※騎士団の聞き取り調査
二人で騎士団駐屯地に戻ると、ラリーは上層部に報告に行き、私は門番のところで待機することになった。数刻経つと、そこにフレデリカがやってきた。
「あっ」
フレデリカは顔を赤らめ、口を開けてから閉じ直して、表情を厳しくしたかと思うと柔和になり、再度、表情を引き締め直す。一人で百面相をしている。
「どうも、先日はごちそう様……でした」
冒険者への騎士団副団長様の挨拶の一言目がそれかよ! とツッコミたくなる。
「いえ、お粗末様でした」
えへへ、いい奥様になれる切り返し。どうよ? あれ、私は奥様……になりたいのか? いやいや、そんなわけはない。いや、もしかしたら外見に引きずられているのでは……。うーん、どうなんだろう?
「…………ああ、ワーウルフを見かけたという話だった……が」
「ああ、うん、そうそう」
頷きつつ、こちらも百面相を止める。
「とりあえず応接室へ案内……する」
フレデリカが先導して歩き出す。
櫓に向かっているけど、近づくと、櫓と営舎は別の建造物だとわかる。そりゃそうか。
営舎の外装はそれほど華美なものではない。普通の石造りの建物だ。騎士団というからには、こう、無駄に装飾が施してあったり大理石だったりするのかと思ったので、少し肩透かしを食らった気分になる。
営舎の入り口も、何と言うか普通の木造扉で、重厚な騎士団のイメージとは違って、どことなく貧乏臭い。
中に入ると、ちょっと薄暗く、丹念に磨かれた感のある床が鈍く光り、夕方の斜光も入ってきて、雰囲気はまるで学校の教室のようだ。廊下の両側には幾つか部屋があって、そのうちの一つが応接室らしい。
「どうぞ」
フレデリカが語尾に迷うことなく私に話し掛ける。いい加減対応を統一すればいいものを。
応接室に入ると、質素なソファと調度品が疎らにあり、掃除こそ行き届いている感じはあって清潔そうではあるけど………何となく寂しい空間がそこにあった。
「座って……くれ。団長も……くる」
よかった、騎士モードのフレデリカとこの調子で話していたら、語尾を気にするだけで明日の昼になってしまうところだった。
ソファに座ってすぐに、団長――――アーロンは入ってきた。
今朝見かけた時とは違って、一目で仕立ての良い服を着ているのがわかる。フレデリカも同じデザインの服を着ているのだけど、アーロンの方はビシッとしている。アーロンの後にいた副官らしき赤毛の女性も一緒に入ってくる。こちらも服装の乱れはない。
一応、挨拶はしておくか。
立ち上がって合掌をしてお辞儀をしている間に、アーロンはツカツカ、と歩みを止めないまま、私の正面へとやってくる。
「私は―――」
「騎士団長のダグラスである。ワーウルフを見かけた冒険者というのは貴様か?」
おいおい、名乗らせてもくれないで本題ですかい、大将?
「ああ、はい、そうです」
座ってくれ、と目で促される。
尊大な物言いは貴族だからか。それにしても、今朝目撃したことに触れないし、その素振りもないか。貴族なら演技の一つもするだろうけど、向こうからカマも掛けてこないし、察知されてない、と見ていいかな。
「場所を教えてくれ」
あーどうしようかな。こういう貴族だいっきらいなんだよな。まあ、フレデリカの手前もあるし、騎士団はトーマス商店の大口取引先でもあるんだよな。仕方ない、こちとら一介の冒険者でしかないし、謙って対応するか。
「地図はありますか? ヘベレケ山の北西の山間に三体いました」
「なに、三体もいたのか! どちらの方へ逃げた?」
倒していない前提なのか。
「その三体は処理しました」
私は言いながら、毛皮を出す。未処理で乾燥もさせてないけど、『道具箱』に入れると一定サイズ以下の生物は死ぬみたい。蚤が跳ねたらリアリティがあるんだけどなあ。
「む……貴様が倒したというのか。その恰好で?」
ええっ、恰好が問題だったんですか。
「彼女は魔術師……です」
フレデリカが補足する。
「なるほど……。地図を出してくれ」
アーロンが赤毛の副官に言うと、彼女は無言で地図を差し出した。
地図を広げる。羊皮紙だ。羊は結構ポピュラーな動物で、マイケルの肉屋でも主力商品らしい。
「これがヘベレケ山……この辺ですね」
それにしても、この地図も結構いい加減というか。辛うじて位置関係がわかる精度だなぁ。
呆れを隠しつつ、私は遭遇した場所を指差す。
「想定よりもずっと南だな……」
と、アーロンは呟く。
しかし、位置関係には違和感がある。何だろう、言葉にはできないけど……。
「この周辺には他にいませんでしたよ?」
「その三体が群れからはぐれてきたということか」
さすがに騎士団長、全くの愚鈍というわけではなさそうだ。
「そのように思いました」
肯定しておく。
「なるほど……。わかった。情報の提供に感謝する」
アーロンは懐から銀貨を一枚取り出して、私に渡してくる。情報提供料ってそのくらいが相場なのかな。わかんないけど。
「はい。それでは私はこれで」
立ち上がり、辞去することにする。
挨拶をしようとアーロンを見ると、口を半開きにしていた。何かを言いたそうな、言いごもっているような。
「?」
幼女らしく、首を捻って可愛げのあるポーズをとってみる。ワーウルフをチュニック姿で、しかも無傷で始末してくる幼女には疑問を持つかもしれないけど。ここはイノセントに攻めてみるのが吉というものだ。
「いや、ご苦労だった。貴様への連絡はどうすればいい?」
「冒険者ギルドに言って頂ければ。毎日寄っていますので」
んー、どういうつもりだろう。何かまだ用事があるのかな。あんまり関わりたくないんだけどなぁ。
内心の邪気を抑えつつ答えて、フレデリカを見る。と、フレデリカと目が合った。
「私に申しつけて頂いても構……いません」
「そうか。また何か依頼するかもしれん。その時は協力してほしい」
これでも謙ってるつもりなんだろうな。まあいいや。
口には出さず、頷いて了承を伝え、席を立つ。
「出口まで案内……します」
フレデリカが私の軽い苛立ちを宥めるように立ち上がる。
応接室を出ると、先とは逆のルートで、私を先導する。
「あの隊長さんはどうなの?」
歩きながら、周囲に人がいないのを確認しつつ訊く。後からではフレデリカの表情は読めないけど、きっと困惑していることだろう。うーん、と唸っている声が漏れている。
「愚直? ……かな?」
「なるほど」
技量が他人より優れているのだろう。それで力押しをしてしまう。思い込みも激しいのではないか。
「私が副団長になったのも、団長から他の団員へ叱咤の意味も……ある」
「なるほど」
こんなエルフお嬢ちゃんに負けるとは、情けない部下達だ! とプレッシャーを与えているつもりなのか。実際に戦ってみれば、フレデリカに足りないのは経験だけで、技量では圧倒的に騎士団トップだろうに。
「悪い人でも……ない……かな?」
「なるほど」
などと、なるほどを繰り返していたら門に着いた。
「じゃ、私は、この足で冒険者ギルドにも報告しておくよ」
「わか……った」
「うん、じゃあね」
門番にも軽く挨拶をして、騎士団駐屯地を出た。
「さて、と」
フェイにも言っておくか。
北通りを南へ向かう。港からの馬車が何台か通り過ぎる。あ、確かに、言われてみれば、少なくとも三ヶ月前と比較すると馬車の数が少なくなってきてる気がする。大陸からの侵攻軍と、ワーウルフ。どちらが脅威なんだろうか。
大陸からの侵攻云々の話はオーガスタ姫が、そんなことを言ってたわよね。。勇者を国防のために召喚してるとか、そんな理由で世界の理を無視する存在を呼ぶのであれば、そりゃ排除命令も下るというもの。召喚せずに国が滅びんでいいわ。
ああ、でも、それは自分の行いを正当化しすぎるか。存在云々で言ったら、私の存在こそが世界にとって悪になってしまう。ああ、でも、それは自分の存在を否定しすぎるか。
難しいな、自分の存在理由を見つけ出すのって。他の人も、そうなのかな。
などと考えていたら、ロータリーに到着した。
冒険者ギルドの建物に入り、ベッキーのところへ向かう。何と言っても話しやすいからね。
「おかえりなさい」
慈母の微笑み。さすが中年男殺し。癒しという名のプレッシャーだ。
「ただいまです……ええと、支部長は今、いらっしゃいますか?」
「今は来客もないはずだけど……。確認してくるわ」
「はい、お願いします」
こうやって、支部長にちょくちょく面会を求める冒険者は他にはいないらしい。まあ、そりゃそうだと自分でも思う。支部長の秘蔵っ子(笑)が、初級冒険者のメイン依頼ばっかりやっているわけで、そこに違和感というか、最初は突っかかってくる連中もいたっけなぁ。足をかけてきた冒険者が、逆に足を折ってしまったのは良い思い出だ……。
しばらくして、ベッキーが戻ってくると、指で小さく○を作っていた。勝手に入っていいよ、とのことだ。合掌してお辞儀を遠目にしたあと、私は支部長室に向かう。
「……入っていいぞ」
ノックすると、部屋の中から声が聞こえたので、さっさと中に入る。
「失礼します」
と言いつつ、私は手を挙げて、左右に大きく動かした。漏れたらまずい情報があるから遮音結界を張ってくださいね、とジェスチャーで示す。
フェイは怪訝そうな顔を見せる。が、すぐに頷き、結界を張る。
「……――『遮音』。……どうした、急に」
「何件かお知らせしたい事が。一件は緊急で」
と、暢気な口調で言ってみた。
「……緊急の方から。……急ぎ頼む」
「ワーウルフが出ました。ヘベレケ山北西の山間に三体。これは私が処理しました。すでに騎士団には報告済み」
「……なんと!」
フェイは両手を挙げて驚くポーズをした。いつの時代の人間だ。
「……これは急ぎ通達せねば……」
慌てて立ち上がるフェイ。止める間もなく、部屋を出ていってしまう。
数分して戻ってくるフェイ。
「……ハァ、ハァ……。……対応の協議があるので、今日はこれで」
と、いうところで、開いた手をフェイに向けて伸ばし、言葉を止める。
「まだ続きがあります」
「……ハァハァ……」
―――あの仕草で止めるとは、ダイアナ・ロスを知っている世代ね。




