首輪の林
うう~ん、今何時~?
………………………。
ちっ……。
「―――『時間表示』」
【王国暦122年3月7日 5:05】
「あ、起きたわね」
目を開けると、ドロシーの顔が目の前にあった。
「あ……おはよ……」
別に早起きしなければいけない用事はないのだけど、ドロシーにはついでのように起こされる。身体の方は体内時計が元の生活に戻ってきて、この時間に起きるものだ、と納得の起床だ。
「アンタ、今日はどうするの?」
「あの『計算端末』、もう二つ、設置しちゃおうかなと思って」
「それはいいわね」
ニヤリとドロシーが笑うけれど、まだ顔がむくんでいる。
「顔を洗ってくるわ……」
ドロシーが洗面所に行ったのを見て、私は布団から抜け出て、布団を綺麗に畳む。
実際問題としては『洗浄』なんてスキルがあるので、洗顔の概念なんぞない、と思いきや、習慣として、または顔面を冷やしてむくみを取る、という行動は存在する。人は魔法だけでは生きられないんだなぁ、と思う瞬間だ。
「おはようございます」
「そうね、おはよう」
「おはようございます!」
「おはようございます……」
「おはよ……」
「おはよー」
ワラワラ、と全員が起きてくる。朝が早いのは、この世界共通の行動だ。最近は太陽が昇るのも早い。裏庭の鶏舎で鳴いているコケコッコーが目覚まし時計代わりになるとはいえ、ヘンテコな時間に鳴くので、変な時間に起きたりもする。時間の感覚はいい加減でいいんじゃないか、と投げやりな気分になる。
朝は手早く……。オムレツのときもあるし、ゆで卵のときもある。これにスープ、トースト、生ハムかベーコン。とはいえ、先日の防衛戦のときにハムとベーコンは防衛隊に拠出しているので、今は新規に仕込み中だ。それもあって今日はソテーしたサース肉。
朝から肉で何が悪い! とアーサお婆ちゃんの大胆さが見えるメニューだ。
朝っぱらからガツガツ、と食べるのは私と上級冒険者の二人。ドロシーは機械的に食べて、レックスとサリーは美味しいです! と一々言いながら食べている。
そういえば最近のレックスとサリーは、トーマス商店に雇われた時から比べると、かなーり丸くなってきたような気がする。元々が細かったという見方もあるけど、サリーは丁度良いくらいだからいいとして、レックスはちょっとふくよかな……トーマスに似せなくてもいいところなんだけどねぇ……。
食事が済んで―――今日の護衛はシェミーだ―――トーマス商店へ出勤する一団に混じって歩き出す。
「いってきます!」
「そうね、いってらっしゃい!」
海から吹く風が生暖かい。春だなぁ、と思う反面、今日は雨かなぁ、と思ったり。
雨かどうか、は一応気にする(天候に左右される仕事が多い)けど、雨そのものを嫌がる感覚はないみたいだ。
トーマス商店に到着すると、すでにトーマスが中にいて、ポーションを作っていた。
「おう。お早う」
「おはようございます」
「ああ、計算機、ついに入れたんだな。商業ギルドの方も頼むぞ?」
「ああ、はい、通信サーバと一緒に入れたくて、ですね。通信端末も改良してから入れたくて、ですね……」
「ああ、うん、わかってる」
「この『計算端末』も言ってみれば導入試験中という感じなので、そちらの方は、もうしばらくお待ち下さい」
「うむ、わかった」
トーマスとのやり取りを終えて、ドロシーとレックス、サリーに、各々が使いやすい『計算端末』の設置位置を指定してもらう。
「このへん……ここがいいわ」
「私はこのへんで……」
「ボクはここでお願いします」
「はいはいー」
三人には拘りのポジションがあるみたいだ。
指定の位置に設置、『施錠』を付与。
「使い方は大丈夫だね?」
「はい、わかりやすかったです」
サリーがニコニコして返してくれる。うん、サリーは実に素直で可愛い。
設置を終えて、トーマスのいる工房へ戻る。
「あの『計算端末』もですね、もう一工夫したいところです。色々片付いたら、ですけど」
「うむ……抱えてる案件の数が尋常じゃないからな……」
お前のせいだろう……。と冷ややかな視線を送るけども、こんな事をしている場合じゃない。
「おっと、じゃあ、今日は冒険者ギルドの鍛冶場に行きます」
「おう」
一言言って、裏口から出ると、冒険者ギルドへは向かわずに、製鉄所のある東地区へ。
「ロックさーん」
「おうっ!」
相変わらずここはいつも戦場みたいだな……。轟々と燃える魔力炉はいつも数人のローテーションで魔力を注入されて、燃え続けている。
山と積まれた木炭と鉄鉱石(もしくはくず鉄)に埋もれて汗を流すロック製鉄所の面々には、いつも頭が下がる思いだけど、気軽に買い付けてしまおう!
「鉄を十本、貰います!」
「もってけ!」
代金を払い、インゴットを『道具箱』にしまって、その足でお隣の、ロール工房へ向かう。
「ロールさーん」
「おや、早いね?」
さすがに朝一番では口が重そうだ。
「いまロックさんのところで鉄を買い漁ってきまして。えーっとですね、それとは別にちょっと大量注文なんですけど」
「ふっ、毎度あり……大量の鉄を先に奪っておいて、この注文……鬼だなぁ。いや褒め言葉だけどね?」
どの文脈でも褒めてねえよ。
ロールは商売人らしいところを見せたけど、連日の過酷な注文ラッシュで、ややふらついている。
「大丈夫ですか……? これ、よろしければどうぞ」
体力回復ポーションと魔力回復ポーションを人数分置いておく。
「ありがたいね。で、注文っていうのは?」
「えーっと、直径三ミリの鉄線を―――」
「ふむふむ」
「三千五百メトル分ください」
「ふむふむ……!」
ロールは、頷いた後に目を丸くした。
「大量注文には間違いないね。いつまでに必要だい?」
「早ければ早いだけいいですね。トーマス商店に言伝してくれれば取りにきます」
「わかったよ。毎回面倒な注文を持ってくるねぇ。いやこれは嬉しいんだけどね?」
嬉しがってねえよ。
「じゃ、よろしくお願いしまーす」
「はいよ」
ロールの褒めてない攻撃を食らう前に、冒険者ギルドへ移動する。
「おはようございます。鍛冶場、使いますね」
「あら、おはよう。……うん、大丈夫よ」
ベッキーがいた。ベッキーも何だかお疲れモードだなぁ。
「大丈夫ですか……? これ、よろしければどうぞ」
体力回復ポーションと魔力回復ポーションを受付の人数分置いておく。あれ、まるでコピペなやり取りじゃないか……。
「あら、ありがとう。有り難く頂くわ」
疲れた感じも何だかお母さんのような、無理しないでくれ、お袋! と所属ギルド員全員に思われてそうだなぁ。
鍛冶場に行くと、マーガレット女史が欠伸をしていた。
「ふわ……早いな。また何か面倒な注文でも受けているのか?」
「ええ、全くその通りです」
無表情に返して、空いている魔力炉の前に座る。
「今日はお弟子さんは?」
「今日は午後から来るように言ってある。ほら、鹵獲した装備品の競売があるだろう? それの研磨だの打ち直しだのって依頼がありそうだからな」
そういえばフェイがそんなこと言ってたっけ。
「その競売は演習場でやるんですか?」
「そう言ってたな」
ふうん。それまでに作業が一段落していれば、見に行こうかな。
よし、炉が暖まった。
「―――『鍛造』」
鉄を熱して叩き、四センチ幅の板を作っていく。不純物が出なくなったところで板を曲げていき、リング状にする。
「いやぁ、見事なもんだな」
「ハハハ………」
ルーサー師匠のスキルに上書きされたとはいえ、最初に覚えた鍛冶スキルは、元々はマーガレットのものだ。だから、彼女は最初の師匠とも言える。
リングを五つ作り終えると、しばらく放置。
次の作業に入る。
同じく鉄を熱して、今度は棒を作る。直径三センチほどの丸い棒は、長さ三十センチほど。二キログラムよりちょっと軽いくらい?
これで叩かれるだけでも結構痛いぞ……。場合によってはショック死までしそう。
ま、刃物対策でもあるしね……。
ちなみに重量の単位って単位も名称も同じなんだけど、これは実際に言っている言葉が微妙に違うみたい(たぶん、グラムは『グァルム』って言ってる)なので、ヒューマン語スキルが勝手に翻訳している結果みたいだ。重量単位としては同じだから、別に困らないんだけど。
同じように、何て言っているのか、意味は通じてるけど聞き取れない単語っていうのは割とある。だから私でさえ、読み書きは完璧、とは言えない。
【王国暦122年3月7日 8:12】
マーガレットが居眠りをしている間に(この大音響の中でよく寝られると感心する。あれか、電車の中でしか熟睡できない人種か?)棒も二十本完成。
今度は、王都西迷宮から持ってきたミスリル銀を熱する。こりゃまた純度の高いミスリル銀ですこと……。
これも四センチ幅にリング状にしたものを五つ作る。あとは―――指輪二十個か。ミスリル銀で作っちゃおう。こういうのはまとめて作っておくと後で便利だし――――三十個分作っちゃおう。
【王国暦122年3月7日 9:35】
出来上がった首輪は『水刃』で分割して……研磨を開始。
磨き終わったら鉄の首輪から仕上げよう。仕様としては通常の首輪と同じ、『施錠』と『魔力吸収』の魔法陣を刻む。その上から、魔法陣を隠すように極々薄く、金をコーティング。何とも嫌らしい、金の首輪の完成だ。元の世界で言ったら悪趣味に加えて高額な首輪か。
ミスリル銀の首輪は、『施錠』は同じ、『魔力吸収』はレベルを高めてある。ついでにミネルヴァのスキルである『魔力総量低下』も組み込んだ。仮に首輪が破壊されても、すぐに復帰できないようにする。これも嫌らしい。なお、吸い取る魔力量が多いことを想定して、魔核をセットする穴は五つx二箇所。ウィートクロフト爺を想定して作ってあるので、仮に爺に使ったとすれば、三日に一つ、中級魔核がフルチャージになると思われる。もう一つの目玉機能は、過負荷を掛けると破壊されてしまうのを逆手にとって、爆発する……ようにしておいた。逃亡対策と技術流出対策だ。
この首輪は、銀をコーティングして、魔法陣(内側にある)を隠しておく。
対応する板鍵も、ちゃんと金と銀でコーティングしておいた。嫌味だけどしょうがないよね。
さて次。
鉄の棒をピカピカに磨く。
柄に相当する部分には魔力を認識するだけの魔法陣(ギルドカードと同じ魔法でもある)と、そこから棒に掘った溝に這わせたミスリル銀の線(魔線?)を通って、『サンダーブレ○ク』の派生魔法、『電撃』の縮小魔法陣を刻んだ。ちなみにオリジナルの魔法陣は一メトルくらいあって、結構複雑なことをしている(小発電、小蓄電を発動して、電気を蓄えた状態を保持だけして待機)みたいだ。魔法陣の中心に中級魔核をセットして完成。作り終えてから気付いたけれど、仕組みそのものは、『雷の短剣』とほとんど同じだ。『雷棒』はかなり出力を弱めて作ってあるけど、フルチャージなら、多分私でも(気絶まではしないにせよ)ビリビリくるはず。
握りの部分にはリオーロックスの皮を巻いておく。皮程度なら魔力は通過するので、認証に問題はない。
あとは指輪だけど、これは担当の騎士団員を目の前にしないと駄目かな。
【王国暦122年3月7日 11:50】
おっとお昼になるや。アーロンに短文を送っておこう。『注文の雷棒は完成したので、担当の二十人を集めておいてください。今日の夕方でいいですか?』と。
アーロンは短文を打つのに慣れていないのか、プリセットされている返信文そのままの『了解した』という短い返信があった。ついでにあれも言っとくか。『仮収容所の土壁を取り壊す予定はありますか? どうせ壊すなら魔法の練習の標的に使わせたいので、十日くらい、こちらに任せてもらえませんか?』と送ると、『了解した』と返信があった。
「んがっ」
長い居眠りから目覚めたマーガレットに声を掛けて、鍛冶場の掃除が終わる頃、マーガレットの弟子さんたちが出勤してきた。
「あ、どうもです」
軽く挨拶をして、一度受付へ戻り、鍛冶場使用の終了報告をする。
「もういいの? 競売はもう少ししたら始まるから、見ていけば?」
そういうベッキーは競売担当ではないからか、のんびりと受付に座っている。
「そうですね。ちょっと見ていきます」
受付から演習場に向かう廊下は今日は開放されていて、百人とも二百人とも思える人数の汗臭い冒険者たちがゾロゾロと歩いている。元の世界の、府中にある芝の施設を思い出してしまう。
娯楽が少ないこの世界では、こういうイベントは貴重みたいだ。ポートマットでは領主主催の公開処刑などはあまり行われない(全く行われないわけではない)ということもあるし、ギャンブルの類はまだ概念が発達していない。詐欺が横行しそうだけど、いずれは娯楽の提供と税収増のために公営ギャンブルはやらざるを得ない状況になっていくんだろうな。馬は……サラブレッドは見たことがないし……ワーウルフか何かで代用するのかな?
あ……迷宮内部なら可能かもしれないな……。ちょっと考えてみようかしら。
ギャンブルとか……この人の波に呑まれて思い付いたとか……。これも元の世界の記憶なんだろうか。
――――パーパパパーパパパー(ジャジャジャジャン)♪




