ロンデニオン西の迷宮3
アマンダやフェイに聞いていた話では、第九階層に到達した人物というのは何百年も前だ、ということだった(それも騎士団規模、五十人近くでの突破だったらしい)。
別段、私は迷宮を突破しようとしているわけではなくて、単に後から追い立てられて前に逃げているだけだ。
その追撃者だけれども、私が第九階層に降りる前に、まだ第七階層で手間取っていた。暗殺者さんたちは良い仕事をしているようだ。
これもアマンダに聞いた話で、第八階層は一定時間(大体二時間程度)で部屋の主が復活(同じ魔物とは限らない)する。ただし第八階層で戦闘中であれば復活は行われない。退路を確保しておく、という仕様になっているのだと。往々にして最初の部屋、もしくはその次の部屋までしか討伐はされず、ほとんどのパーティはそこで力尽きるのだという。そこで撤退となるわけだけども、退路は短い方がいいわけで、そうなると二部屋目までが限度、という理由もある。三部屋目からは休憩が必要になるだろうと。
三部屋目の入り口にあった遺品を思い出す。
そうか、休憩中にスライムにやられちゃったわけか。通路も安全地帯ってわけではないからなぁ……。いつか、遺品を持ち帰れる立場になったら再び来ますので、それまでは安らかに……。
合掌しつつ、少し休憩しようと干し肉を取り出して、クチャクチャと囓る。
第八階層の仕様を知っているなら、追撃隊は進行を諦めてくれるかもしれない。淡い期待かもしれないけど、是非諦めて欲しい。
とは言うものの、第一階層や入り口の様子がわからないうちは、上に戻るわけにはいかない。これについては期間を置くか、上の様子がわかるような手立てが必要になる。
そう考えると、前に進むか、このまま待機か悩めるところではある。
そこで思い出したのは、セドリックたちとウィザー城西迷宮に行ったときの会話だ。
迷宮管理者なんかみたことない、半自動だ、と。
「半自動、ってどういう意味だろ?」
自問してみる。どういう方法かわからないけれど。迷宮の管理者権限というものがあるなら。奪えるのではないか。
奪えば、外の様子を見る手段があるのではないか。
安全な脱出方法を模索、検討する余地が生まれるのではないか。
「………………最下層へ行ってみよう」
降りられるところまで降りてみよう。階段がなければ掘ってしまえばいい。結界があれば破ればいい。
よし、腹は決まった。
第九階層の魔物を全滅させてみよう。
そして第十階層に降りるのだ。
ああ~、でも、二十階層とかあったらどうしよう。
裏モードとかあったらどうしよう。
ええい、考えていてもしょうがない。
魔力は猫に癒されたのでほぼフルだ。
『ハーメルン』の時に『召喚』LV5を入手している。蛇、光球、闇球、星以外に呼び出すオブジェクトはまだ覚えていないけれど、LV3の時に三つの同時召喚は覚えていたし、流れ的には五つくらいは可能な気がする。
「―――『加速』『筋力強化』『召喚:光球』『召喚:光球』『召喚:光球』『召喚:光球』」
ところが四つで止めてしまうのが、元の世界の日本人の証拠なのかもしれない。
「フッ……」
自嘲しながら前を向き、扉を開ける。第九階層は大部屋が一つだけ。
階層丸ごと一部屋。
だから魔物は、ここにしかいないみたいだ。
これが、ロンデニオン西迷宮の主……だといいな。
行きます!
-----------------
【ワルドナー】
LV:99
種族:天使
スキル:召喚LV5 魔物使役LV6 虚像LV5 加速LV4 障壁LV5 魔法盾LV5 魔法反射LV5
-----------------
んー、スウェーデンの夏期オリンピック金メダリストみたいな名前だなぁ。
『ワルドナー』はすぐさまデーモン閣下を呼び出した。天使が悪魔を呼び出す違和感! ワルドナーはほぼ人型で、背中に小さな羽根がついているから、一応天使といえなくもないのだけど……。全高は五メトルほどだから、巨人だと考えて間違いない。
「―――『麻痺』」
とりあえず一発目で麻痺を試してみると、なんと、驚いたことに、ワルドナーは麻痺にかかった。目が良すぎるのか! かかるのか!
「―――『魔物使役』」
『ぬっ、吾輩は騙されないぞ……』
しかし、スキルは強力だったみたいだ。
呼び出されたデーモン閣下のコントロールを奪って、元の主を殴らせる。
『吾輩は何でも言うこと聞いてやろう!』
チョロい。
「―――『魔力吸収』」
ワルドナーの魔力を吸う。吸いまくる。
オーヴは自動モードにしておいた。魔力が切れるまで攻撃させ続ける。
「イケア!」
ワルドナーが麻痺から回復して、何事か叫んだ。またデーモン閣下を呼び出したので、再度ワルドナーを麻痺にかけ、二体目の閣下もコントロールを奪い、本体を殴らせる。
オーヴは魔力切れ、すぐさま新しい、大きなオーヴに切り替えて、これにも攻撃をさせる。
「―――『魔力吸収』『体力吸収』」
吸い続ける。
「スティガ!」
ワルドナーが膝をついた。と思ったら履いていた靴下を直した。
え、この魔物、靴下履いてるのか……?
何十分吸い続けたか。
ワルドナーがついに伝説に……。いや、干からびたミイラになった。
しかし、この状態でもまだ生きているようだ。
「――――『魔物使役』」
一応使役できるかどうか試してみる。けどもこれは成功しなかった。
近づいて、黒鋼のソードブレーカーで主の首を折る。乾いた肉は、簡単に折れた。
『フハハハハハハ…………』
私に使役されていたデーモン閣下は、笑い声を残して転移していった。どこかに戻されたんだろうか。まあ、再び敵となっても、またコントロールさせてもらうからいいや。
ワルドナーの魔核は白色で、青い星が三つ書かれていた。公式球らしい。ちなみに魔力を吸いすぎたのか、魔核はもの凄く小さかった。具体的には直径四十ミリだった。
「ふう~」
魔物が消えた部屋を見渡す。他の魔物が登場するかもしれないから、警戒は解かない。
第九階層は大きさ的に、この大部屋一つだけのようだ。今回のように搦め手や迷宮で入手したスキルをふんだんに使うことをしなければ、実際の苦労はともかく、撃破できたかどうかは怪しい。まともにやりあったら、ワルドナーは強敵には違いない。
これが迷宮の主、つまり鍵となる魔物だったのだろうか。これからまた連戦させられるんだろうか。
戦闘後も油断無く、周囲を見渡す。
戦闘中は全く気にもしなかったけれど、このワルドナーがいた場所は、サイズこそ大きいものの、玉座のようなデザインだ。
五メトルほどの巨人が座れるような場所があるし、その足下に相当する部分に、よく見ると扉があった。
「おや……?」
開けるなよ? と言われても開けなければならない。念のために『障壁』を準備したオーヴを前に出して、ノブを回して扉を開けてみる。
「んお……」
埃臭い。
階段が見える。もう、これは降りるしかない。
私には下に行く以外の選択肢はないのだ。
オーヴが明るいので足下は安心。後ろ手に扉を閉める。
この律儀さが、元の世界の日本人だなぁ、なんてしみじみ思ったりする。
つづら折りの階段は、良く見ると石というよりはコンクリートに見えた。ビルの地下室に降りているような錯覚に陥る。
時々上を見上げると、かなり深くまで降りてきたようだ。上は恐らく第八階層より上にも繋がっている直通階段と思われる。下は……何となくもう少しで到着しそうだ。
感覚的には第八層から第九層の時も同じくらいの深さを降りたから、そろそろだろうか。
第十階層に到着。階段はここまでしかなく、部屋に通じると思われる扉があった。
「ふう」
息を吐いて。無造作に開ける。
と、真っ暗だった。
「―――『召喚:光球』『召喚:光球』」
オーヴを飛ばして、部屋の大きさを確認する。
床―――は地面のようだ。土だ。
そのまま、部屋の真ん中を歩き出す。オーヴは左右と正面に。『気配探知』では何の気配もない。
この部屋―――と言って良いのか、空間――――は、第九階層に似ている。つまり1フロアに一部屋。高さは二十メトル、幅は百メトルほど? 奥行きもそのくらいではないだろうか。
入り口とは反対側の端に到着する。正面には石の壁があるだけ。左右には出っ張りが―――小部屋みたいな―――ある。
両方の部屋? には扉があった。片方は施錠されていて開かなかったけど、もう一つの方は施錠されていなかった。ウェルカム、ということらしい。
オーヴを先に小部屋に入れてみる。
特に何も起こらない。
片足をちょい、と入れてみる。
やっぱり何も起こらない。
うーん、重量をかけたら作動するタイプの罠があったりするかも? だなんて今さら思い付いてやってみただけなんだけど。
何かもう心が疲れすぎているので、かなり雑な気分のまま中に入ってみる。
「まだ階段か……」
またまた階段がある。上から見下ろして覗いてみると、これはまた相当に深い。階段の材質は変わらずコンクリート風。
「うーん」
もう降りてみるしかない。ここに罠があって、階段がずらーっと坂道になって滑り落ちたりでもしたら、ド○フも真っ青だなぁ。
っていうかそれなら踊り場で止まるか。止まったらタライが落ちてくるとか。
疲れてるな……。
とにかく降りてみよう。
やはり第八階層、第九階層、第十階層と同じく、天井? の高さが二十メトルほどなのだろう。想像通りの深さを降りて、十一階層に到着する。
到着したのだけど――――降りたところにある扉は開かなかった。でも、階段は―――おそらく十二階層に続くように―――下に向かって伸びている。
まだ下に行けと。
こうなったらとことん行ってみよう。
迷宮の深さなど、もう考えるのも馬鹿らしいくらい降りてきている。
誰がこんなものを作ったのか?
何のために?
何かを隠したかった?
それともアピールしたかった?
迷宮は古代人の遺跡、なんて言われているけど…………。んー、明らかに元の世界の人間の影響を受けているのに、古代人っていうのは違和感があるなぁ……。
迷宮にいる魔物は、迷宮だけにしかいない……っていうのが多いみたいだ。じゃあ、そのネーミングの元、ネタ元はどうだろう? 元の世界の影響を受けているとしか思えない。そもそも、一般の魔物や、もっと言えば普通に生きている人間の名前だって、元の世界の影響を受けまくっている。
私がこうしてこの世界に存在しているように、両者はきっと、どこかが繋がっている。もしかしたら、この迷宮はもっともっと深く、千階層もあって、それが元の世界に繋がってるとか!
実は、元の世界は地中にあった! とか!
むしろ、この世界が地中にあるんだ! とか。
「疲れてるなぁ……」
疲れてるのを自覚できるのはヤバイ時、ってイニシ○ルDでも言ってたから、もう相当にヤバイ感じ。ただ黙って階段を降りるだけ、というのがこんなに辛いとは。
「第十二階層に到着、と」
うん、千階層はなさそう。一応ここが、階段的には終点みたいだ。まだあるかもしれないけど。
扉は……、うん、施錠されてない。
いい加減ちゃんと休みたい。
ここは……安全地帯だろうか。
いやチェッカーズかもしれないな。
くそ、ホントに頭が疲れてる。『気配探知』と『魔力感知』マップを見る。
北方向……ああ、階段は迷宮の南方向にあったわけね。
その北方向に、何かすごい大きさの魔力を感じる。こちらへの害意は感じないけれど……そもそも意思が感じられない。『勇者召喚の珠』の在処がわからないように、物体から放射される魔力を、人間は感知できない、というのは、この世界の常識だ。だけど、魔力感知のレベルが高まった今では、それは間違いだと自信を持って言える。魔道具にだって魔力の流れがあって、それは見えるのだ。意思の感じられない魔力は、見分けが付きにくい、というだけのことだ。
だから、この先にあるのは生物ではない。魔力を発する無生物だ。
何があるのか確かめよう。休むのはそれからでいい。
この十二階層は、一~三階層と同じく石壁になっていて、僅かに発光している。階段のあった扉から見ると、直線の通路がある。ちゃんと分かりやすく中央に向かって通路が延びている。通路の先には扉が見える。五十メトルほど先か。
魔力の源も、その扉の向こうに存在するようだ。部屋になっている、ということかもしれない。
扉に到着する。扉の前も通路になっていて、扉のある部屋を仕切っている。部屋は正方形をしているようで、一周してみると、今歩いてきた通路と同様、東西南北に扉があり、そこから直線で通路が存在している。要するに目の前の部屋を含めると五つの空間に分けられているわけだ。
改めて中央の部屋の扉に向かう。無生物的な罠が仕掛けられている可能性が高い。でもまあ、死にはしないだろう、きっと。
扉を見ると、ノブはなく、中黒の丸が扉に描かれているだけ。
そう言えば、ここまで来る間にあった扉にはノブらしきものがちゃんとあった。深く考えてなかったけれど――――そうだ、ワルドナーの玉座の下にあった扉からだ――――ノブを回して扉を開けたのは、この世界に来て初めてじゃなかろうか。
そのノブは今回は存在しない。
これは何だろう、指紋認証? 魔力認証? 魔力認証はわからないでもない。割と簡単に実現できる機構だし。
中黒の丸に触ってみる。
「………………」
何も起こらないなぁ……。と思っていたら、シュッと扉が開いた。引き戸だったとは!
引き戸もこの世界に来て初めて見たかもしれない。
「うあ……」
部屋の中に入ってみると、直径五十センチほどの魔核が、部屋の中心にあった。透明な筒の中で、それは浮いていた。
-----------------
【人工魔核(中)】
迷宮の維持・管理を行う設備の魔力供給源。
人工魔核は推奨の管理ユニットと同時に運用しないと魔力を取り出せない。
(管理者:なし)
(現在の状況:省力モード)
-----------------
「人工……魔核……?」
あれ、確か、ルーサー師匠のところで貰った羊皮紙にそんなことが書いてあったような。まさか実物があるとは……!
眠気やら摩耗した精神やら空腹やら、そんなものがどこかに飛んでいくような衝撃を受けた。
「ほえ~」
これで中サイズ、しかも省力モードなのか……。しっかりと気を張っていないと、発せられる魔力に圧倒されそうだ。
人工魔核のすぐそばにはパソコンのような、端末のような……明らかに元の世界にありそうな形状の物体がある。この世界にどっぷり浸かってきた私にとっては懐かしくもあり、激しく違和感を持つ物体だ。
近づいて、改めて人工魔核を見上げる。透明な筒はガラスのようだ。
-----------------
【魔力シールドガラス】
魔力を透過させずに封じ込める『魔力封入』の魔法を付与したガラス。
-----------------
ああ、『魔力盾』みたいに攻撃魔法を拡散させて無力化するんじゃなくて、そもそも封じ込めるための魔法があるのか。
それにしても、このガラス……。こんな透明なものは、この世界ではまだ実現していないはずだ。迷宮が遺跡だというなら、ロストテクノロジーには違いない。そしてオーバーテクノロジーにも違いない。
人工魔核も、ガラスにも驚きはある。でも……そのオーバーテクノロジーの最たるものは、このパソコンみたいな装置だ。
-----------------
【迷宮管理用コンソール】
迷宮の維持・管理の指示を与える。
指示、及び指示の実行には管理者権限が必要。
※現在停止中
-----------------
管理用コンソールか。
驚くべきことに…………。キーボードがある。元の世界で散々触ってきた、QWERTYの配置。カナのプリントこそないけれど、いわゆる104キーボードだ。
本体と、このキーボードに加えてディスプレイもある。
そういえば『タロス』への指示を与えるのも、視界の中に現れる仮想ディスプレイみたいなものか。そのディスプレイに入力しているのも、仮想のキーボードと言えなくもない。
再び管理コンソールについているキーボードを見る。ご丁寧にファンクションキーまで付いてるな……。しかもスペースバーが長い。
ディスプレイは……どうみてもブラウン管っぽいというか……。それ以外のものには見えない。
本体はディスプレイの下にある。平たいけれど厚みがある箱だ。
本体とディスプレイにはそれぞれスイッチボタンがあった。ご丁寧にちゃんと、ON/OFF』と、元の世界のアルファベットで書かれていた。
「うーん」
こんなものが、こんなところにある違和感。
その違和感にパニックにならず、興奮もせず、消化しようとするメンタリティ。元の世界の日本人以外には不可能なのではないか。
自嘲しつつ、二つのスイッチを押してみる。ボタンがあったら押してみる、というどこかの伝統に勇気づけられて。
ピポッ
どこかで聞いたことのある電子音に顔が引き攣る。
ディスプレイは『ブウン』と電源の入る音がして、何やら表示されるまでじっと待つ。『カリカリ………』と音がしたあと、ディスプレイに何やら表示された。
A:\>
思わず盛大に舌打ちする。
「せめてBSD(98)にしてよ……管理プログラムなら……」
―――コマンド、またはファイル名が違います。