鍛冶場の研磨職人
鍛冶場に到着すると、マーガレットと弟子さんたちが研磨作業に追われていた。
第一班と第二班の冒険者が、ギリギリになって自分の武器の研磨を依頼していたのだ。
「お前かっ、ああっ、もうっ、勝手に使ってくれ!」
マーガレットは私にそう言ったけれど、
「手伝いましょうか? 後で私の作業も手伝ってくれますか?」
と言ったら、うんうんうん、と三回頷いたので、研磨作業を手伝うことにした。
第一班の方を優先することにして、砥石(とても大きい)の前に立つ。
「お願いします!」
と、冒険者に差し出されたショートソード。何じゃこりゃ、鋳造しただけの剣だなぁ。まあ、もう一々言ってたらキリがない。
砥石で研ぐフリをしながら『研磨』を使っていく。三回往復して終わり。軽く固くしておくか。
「―――『硬化』。はい、出来ました、次」
「え、もう? いい加減だなぁ」
「大丈夫、ちゃんと研いだから。確認してみて下さいね。お次の方どうぞ?」
ホントかなぁ、などと半信半疑のやつは置いておいて、どんどん来てもらう。
「はい、出来ました。次どうぞ」
一応鍛造なら硬度は上げない。上げてポッキリいくこともあるから。鋳型から取り出しただけの剣はさすがに論外なので、本人が死ぬ前に黙って強化していく。感覚的な話になっちゃうけど、恐らく、この『硬化』って、金属粒子を一定の方向に揃えてるんじゃなかろうか。鍛造と鋳造の剣を触り続けていると、それが強ち間違いじゃないと思えてくる。
「はい、次どうぞ」
私のところだけ並びの減りが早い。まあ、撫でてるだけだし。
「第二班の人、並んでくれ! こっちに!」
第一班の方は終わり、第二班に入る。
「本当にこれで研がれて…………うわっ」
と、刃を触った冒険者の指から血が滲み出る。
「あ、気をつけて下さいね。すごい切れますから。―――『治癒』。はい、次どうぞ」
ここに至って、何だか凄腕の研磨職人がいる、と話題になったらしい。はん、ルーサー師匠の下で修行した私の腕を舐めるなよ?
「はい、最後の方どうぞ」
「凄いな……おかしいだろ……」
マーガレットの呟きが、きっと正しい。
「はい、終了。頑張って戦ってきて下さいね」
「お、おう!」
第二班の最後の冒険者は、元気よく隊の集合場所に戻っていった。作業開始から半刻(三十分くらい)か。これくらいなら二隊の移動に再合流できるだろう。
「作業が早く終わったのは助かるけれども……。まるで魔法だな」
「いや魔法ですってば」
ツッコミ返しておく。鍛冶場の角に調理用のカマドがあったので、それに鍋を置いて水を入れ、適当に野菜(皮も剥いてない)と干し肉をぶち込み、点火しておく。五十人前くらい作ればいいかな!
「それは?」
「いま、私が任された部隊が演習場でしごかれている最中だと思うので、彼らの食事です。じゃ、私の作業始めますので。ちょっと手伝って下さい」
「え、もう?」
マーガレットは悲鳴をあげたけれど、撤退は許さない。
「時間が余りないので。あ、これ、溶かしてください。柔らかくなればいいです」
と言って、マーガレットと弟子さんに鋼鉄のインゴットを『風刃』で小分けして渡す。
「え、何で? いま金属切ったよね?」
「魔法ですってば」
「そ、そうか、魔法か……」
マーガレットは納得したのか(絶対してないと思うけど)、無言になってインゴットを溶かし始める。
私も魔力炉に点火して、熱し始める。
「これはどのくらいの温度がいいんだ?」
「かなり高めです。おそらく、銀の二倍くらい」
変な喩えだなぁ……。それでわかってもらえるだろうか。
「ん、わかった」
わかったのかなぁ……。
「とりあえず真っ赤になったら取り出して下さい」
と言っている間に私の方が溶けてきた。
「槍の穂先を作ります」
少ない材料で多くの武器が欲しい。全金属製の槍は多く作れない。というチョイスの結果でもある。
「これ、すごい鉄じゃないか……?」
ルーサー師匠の枕だったけどね。
「そんなこと、ない、です、よっと」
とは言ってみたけど、すごい純度だ。ガンガンガン、と数回叩いてみるとわかる。
叩いても不純物が殆ど出ないのだ。
「――――『鍛造』」
スキル使用。ガンガンガンガン、十数回叩いた後で穂先の形に成形する。
「出来たぞ。そっちに持っていくか?」
「お願いします。そちらの方、焼き入れお願いします」
と言って、完成した穂先を預ける。
「あっ、はい」
こうして、マーガレットとその弟子をこき使い、研磨前の穂先が十五本完成する。
続いて石突き部分も作る。こちらは半球を作るだけだから簡単。
「もう一本、全金属の槍作ります」
ルーサー師匠から貰ったインゴットの中には、黒鋼じゃないけど、もう少し黒目のインゴットがあったんだよね。黒鋼に至るまでには試作が繰り返されただろうし、これもその一つなんだろうか。
マーガレットに黒鋼モドキ(硬鋼、という名称にした)を溶かしてもらっている間に、槍の穂先の研磨を行う。
「槍の柄って在庫ありますか?」
「ああ、二十本くらいは残ってると思う。おい、出してやってくれ」
マーガレットが弟子に言うと、弟子さんたちが倉庫から槍の柄を出してきてくれた。
「結構長いのもあるんですねぇ」
樫の木、栗の木、胡桃の木、素材は違えど、一メトルに足りないくらいの長さの柄を選んで、穂先と石突きを『結合』する。
「こんなに槍って素早く出来るものなんですか……?」
弟子の一人が訊いてくる。
「いえ、魔法ですから」
今回はそれで通そう。
十五本の槍が完成したところで、硬鋼が良い案配になったようだ。
「あ、叩きます」
ガンガン、と叩いたところで、金槌が変形してきたことに気付く。
「んっ」
黒鋼の金槌を取り出して交換、再度叩く。
「フン!」
超重たいな、この金槌。右腕だけがフンっ! 太く逞しくフン!
「大丈夫か、プルプル震えているようだが……」
「フン!」
それから半刻ほど格闘して、先端の尖った、円錐状の武器(長さ一メトル)が完成した。
「ハァ、ハァ……」
「むしろ金槌と戦っていたように見えたが……」
「いい戦いでした……。ちょっと休憩します。皆さんは避難しないんですか?」
マーガレットは目を瞑ると、
「うーん、どうせ、武器を傷めて戻ってくるだろ? その時に鍛冶場に誰かいなきゃな。他の鍛冶屋はみんな逃げてるだろうからな」
「なるほど」
それが冒険者ギルド所属の鍛冶屋の矜恃ってやつですか。偉いなぁ。戦闘サイボーグの帰還を待つ研究員みたいだ。
「ちょっと、演習場も見てきます。連中に槍も渡してきます」
私は鍋(灰汁も取ってない。ドロシー以下のスープ、名付けて『泥スープ』)を持って、演習場へ向かった。
「おお、やってますね」
演習場に到着すると、お約束のようにカレン以外の十五人が倒れていた。
「まあ、こんなものさ」
上級冒険者相手では、初級に毛生えただけの冒険者では相手にならないだろう。全員に『治癒』をかけて、水をぶっかけて、強引に乾かすと、一人、また一人と起き上がってくる。
「さあさあ、みなさん、お食事の時間ですよ」
「お、栄養補給するさ。ホラ、皆も食べろ」
モソモソ、と起き上がって器を手にすると、車座になって少年少女は夢中で食べ始めた。
ラルフ少年も一心不乱に食べているようでよかった。泥スープ、たんとお上がり。
「お嬢ちゃん、これ、美味いな」
「え?」
そんな馬鹿な。あの調理法で美味くなるはずがない。
と思って一口味見(味見もしてなかった)する。
「あれ、美味しい。なぜ?」
「さぁ?」
カレンも首を傾げる。
うーん、これは調理スキルLV5が働いたってことかな……。こんなことじゃ、食材切っただけで美味に昇華しそうだ。
「ああ、シェミーが帰還したみたいさ。ウチじゃなくて、トーマス商店の護衛になるってさ」
「ああ、そうなんですか。無事に戻れてよかったです」
そうだ、一つドロシーに短文を送っておこう。『ルーサー師匠とカーラ一家が保護を求めてくると思います。よろしく☆(意訳)』と。
割とすぐに返信があった。もう文字を打つのになれたのか。さすが女子。『ルーサー師匠は既に到着で保護済み。カーラちゃんからは避難の相談があった。トーマス商店で保護します☆(意訳)」
最後に☆を付けるのがクセになったら面白いな、ドロシー☆。
「支部長からの短文を見てるけど、まだ敵は見えないみたいだね」
まだ来てもらっては困る。この連中をとりあえずでも使えるようにしなければ。
「ああ、そうそう、これがみなさんの武器です」
と、十五本の槍を渡しておく。
「短剣とかはまだ研いでないので、後で。とりあえずその槍の長さに身体を慣らすようにしてくださいな。あと、防具は全然間に合わないので、今回は防具の提供はなし。魔法付与はしますからそれで何とかします」
武器を貰った感激と、防具なしという落胆で、彼らの士気はジェットコースターのように上下した。
「で、これはカレンさんに」
と、出来たてランス。
「うお……。これは突撃用の槍か」
「本来は馬上で使う物でしょうけど、カレンさんの腕力なら問題ないでしょう?」
「そうさな。でもな、盾が……」
チラチラと私を見る。
「はい、この後やりますよ。じゃ、みなさん、もう一セット、がんばりましょう」
ワンセット、は通じなかったみたい。ビリー隊長は受け入れられなかったみたいです!
鍛冶場に戻ると、マーガレットたちはウトウトしていた。そろそろ夕方になる時間、私も眠気が来ているけど、まだだ。まだ終わらんよ。
これからが本日のメインイベントといえる。
「鍛造の板を積層にしてみるか」
鋳造にしようと思っていたけども、型を作る時間がない。なので鍛造で作ることにしよう。
ガンガンガン! と熱した鋼鉄を叩き始めると、マーガレットと弟子さんたちは飛び起きた。
「なんだ! 敵襲か!」
「いえ、鍛冶場ですから、ここ」
何だかもう取り憑かれたように鋼鉄の板を叩き続ける。
「上の仮眠室にいかれては? あとの掃除はしておきますよ?」
「オマエらは上で休んでな。私は一応責任者だから監督するよ」
弟子さんたちは師匠にそう言われても、上には行かなかった。私が何を作っているのか一見しただけじゃわからないから、興味を持ったのだろう。
「それは……何を……作っているんだ?」
「盾です」
「嘘吐け。板を伸ばしてるだけじゃないか」
「ここから盾らしく……なる……予定……です」
この盾は大きく分けて五つのパーツに分かれる。正面の盾っぽい部分には敵の剣を弾くよう、微妙な曲線をつける。この盾っぽい部分に上下左右の出っ張りをつける。この出っ張りには意味はない。デザイン上の、つまり趣味だ。
一層目は普通に平面、二層目はハニカムに中抜き、三層目で平らに、四層目をハニカムに。五層目が敵正面に向くので肉厚をつける。
「おい、それが盾なのか?」
「盾ですね」
私は言い切った。
出来上がりの形は、上から見ると三面鏡のようになっている。カレンの大柄な身体がスッポリ入る、一メトルの大きさの鋼鉄の塊。
「というか、それ、持てるのか……?」
「普通の人は無理でしょうねぇ……」
角材を下敷きにして裏返しに。裏側の加工を始める。裏側にはミスリル板を貼り付けて、ここに魔法陣を刻む。魔法陣群は上下左右の四カ所に設置。これは『風走』の魔法陣。『魔法盾』『障壁』も同じ方向に飛ばせるようにした。これらの魔法は盾に空いているスリットから出る。補助として盾下部にも『風走』を刻む。盾の裏側下部にはステップも設けて、乗れるように。手元には方向を操作できるようにコントローラーを設置。使用者の魔力を吸い取っての使用が大前提だけど、この盾がどのくらい魔力を食うのかは実験していない。はは、最近そんなのばっかりだなぁ。ので、中級の魔核を補助的に設置。
残念なのは、裏側に入れる武器がない。ので、砲身を入れる穴はダミー。
『転写』で塗装に入る。裏側はダークグレー。表側も一度その色で下塗り。
「何で手から色が出てるんだ……?」
「魔法ですから」
調色した色を元に『転写』しているので、これは塗装というより焼き付け。下地処理もしなかったけど、本来はアルコールとかで綺麗にした方がいい。金属だし、プライマーもあった方がいいよねー。
表側は乳白色にグレーを混ぜた色。裏よりは明るい。スリットは黄色、正面には赤いマーク。ああ、エアブラシが再現できればなぁ。こう、外側に向かってグラデーションをかけて……。
「その印には何の意味があるんだ?」
「さあ………」
河○先生に訊いてほしいところだ。たぶん連○軍のマークじゃないかな。
「よし、じゃあ納品してきます」
うんしょっと、と盾を持ち上げ…………。重いわ!
「重すぎる……」
『後退』に方向を指定して……うわっ、天井にぶつかりそうに! 慌てて盾を立てながら体勢を整える。
ズン、と金属の塊が床を打つ。
「それ、役にたつのか……?」
「さあ……」
うん、この立てた姿勢なら安定してるんだよね。モードを『浮遊』にしておくと、超重量級の金属の塊が、軽々動かせる。
「おおっ?」
ステップに乗って前進! このまま演習場に乗り込むぞ~!
「おお~?」
マーガレットの驚きが心地良い。
しかし。
大きすぎて、鍛冶場の出入り口からは出られなかった。
――――○森先生、ごめんなさい。