※街灯の試作
ほのかに光る街灯を初めて見たときには、蛍が木にとまっているような、何ともいえずロマンティックな気分になったものだ。
「アンタ、何を見上げてるのよ……」
ロマンティックな気分に浸っていたのに、ドロシーのデリカシーのなさと言ったら。ドロカシーとか名付けてグリテン中に広めてやるぞゴルァ、と一瞬思ったけれど、怜悧な視線で見つめられると、腰砕けで半端に笑いかけることしかできなかった。
「なによ?」
「いやさ、今現在、ポートマットで一番明るいのはトーマス商店の近辺なんだなぁと思ってさ」
ロータリーは看板から光を受けて、オレンジ色(黄色強め)に染まっている。中央にある乙女騎士像も淡く光って格好いい。
「そうね。ちょっと誇らしいわね」
ドロシーは嬉しそうにふふん、と鼻を鳴らした。
「今度は街灯だって言ってたわね?」
「そうそう。店が儲かっていいじゃない?」
「ちょっとした手数料にしては額が大きいのは確かね」
「ん、ドロシーは不満?」
ドロシーの表情は、自分の才覚でお金儲けをしたのではない、だから不満だ、と言っていた。商売人の矜恃が育ってきたのだろう。
「それなら、ドロシーが何か案を出してくれるといいんだけど」
「案? アンタに作ってもらうような?」
「そうそう」
んー、とドロシーは少し考えて、
「昨日、シェミーさんと何かやってたじゃない? あれ、見せてもらったんだけど」
「『海女水着』は量産不可だよ。素材がないもん」
「うん、それは聞いたわ。そうじゃなくて、その―――ゴニョゴニョ」
ドロシーは赤くなって、アイデアとやらを私の耳元で囁いた。それを聞いて、私も少しだけ赤くなった。
「なるほど………………」
さすがは適齢期の女の子、生理用品ときたか。
「原価にもよると思うけど、軌道に乗ればすごい利益になると思うわ?」
「うんうん。手が空いたら考えてみるよ」
「頼むわ。割と切実に……」
苦笑するドロシーには、もう女の色が見え隠れ。ああっ、少女が大人になっていく!
「うん、わかった。私はもう少し街灯を見てる」
アンタも物好きね、と余計な一言を言って、ドロシーは店内に入っていった。
改めて魔導ランプが光る街灯を見上げる。
高さ二メトルの金属(青銅っぽい)の柱に、同じ素材のカバーが直角に取り付けられている(形状は元の世界のアルファベット小文字rに近いか)。カバーの長さは半メトルはない。カバーの下には剥き出しでフックがあって、そこに魔導ランプを引っ掛けるようになっている。最大で四個の魔導ランプを設置できるけども、どの街灯にも三つ以上はかかっていない。コストと手間の問題だと思われる。
と、まあ、簡単に言ってしまえば、これは街灯ではあるけれども、単に魔導ランプを三連や四連にするためのフックとカバーに過ぎない。工夫が見られる点としては、カバーの内面が白色に塗られていた程度か。
取り付けを考えると、フックに引っ掛ける輪っかと一体化した箱というか枠を板折り曲げか鋳物で作って、底面に穴を空けたものを吊り下げればいいか。だけど、鋳物に関してはロール工房に頼むのは、既に他の案件を依頼しているのもあってやらせたくないところ。納期というものは存在しないけれど、そんなにチンタラもやってられない。
それなら鋳造するより板の曲げで作る方が早そうかな。それなら仮にロール工房に追加依頼が行っても処理できそうだし。
「よし」
一人ブレインストーミングの結果、大体の仕様が決定。
アーサ宅に戻りながら、サイズなどを検討する。
「防犯に関してはあんまり考慮できないなぁ……カバーを変形させるか……あ」
気付くとアーサ宅を通り過ぎていたので、引き返す。
帰宅すると、アーサお婆ちゃんとカレンが出迎えてくれた。
「ただいまー」
「そう、おかえり。どうしたの? 考え事?」
「え、ああ、そうですね」
「そう、歩きながら考え事は危ないわ」
「アーサ婆ちゃん、大丈夫さ。この娘なら馬車にぶつかっても、向こうが壊れるさ」
ギシシシシ、とカレンが意地悪く笑う。ので、私もはにかむ。
「そう、もう少しで夕食ができるわ」
「はい。あ、工房いってます」
「また面倒な依頼受けてるんだっけ? 売れっ子魔道具技師は大変さ」
「売れっ子かどうかは別にして、面倒なことをやらされてますね」
力なく笑って、地下工房へ。
「さてと。試作品だけでも作っちゃおう」
曇りガラスを一枚取り出してサイズを確認。先日作った曇りガラス、三十枚キープのうちの一枚だ。五十センチx五十センチの板をしばし眺める。
街灯のカバーは二十センチほどの幅だったので、それよりは小さい幅ということになる。十五センチx四十五センチになるように切り出す。
これで三枚と端材が取れた。
切り出した一枚の端ギリギリに光魔法の『光球』の魔法陣を刻む。そのガラス板の上に、もう一枚、別のガラスを重ねてみる。
「魔法陣に魔力を注入……」
極々微量に。
パァッと工房が光に包まれる。
「明るすぎるかな……?」
いや、でもこんなものか。二枚のガラス板を『結合』して、周囲を銀箔で覆い、銀箔は上から黒塗りして遮光。
ガラス露出面は片側だけ。
「もう一回」
パッと工房が明るくなる。
光がガラス板を巡り、銀箔で反射して一方方向を照らす。曇りガラスなので適度に光が拡散している。
うん、いいんじゃないかな。
サンドイッチされたガラスの中に魔法陣を描いている恰好になるから、『光球』の照度が余すところ無くガラス全面に伝わっている。
あとは吊り下げ用にL字金具でも、と思ったけれど、銀箔が剥がれるのは嫌だなぁ。
やっぱり外装を覆った方がいいか。ぶっちゃけ木材でもいいんだけど、屋外に出すものだし、雨やら湿気を考えるとやはり金属になるか。
ガラス二枚の重量は合わせて大体三・五キログラム。街灯のフックに掛けられていた魔導ランプの重さは一つ二キログラムほど。これは現物(鋳造品だった)を見たので間違いない。フック三つで吊り下げる、と考えると六キログラムが限界重量。
実際には金属カバーの厚みもあるけど概算だからこの際無視するとして。
高さ四百五十x幅百五十x厚み二十、というのが魔導灯本体の大きさだから、これを覆う金属は、仮に厚み一ミリの鉄板で覆うこととして、一キログラム強で収まるか。全体で五キログラム以下になればいいね。
早速鉄板を切り出していく。強度的には一ミリ厚でいいと思うんだけど、ぶっちゃけ銀箔の保護をしたいだけだからどうでもいい。ガラス面には強化魔法を付与するから、仮に落ちても変形するのは外板の方だけ。
内部にぴっちりガラスが入るように調整して折り曲げていく。こんなサイズの万力とか、作るのが面倒なので『成形』で一気に曲げてしまう。金属ケースが出来たら電飾面を切り抜き。四百四十x百四十の板を切り抜く。五ミリ分がガラス面の保持になる。
三つの輪っかを作り、街灯のフックに合う間隔にして『結合』。電灯部分はこれでいいかな。おっと、発光部表面は橙色に塗っておこう。
あとは魔力供給部分を作ればいい。
「お嬢ちゃん、夕飯できたさ」
「あ、はーい」
カレンが呼びに来たので作業を中断してリビングへ向かう。
「アンタ、上の空ね……」
ボケッとしている私にドロシーが指摘する。ああ、この世界にも上の空なんて言葉があるんだ……。
「あ、うん」
「面倒なものを作ってるんだってさ」
「あ、うん」
「そう……ちゃんと食べなさい!」
お婆ちゃんに叱られた。
「はい、すみません」
と謝って、とにかく夕食をかき込む。昨日に続いてシェミーが獲ってきたお魚。何だかんだと食費はそんなに増えていないような気もするけど、実はスパイス類などを含めたら、相当な金額になっているはずだ。もっとも、その辺りは私やカレン、シェミーが密かに補充してたりするから、アーサお婆ちゃんには気付かれてはいまい……フフフ。
しかし、こうもアーサお婆ちゃんの食事が美味しいのに加えてスパイスの魔力も重なると、ますます外で食事しなくなっちゃう。そんなことを話題にしてみると、
「私も気になって、最近では『シモダ屋』のサンドイッチを出前してもらったりしてるわよ?」
というドロシーの発言。
あ、そうか、サンドイッチを大量注文すればいいのか。それはいいことを聞いた。
「明日の土木作業用に注文してみるよ」
「それがいいわ。カーラちゃんが寂しがってるわよ?」
う、それはそれで心が痛む。
夕食が終わり、ハーブティーで余韻を楽しんでいる間もなく、早速、明日の早朝に納入の予定で、二十人前のサンドイッチ(四種類五個ずつ)を手鏡で注文しておく。
『もっと早く言ってくれると嬉しかったんだけど』
「ごめん、急に思い付いてさ」
『わかった~。注文ありがとうございます!』
最後にはカーラから営業スマイルを鏡越しに貰って、複雑な気分になった。
「ね? 寂しがってたでしょ?」
ドロシーがにやついた顔で話し掛けてくる。
「まあ、そうだね……。工房行きます……」
そう言って工房に戻ると、何故か全員が付いてきた。
「狭いわね」
ドロシーが文句を言う。全員が頷く。ドロシーは『道具箱』の容量を広げるべく、また練習を繰り返している。アーサお婆ちゃんもそろそろ何か物を入れてみようか、という段階だ。ン十の手習いは馬鹿にできない。
カレンとシェミーは、『なんか見てると面白いから』と物作り見学らしい。狭いけど、もう勝手にしてもらうことにした。
「え、それが街灯なの? 小さくない?」
「王都でもこんな物はないさ……」
「うん、まあ、これより大きいと重くなっちゃうから」
魔力供給部分を作りながら、私は答えた。
魔導灯部分は街灯に固定、魔力供給部分は竿で取り外して魔力充填された魔核を交換できるように。魔力フルチャージ状態ならおおよそ半日強の魔力を魔法陣に供給して、周辺の浮遊魔力(って呼んでいるけど、要するにその辺の生物から魔力をちょっと拝借してる)を吸収するモードに入る。計算上は四~五日間は放置できる。完全放置して魔力吸収を自動で行って、魔核の交換をしない、という仕様も可能だけど、それをやると(というかバレると)街灯に人が寄りつかなくなってしまう。妙に疲れる街灯だなぁ、なんて噂が立つと困るし! それに、街灯の管理をしている人への配慮もある。格段に手間が省けるのは喜ばしいはずだけど、最終的に職を失ってしまうのでは問題がありそう(実際は、その人的コストも下げようという思惑が商業ギルドにはありそうだけど)。
今まで三個の魔導ランプを毎日引っ掛けているところに、この魔導灯は魔核二個で稼働、その稼働時間も五倍近い。落としどころとしてはこの辺りじゃないか、とドロシーに説明しておく。
「ふうん、なるほどね」
「で、これ、ドロシーの『道具箱』に入る?」
二つに分かれた魔導灯を手渡す。
「やってみるわ」
「お………」
全員がドロシーに注目する。にゅにゅ、と魔導灯がドロシーに吸い込まれていく。
「おお~」
「ふう……」
魔力供給部も続けてドロシーに吸い込まれる。
「おお~」
ドロシーが(魔術師的に)成長した!
「そうね、私も早く覚えたいわ」
「もう少しだわ。アーサ婆ちゃんも、もうすぐ魔術師の仲間入りだわ」
シェミーが嬉しそうに言う。『道具箱』を覚えたくらいで魔術師とは言えないと思うけど、普通の人から見たら十分過ぎるほどに異能だし、奇跡的なんだろう。
「そう、そうかしら!」
アーサお婆ちゃん大興奮。ああ、『殻』が乱れてますよ……。
「というわけでドロシー、明日、今の魔導灯試作品を、トーマスさんに渡してほしいんだ。簡単な説明書はコレね」
教会印の紙に書いた取扱説明書。仕様と共に、問題点(防犯対策が不備であること、雨露対策を考えて、取り付けの際に街灯側のカバーを変形させた方がいいこと、管理人の仕事への配慮を行った結果であって能力向上の余地を残していること)も記入してある。また、鉄板と銀も融通してほしい、と書いておいた。半分連絡みたいなものね。
「わかったわ」
ドロシーは商売人の顔になって頷いた。
「そうね、明日は早いの?」
「あ、はい、土木作業に行きます」
それじゃあ、早く寝なくちゃね、ということになり、作業も打ち切り。
―――土木というより造園かな……?