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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮を掌握する勇者狩り少女は巨人を操る土木作業魔術師兼魔道具製作者兼鍛冶師でガラス職人かつ道具屋従業員で、その正体は変な名前の、見かけより体重の重いドワーフである
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日光草の移植作業


「はい、これ、二十個ね。もっと食べに来ておくれよ? 試食をしてもらいたいものが沢山あるんだ」

『シモダ屋』主人のチャーリーは、少し眠そうにしながらも、お弁当のサンドイッチを手渡してくれた。

「はい、なるべくお昼はこちらに寄りますので……」

 恐縮した私は、客なのにペコペコしていた。何か変だな、とは思いつつ。


 冒険者ギルドの入り口に到着すると、セドリック、クリストファー、エドワードに加えて、何故かルイスとシドもいた。

「あれ……?」

「俺たちをーわーすーれーちゃーいけないぜー」

「黙っているなんてずるい連れて行け役に立つぞ」

 ぐい、と迫る迫力。気安いけれど、そんなに悪気は感じないからいいか。

「わかりました。是非お願いします」

 図らずも、ウィザー城西迷宮調査隊が勢揃いした恰好になった。どんな魔物も怖くない! 今から戦う相手は日光草だけど!


 道中、出来たてで温かいサンドイッチを一つずつ渡す。いきなりのご褒美に士気も上がる。

「えー、本日はですね、日光草をですね、ひたすら運ぶ……わけですが……可能な限り移植をしたいと思っています……」

「…………」

 上がった士気は、本日の仕事説明で暴落した。


 現場に到着すると、ここが収容所の建設予定地である、ということは特に言わず、麻袋を出して、手順の説明を始める。

「日光草を土ごと、麻袋に入れて、抱えて持っていきます」

「時間かかりそうっすね……」

 セドリックのため息混じりの声に、私はニヤリと笑う。

「実はちょっと試してみたいことが。―――『風走』」

 セドリックに『風走』を付与する。

「えっ? あれ? これって他人に付与出来るっすか……?」

「―――魔術師本人にしか使えないと思っていたのだが……」

 他人への付与は可能です。トーマスに掛けてたし。


「その状態で『加速』を使ってみて下さい」

「―――『加速』。うおっ」

 全員に『風走』を付与して、『加速』を使ってもらう。

「これはっ、歩くのが難しい……」

 全ての『風走』は、私から魔力供給がされているようだ。つまり、私が近くにいないと、『加速』+『風走』は成立しない。ホバークラフト状の動きに加えて『加速』は反則じみた走行速度を実現できそうだ。

「お嬢ちゃんが『加速』を使わないと、全員の足並が揃わないっす」

 ああ、うん、それね。『加速』を使うところは見せたくないんだよね。

「ああ、多分、足並は揃うと思いますよ?」

「―――? そうなのか?」

「はい、多分」

 筋力アップ系統を使っていたのを皆知っているわけだから、その初歩である『加速』を使えないはずがない、と思われていたみたいだ。まあ、これくらいは普通の冒険者でもありえる話だけど、人前で『加速』を使わないのは縛りというか枷なのだ。


「じゃあ、やってみましょう。―――『掘削』」

 掘削で円柱の形に掘り抜いて、そのままエドワードに持っていてもらった麻袋に入れる。

「はやっ!」

「どんどんいきますー」

 百個の麻袋に土付きの日光草を入れ終わると、全員に『筋力強化』『風走』を付与する。私は背丈というか手の長さの関係上、二袋だけを抱える。他の五人は三袋を抱えてもらう。一度に十七袋。いけるかな?


「では北上しまーす」

 目指すは移植予定地! しゅっぱーつ!

「っす」

「―――」

「わっ」

「おーわーっ」

「ぎゃっ」

 全員が転んだ。最初は袋を少なく持った方がいいかもしれない。だけど私はそんな甘えを許さない。

「はいはーい、いきますよー!」

 さすがは上級冒険者、そして上級を目指す三人、こんなことではめげなかった。



「あそこからなら普通は一刻はかかるよな……」

 所要時間は十五分くらいか。ゆっくり来たし、もう少し時間は短縮できそうだ。結局、皆は三袋で歩行バランスが取りにくいため、二袋で『加速』なしの私と、走行速度はトントンになる。

「―――なるほど」

 クリストファーが、先に言った私の弁に今さらながら納得した表情を浮かべる。

「じゃーすぐ移植しますー」

 穴を掘り、『飲料水』で水を撒いて、麻袋を脱がしてもらって、ポン、と置いて植樹。すぐに土を回りにかけてもらう。所要時間一分ほど。


「次いきまーす」

 十五分ほどで一七カ所の移植が終わった。

「もどりまーす」

「はーい」

 想像以上に過酷な作業だと気付いたようで、エドワード、ルイス、シドはすでにげんなりしていた。セドリックとクリストファーは、さすがに初級冒険者のフォローに入ったことから、わかっていたようだ。

「ある意味、鍛錬になるっす……」

「―――それ以外の何モノでもないな……」


 六往復、百二カ所の移植を終えて、お昼ご飯となった。

「腹減った……」

「どうぞどうぞ」

『シモダ屋』特製サンドイッチ……。一人二個ずつ、あまりの二個はルイスとシドが食べた。

「―――ところで、これは今日中に終わるのか?」

「無理っすね」


 東京ドーム三個分(くらいだと思う。わかんないけど)の建設予定地のうち、群生している日光草のコロニーは、見た感じ、既に移植した株の三倍はありそうだ。

「まあ、やれるところまでやりましょう」

 今は昼過ぎ。夕方までにはもう一セットできそう。

 ハッパをかけつつ、今晩の夕食をシモダ屋食べ放題にすることで、結局三セット終了まで頑張ってもらった。


「こんなに依頼達成が嬉しいなんて……」

「五千ゴルドのありがたみを感じるっす」

 冒険者ギルドに戻って、精算に立ち会い(追加二名の分も払わなければならなかった)、その足でシモダ屋に向かった。

 暴飲暴食されたけれど、カーラもチャーリーも嬉しそうだったので良しとしよう。相当売り上げに貢献したと思うし……。



 幾分グッタリした気分でアーサ宅に戻ると、アーサお婆ちゃんもドロシーも寝るところだった。

「そう、おかえりなさい。お友達は連れてこなかったのね?」

「ただいまです。いえ、男性ばかりなので。しっかりご馳走してきたからいいんですよ」

「あらお帰り。『魔導灯』はトーマスさんに渡してきたわよ?」

 アーサお婆ちゃんは先に寝る、と言って、寝室へ向かった。

 私はお茶を用意しながら、ドロシーと会話を続ける。


「うん、ありがとう。何か言ってた?」

「うーん、そうねぇ……目を丸くしてたのは確かね」

 渡したのが今朝なら、試用は早ければ今夜か。担当の人への説明もあるだろうし、向こうの要望もあるだろうし、ゴーサインが出るまではもう少しかかるかなぁ。


「それより、移植作業の方はどうだったのよ?」

「あー、うん、過酷だったよ……。何往復したかわからないくらい……」

 正確には十八往復。群生地が穴ぼこだらけになっていったのは、ちょっと面白かったけど。

「ふうん。アンタは毎日楽しそうだからいいわね」

「魔力量ギリギリの毎日だよ……?」

 ちょっとセドリックとクリストファーが言っていた『鍛錬』という言葉を思い出す。

 ハーブティーが煮出されて、カモミールの香りがリビングに広がる。ドロシーにもお茶を出す。


「ありがと。何て言うのかな、将来性? 発展性? が見えなくてさ」

「ふむふむ」

 ドロシーが自分語りをしようとしている。これは聞き役に徹した方がいい。


「ポーションを売る毎日じゃない? フッとさ、このままでいいのかなって。このまま年老いていくのかな、って」

「ふむふむ」

「そりゃさ、ウチのポーションが命を救ってさ、それを提供する有り難い仕事だっていうのはわかってるのよ。だけど、毎日繰り返しだとね……飽きてるとかじゃなくて……」

「不安になる?」

「そう、かな。編み物だって、料理だって、魔法だって、アンタが私にやらせたようなものじゃない? 私に可能性を持たせようとしてるのかな、って。そうやって他の世界があるって気付いたらさ、不安になる時があるのよ」

 ズズ、とドロシーはお茶を啜った。


「それでも、まずは、アンタやトーマスさんが用意してくれた環境で……。出来る事をやってみようと思うんだ。やれることをやらないで、可能性を語る資格なんてないものね」

「うんうん」

 偉いなぁ、ドロシーは。さすがは孤児院の麒麟児……。将来的にトーマスが商売を他に広げたり、商業ギルドの方が多忙になれば、当然だろうけど、トーマス商店は彼女に任されるだろう。だけど、このドロシーは、そこに収まる器なのかどうか。

 それは誰にもわからないけど、もっと大きな可能性を、ドロシーは自分の中に見てるんじゃないか。

 そんな気がしたけれど、それを言う時ではない気もして、私は微笑んで頷くだけにした。


「さ、寝ましょうか。アンタ、明日も早いんでしょ?」

「うんうん。寝よう」

 魔力を回復させなければ。

 部屋に移動して、魔導ランプの灯りを消した。

「そのうちさ」

 隣のベッドからドロシーの声。

「そのうち、あの魔導灯をこの家にも付けようよ」

「そうだね。明るすぎない灯りも考えてみるよ」

「明るすぎない、か……。そうね。そういうのがいいのかもね」

 何やら一人で納得した様子のドロシーは、すぐに寝息を漏らし、私はそれを子守歌に寝入った。



 翌日の早朝は小雨が降っていた。

 植え替えをしたばかりだから、この雨は貴重かもしれない。向こうの『畑』にちゃんと根付いてくれると嬉しいな。日光草は割とタフではあるから(月光草は逆にかなり弱い植物だ)、畑でも元気に育つとは思うけど。


 収容所建設予定地に到着する。

 この世界、この時代は雨だろうが何だろうが傘はささない。レインコートもない。あ、一応、藁蓑みたいな雨具はある。

 傘は王都では貴族階級が使用しているらしいけど、見たことはない。細くて軽い鉄製品を作るのが難しいので、傘の素材はクジラの髭とか聞いたことがある。

「生臭そうな傘だなぁ」

 と、作業とは関係無い感想を独り言で言いつつ、穴ぼこだらけになった土地を見渡す。


 ちなみに今日は冒険者ギルドには依頼を出していない。十五往復もすれば日光草の引っ越しは完了と言えるレベルになるだろうから、一人でやっちゃおう、と思っている。

「よいしょっと」

 ん、一人で麻袋に入れるのは結構難しいな……。先に袋詰めをやった方が効率良さそう。日光草へのダメージは大きくなるけど、しょうがないか。


 あー、やっぱりもう一人二人雇えばよかったなぁ……。面倒だと思って頼まないと、余計に面倒になったという……これが悪循環ってやつか。でもなぁ、昨日の効率は上級の二人、中級の三人だからこそ可能だったわけで、初級冒険者なら『畑』まで二往復できたか怪しいと思うと、気軽に依頼も出せないなぁ。

「っていうか手に持って、の時点でおかしいのか。馬車とか荷車使えば良かったのか」

 思わず自分にツッコミを入れてしまう。今頃気付くとは……。でも、移植作業としては正しかった……と思うことにしよう。


 夕方前には、建設予定地の日光草は、ほぼ移植が完了できた。その間ずっと雨が降っていたのは辟易したけど、麻袋一つにつき十~三十株を持って行けた。トータルでは一万本行かなかったことになるか。

「ん、短文……来てるな」

 短文はトーマスからだった。

 収容所設計の件は進展があったようだ。街灯の件の話もしたいので夜にでもトーマス宅へ来てくれ、とのことだった。

 珍しい。私がトーマス商店に行くか、トーマスがアーサ宅に来るか、だったのに。


「さて………」

 穴ぼこだらけの土地のままではいけない。さらにいえば、日光草以外の植物はかなり残っている。

「――――――――『火域』」

 無造作に上級範囲魔法を使う。雨が降っているからか、海が近いからか、火の通りはよろしくない。それでも円状に野焼きが進む。

「開墾じゃぁー」

 もはや表土を気に掛ける必要もない。気持ち良く焼き払っていく。

 しかし、それまでに魔法を使いすぎていたこともあって、頭痛が始まった。魔力切れだ。

「ぐ……」

 しかし野焼きは半端な状態。もう少し燃え広がるのを待とう。魔力回復ポーションは飲まず、じっと座って野焼きを眺める。

 雨の中、野焼きを眺めるドワーフ一人……。


「よし」

 鎮火を確認。一応水系魔法で水を出して火をちゃんと消しておく。火元管理責任者とか。

「あれ?」

 元の世界にあったその資格は確か、一日講習を受ければ貰える資格だ。講習を受けた覚えはないけど、資格を取ったことは覚えている。意味記憶ばっかり残っている証拠なのかなぁ。

 昨日はドロシーが自分語りをしたけど、出来る事なら私もしてみたいよ、自分語りを。


「…………戻るか……」

 身体を『洗浄』して、トーマス家へ。『加速』と『風走』の組み合わせは、暴走したホバークラフトみたいなもので、方向転換も相当な先読みが必要になる。

「おっと」

 そろそろ町中に入る、というところで『加速』を解除した。夕焼け通りを東へ。

 アーサ宅を通過して、元私が住んでいた借家、現・トーマス宅に着くと、すっかり夜になっていた。



――――雨はまだ上がっていません。





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