魔力吸収の首輪
あのアーサお婆ちゃんの娘、となれば当然ベッキーの料理もその薫陶を得ているわけで、味の系統が似通うのも当然なんだろうか。
「美味しいです」
トーマス家にお呼ばれして、まずは用意してある夕食を食べることになった。二日連続でアーサお婆ちゃんの夕食を食べなかったから、私はともかく、アーサお婆ちゃんのご機嫌は斜めじゃなかろうかと心配したりもする。
「あら、お世辞でも嬉しいわ」
目を瞑って味わえば、アーサお婆ちゃんの料理だ、と言われても違和感がない。若干、ベッキーの方が塩の使い方が大雑把な気もするけど。
それがわかるのはたぶん海原○山くらいのものだ。味の基本がわかっていない、とか憤慨しながら指摘するんだろうな。
「いえいえ、お世辞じゃありません」
「おおう。儂は幸せもんだ……」
「この人は、食事の度にこんな事言ってるのよ」
トーマスは出会いの新鮮さを保っているのか。倦怠期とか関係なさそうでなにより。
「それで、だな、まずは収容所の設計の方だ」
夕食が終わって、トーマスは赤ワインをチビリチビリ飲んでいる。ドワーフにしてみれば、ワインなんぞ水! という人が多い中、トーマスはちゃんとワインを味わって飲んでいる。川島な○美も驚きのワイン通かもしれないな!
広げられた羊皮紙には(元の世界の感覚からすると非常に雑な)設計図が描かれていた。
「敷地は東西に長くなってるだろ? その東西に一棟ずつ、監視塔が建てられる。監視塔はこんな感じだ」
別の羊皮紙を渡される。五メトルほどの高さ(と書いてある。設計図に『ほど』って書いちゃうアバウトさにはツッコミを入れなかった)、木組みの塔だ。ギルバートの木組み技術が集約されたようなデザインは見事だ。収容所の塔に相応しいデザインとは言えないと思うけど。
「二つの監視塔で挟んだ形になってますけども……収容施設をこう……放射状にすれば、監視塔は一つで済みますね。施設の管理は騎士団がやるんですか?」
「なるほど……。ああ、騎士団がやるそうだ。ここにきて増員されているしな。新人が増えて全体の練度は下がっているが、一時的なものだろう。騎士団長がやる気になってるのも大きいな」
「コレ、資金ってどこから出てるんですか? オピウムなんぞで資金調達を狙っていた領主の羽振りとは思えないんですけど」
「出所は王宮からと聞いているが、ダグラス宰相から巻き上げた金だろうな。冒険者ギルドが脅してるということもあると思う。つまりフェイ経由」
騎士団の増員分も、元は冒険者、って人材が増えているそうだし。フェイが助力しているわけか。そういえば受付に騎士団員募集の張り紙があったっけ。
「建物の構造、配置については具申してみる。他に指摘すべき点はあるか?」
「欲を言えば堀があるといいですね。三カ所が陸地なのは危険です」
「うむ、それは儂も思っているが……どうせ作るなら小島に作る方がいいだろうしな。あの場所にあの建物を造る意味が何かあるのかもしれん」
それが何なのかは知らん、とトーマスは肩を竦めてみせる。
「ただな、今回の案件は領主サイドからの話ではあるが―――ノーマン伯爵からではなくて、アイザイアの方からの話、というのはしたよな」
「はい」
「病床に伏せているという話ではあったがな。領主にはこのところ会ってないのも確かなんだよな」
なるほど、親父の死期を見切って先行発車している、と商業ギルドは見ているわけね。
「それで、現地の様子はどうなんだ?」
「日光草の移植はほぼ完了です。整地を始めました。明日には更地にできます」
「うむ。建物は東側に造ることになる。西側は畑になる予定だから、土を多少柔らかくしておいてくれ」
私は頷いて了承する。
「次だ。街灯の件だ。試作品は見た。あれな、なんで橙色なんだ?」
「ああ。遠くまで光が届くからです。それと、五本に一本くらい、青色の街灯にしたいのですが」
「何故だ?」
「防犯に効果があると思われるのが一点と、目印の替わりですね」
「防犯に……? 初耳だな。橙色の光が遠くまで届くというのも……ああ、なるほど」
ベッキーがいるので、私が異世界情報を基にしているとの推測を口に出来なかったのだろう。トーマスは納得した表情になった。
「わかった。それは採用しよう。現在の街灯の成形作業はお前が立ち会ってくれるんだな?」
「私がやるつもりです」
「よし、ああ、『魔導灯』の仕様は基本、あれで頼む。要求を満たしている。ただな―――夕方になったら光って、朝になったら消える、みたいには出来ないのか?」
「管理する魔法陣が増えて原価が上がってしまうのと、時間の概念が曖昧なもので、その機能は省きました」
私は即答する。
「時間……?」
「んー、もの凄く適当で、この場でしか役に立たない説明をするなら、一日をきっちり区切ったもの、でしょうか」
「ふむ……それがきっちりではなく、曖昧だから定義できなかった、ということか」
「その理解で正しいです」
そのうちに鉄道でもできれば、嫌でも定義せざるを得なくなるだろうとは思うけど。
時間は可変だ、という証明はされているけど、普通に生きている分には固定だと思って構わないだろう。この世界が元の世界と同じだ、という保証はないけど。
「鉄板の方は―――これもロールのところに頼まざるを得ない。幸いにしてお前が要求してきたのは厚みも薄いし、時間は掛からないだろう」
やっぱりロール工房(とロック製鉄所)を酷使か。そもそもトーマスに紹介されたところは懇意だったりするんだろうなぁ。まあ、ロール工房を使うんじゃないかと思って簡易的な作りにしていたってこともあるしなぁ。
「わかりました。首輪が終わり次第入れるようにしてあげて下さい。ああ、あとですね、曇りガラス、トーマスさんの手持ちを十枚くらい下さい」
「む……」
トーマスは嫌そうな顔をしながらも十枚、私に手渡した。
「近日中にトビーの言っていた場所から石英を掘ってこないとなぁ」
「そうですね。ガラスは需要がありすぎますからね」
その後、ガラスがいかに素晴らしいかの話になったところで、ベッキーが顔を出して、報告会は終了となった。
朝になって雨が止んだ。
昨日は野焼き、今日は『泥沼』にて土を適当に均している。
それなりの深さまで土を攪拌、本格的に水分を混ぜ込めば、もれなく泥地の出来上がり、なのだけど、別に水分を過剰に入れなくても正しい魔法として発動する。東京ドーム三個分(多分。適当だけど)を処理するのは中々に骨の折れる作業で、毎日何だか魔力を限界近くまで使っているようだ。
というか何で私だけがこんな事をやってるんだ、と恨み言の一つも言いたくなるところだ。
「ふぃー」
均し作業と、東半分に固化(ガチガチには固めていない)の処置を施し終わると、お昼前になっていた。
「おうっ! どうだいっ、調子はっ」
まるで私の作業が終わるのを待っていたかのように、ギルバート組の面々が軽やかな足取りで登場する。後にはトーマスもいた。
「あ、ギルバート親方、お疲れ様です。今終わったところですよ」
「おうっ。ここを更地にするのに二日とかっ。すげえなっ」
「ギルバート、材料はここに置くぞ?」
トーマスが荷物運びを手伝っているようだ。トーマスの『道具箱』から吐き出される石材、木材、その他諸々。その腹には、一体どれだけの物資が詰まっているのやら。
「おうっ、助かるぜっ」
軽く言うギルバートも、自分の『道具箱』から相当な材料を吐き出した。いくつかは大工道具だ。
ちなみに、施設配置は、工期短縮のために、監視塔は先に一棟、施設は放射状、という私の指摘通りになったそうだ。ただし、堀までは手が回らないだろう、とはトーマスの弁。
「東側の土は適当に固めておきましたけど、これでいいですか?」
ガンガン、とギルバートは地面を蹴飛ばす。
「ちっと固えがっ! 基礎打ち終わるまで、そこにいてくれっ!」
えー。
見れば、ギルバート組の面々は杭を打ち始めている。地面がちょっと固そう。でも、柔らかいよりいいよね?
「ちょっと柔らかくしてやってくれ……」
トーマスが言うので、仕方なく杭打ちについて回る。
杭は、それに麻紐を括り付けて、水平や直線の目印にするのだという。
夕方まで杭打ちに付き合い、そこで作業は中断。ギルバート組や石工は、明日早朝から基礎組みに入るのだそうだ。
これで、ギルバート組が建物をある程度形にするまでは、私は他のことができる。突貫工事みたいだけど、三~四日は大丈夫だろうと思う。っていうか、そんな日数で収容所が出来ちゃうものなんだろうか。
その翌日はアーサ宅に引きこもった。
丸一日をかけて、四十九個の街路用魔導灯の、外装以外を作り上げた。
本当に一歩も外へ出なかったので、ドロシーに呆れられた。
次の日のお昼に、鋳造首輪五十個が出来たという知らせが入る。
すぐに鉄板の製作に入る、とのことで、首輪の受領でロール工房へ。
「やあ、君かい……。商売繁盛でなによりだね……」
幾分グッタリした様子のロールは、気の利いたジョークも言わずに、納品に行けずに受領させてしまったことを詫びていた。
「いえいえ、全然問題ないです。鉄板の方はどのくらいで仕上がりそうですか?」
「三日だね。板だけだしね」
「わかりました。よろしくお願いします。三日後に取りに来ますので」
受領書に記入して、首輪は『道具箱』へ。
今回の首輪は本当に鋳造しただけの無研磨なので、これは仕上げからして私がやることになる。鉄製品の加工となると、アーサ宅の工房でやると部屋が鉄臭くなっちゃうかなぁ……。まあ、工房だし、あとで換気すればいいか。
アーサ宅に戻り、地下工房で貝合わせと研磨作業を開始する。
鋳造品は完璧な造形というわけではないので、表面を研磨しつつ、半分になっている首輪同士を組み合わせていく。成立した組み合わせには番号を刻印。
この首輪同士は『施錠』、つまり状態固定の魔法で繋がる。通常、この魔法は詠唱者にしか解除できないのだけど、それを肩代わりして、疑似的に私が詠唱している状態を作り出す魔法陣が必要だ。
悪趣味に本物の『鍵』を使ってもいいのだけど、これが案外お高いのと、工期短縮と利便性を考えて、単なる板に魔核をくっつけたものにしちゃおう。
板は銅板に銀コーティングしたもの。対応する首輪の番号と魔法陣だけが書かれている。見た目には、元の世界にある、傘ホルダーの鍵とか、ロッカーの鍵に近いか。
首輪本体は、前述の施錠機能の他に、魔核を取り付ける場所が片割れに一つずつ。対応する魔法陣は、魔力吸収をするためのものだ。この首輪の製作目的が魔力を持った捕虜対策ということもあって、どうせなら魔核に魔力を注入してもらって、収容所経営のタシにしてもらおうという発想だ。頭痛ギリギリのところまで吸い取るように設定してあるので、この首輪をしたまま魔法を使おうとすれば、魔法陣を展開した段階で激しい頭痛に襲われる。つまり魔法を使えない。倒れちゃったら、いわゆる囚人が行うような作業は全く行えないことになるけれど、その分、魔力を充填した魔核が生産できるのでむしろ儲かる……。何とも嫌らしい、人権とか何ソレ状態の魔道具だ。
「ヒヒッ」
――――きっと、今の私は悪魔のような笑みを浮かべてるんだろうなぁ……。




