「……問い合わせが来ているのは、ブリストの冒険者ギルド、ノックスの冒険者ギルド、ドワーフ村の冒険者ギルド、王都の商業ギルド、ウィンターの商業ギルド、といったところだな。……王都の騎士団からも来ているが、これは断った」
「まあ、当然ですよね。信頼のおける団体とは言えませんからね」
「……うむ。……ああ、後はな、面白いところではカディフの冒険者ギルドからも来ているな。まだ探り程度だが」
カディフはグリテン島西部にある小国、ウェルズ王国の首都だ。
「大陸からは問い合わせはなかったんですか?」
「……まだ通信機の存在も掴んでないだろうな。……掴んでいても、プロセア軍が侵攻準備中だったし、それどころじゃなかっただろう。……それに、今回、冒険者の立場で侵攻軍に加わっていた者が散見された。……何らかの思惑はあるだろうが、行動を阻止できなかった点で、管理能力に疑問が残る」
あー、ゾンビにされちゃった盾の人のパーティーはしっかり大陸側の冒険者ギルド所属だったのか。そういえばそうだなぁ。
「基本的に政治にはノータッチ、ですものね」
「……うむ」
フェイは頷きながら、『遮音』結界を張った。
「そう謳っているにしては、ザン本部長も、フェイ支部長も、政治的に地位を築こうとしていませんか?」
「……ふむ。……アイザイア擁立のことを言っているんだな? ……前領主がオピウムの精製、販売をしていたことはお前が調べた通りだ。……その時に、あまりに不干渉でも問題があると痛感した。……最低でも、同じ暴力組織である騎士団とは懇意である必要があるとな。……ザンもそうだったろう?」
「ああ、それで騎士団に協力をしていたんですか?」
「……うむ。……そこに大陸からの侵攻が現実味を帯びてきた。……ところが前領主は何故か防衛に積極的ではない。……そこに危機感を持ったアーロンとアイザイアから相談を持ちかけられたというのが発端だったわけだ。……私も愛想は尽きていたしな」
ああ、じゃあ割と以前から見切りをつけていて、三行半を突き付けたのが今回だった、ってだけなのか。
「しかし、暗殺するなら、私の方が円滑に進んだのでは……?」
スムーズ、と言ったつもりだったけど、言った言葉が強制的に変換された。
「……そもそもお前は多忙だったろうに。……それに『ラーヴァ』を使えば、これまでのお前の努力や、必死に隠していたものがムダになるだろう? だから、お前を使わないのは私の中で決めていただけだ」
「なるほど、そうでしたか。ところで『ラーヴァ』っていうのは正式名称なんですか?」
「……ああ、そうだな。……本部でもそう呼んでいるしな。……諦めろ」
私が渋い顔をすると、フェイも渋い顔になって、
「……その、前領主が防衛に積極的ではない、というのは、例によってダグラス元宰相絡みのようでな。……脅したり脅されたりの間柄になっていたようだな。……その影響力を排除、一掃しようという目論みもあった。……結果としてクーデターに与した形―――傍観していただけだが―――になったが、お膳立てをしたのは間違いなく当支部だな」
「そうなると、ノーマン伯爵が病床に伏せていた、というのも?」
「……いや、それはアイザイアの独断だろう。……想像に過ぎんが、症状を聞くに、お前の言っていた通り、恐らくオピウム中毒だろうしな」
あり得る話だ。心が波立つ時に、縋るものがあれば縋ってしまうんだろうな……。それが薬物しかないっていうのが悲しいところだ。まあ、アイザイアがムリヤリ服用させて、この事態を誘導したとも考えられるか。
「アイザイア氏の動きはどうなってるんでしょうか」
「……まだ動きはないな。……最悪、捕虜の王都への護送直前に会談を持つことになる」
フェイも各方面から突っついてはいるんだろうけど、成果が見られないからか、少しイライラしている感もある。
「うーん、アイザイア氏への試金石ってわけでもないんですが、ちょっと案がありまして」
ちなみに試金石、はそのまま日本語、アイデア、は直訳された。
「……ふむ?」
「学校を作ってみませんか? 貧困層の救済と労働力確保、将来の文化的発展のために。法治国家への移行がさらに加速するかもしれませんが、それはもう時間の問題でしょう? なら早い方がいいですし」
「……なるほど。……試金石な。……面白い。……冒険者ギルドはどうすればいい? ……資金提供か?」
「いえ、人的な……教師が必要ですね。ユリアン司教には快諾を頂いています。商業ギルドは強制参加させるからいいとして、領主を巻き込めると幸いなんですが」
「……わかった。……それもアイザイアに話をつけてみよう。……お前の予定の方はどうだ?」
「そうですね。ただ、今のところこちらも多忙でして……」
チラチラ、とフェイを見る。フェイが嫌そうな顔をした。
「……迷宮に行きたいのか……。……収容所の方は一段落したのか?」
「あとは電気柵を設置すればひとまず、施設的には完了でしょう」
「……では、それが終わり次第、王都にお使いにでも行ってくれ。……リニューアルオープンはいつだ?」
「四日後です。結構噂になってますか?」
「……ポートマット支部からも何人か行くらしいな」
「先日の第四班の十五人が挑戦するとか言ってましたね。迷宮は地域振興とエネルギー源確保になるなら、ポートマットにも欲しいくらいです」
「……うーむ。……昔々にあった、という話は聞いたことがあるのだが……」
初耳だ。ちょっと衝撃的な事実を知った。
「そうなんですか?」
「……うむ、だが場所がハッキリしない。……あったとしても死んだ迷宮だろう」
王都西迷宮の書斎に何か資料が残ってるかもしれないな。調べてみなくては。
「それは調べてみますよ。ハードウェアが残ってるのなら活用したいですしね。ああ、あとですね、トーマス商店の従業員のサリー、彼女に魔法を教えています。仮収容所だった土壁を壊すように言ってありますので、夜な夜な魔力を感知しても放置でお願いします」
「……うむ、わかった。……いい人材なのだな?」
「それはもう……」
私は満面の笑みで肯定した。
―――スーパースリーには悪いけど、サリーが一番弟子だよなぁ……。




