※遠回しな領主からの依頼
アーサ宅の夕食にトーマスが来る時は、ほぼ商談、と相場が決まっている。
シェミーが獲ってきた魚は、ムニエルやら塩焼きやら煮込みやら刺身やらになって食卓を飾っていた。お魚をモリモリ食べながら、私はトーマスの話を聞いている。
「店の改装は評判でな。騎士団経由で―――実質領主―――から、複数の大口案件が入っている」
「はい、はぁ」
魚をほじるのに夢中で生返事。
「一つは、ちょっと変わっているんだが、刑務所というか収容所だな」
「へぇ……?」
「その建設予定地がなぁ……日光草の群生地なんだ」
「えっ、日光草ですか?」
思考が正常に戻った私は聞き返す。
「うむ。夕焼け通りから門を出て、まっすぐ西に向かうと左手に群生地があるだろう? あの辺りなんだ。あの辺りから採取できなくなると影響は大きいだろう?」
「大きいですねぇ」
「そこで、だ。工場の隣の土地も確保してあるんだが―――そこに移植をしてみないか?」
「いいですねぇ」
即答する。元々の工場予定地にも、日光草の群生地があったんだけど、それはブリジットとの模擬戦でメチャメチャになってしまっている。ついでに騎士団が演習場にしているだろうから、もう保全は望めない。
「うむ。領主のノーマンが文句を言っているそうだが、息子のアイザイアは将来的に日光草を規制するつもりらしい。そうなると体力回復ポーションの原価も上がってしまうよな。その対策の一つでもある、農場での栽培に近いことは出来るんじゃないかと思ってな」
「元々野生種ですからねぇ。群生地を管理できれば、それが一番いいんですけど」
「そうだな。そこで、だ。まずは日光草群生地から、可能な限りの日光草を工場の隣の土地に移植する作業。冒険者ギルドに言って、人を使っても構わん。その処理をした上で収容所建設予定地の整地、及び建設。これはギルバート組にも内々に話を通してある」
ギルバート組が手伝ってくれるなら、こっちは外壁や内壁、セキリュティ機構に集中できるからいいな。
「複数、ということは他にも?」
「うむ。一つは収容所に関連して、魔力を持った囚人への対応魔道具の製作は可能か? という打診だな」
魔力を限界まで吸い取ればいいよね。うん、それは簡単だ。たとえそれが魔力量の鍛錬に繋がったとしても一時的な話だし、その増えた分だけ吸い取ればいい。道徳面の教育も同時に行うことが前提にはなるだろうけどさ。
「可能です。いくつ必要でしょうか?」
「五十個の受注をした」
打診じゃないじゃん! もう受けてるじゃん!
「その収容所って、収容予定はどのくらいなんですか?」
「百名ほどだ。関連作業を行う畑やらも含むから、土地そのものはかなり広く確保してある。現地を見てきたが、ヘベレケ山にかなり近いところまでだな」
うーん、広さは、元の世界で東京ドーム何個分、とか言われないとピンと来ないんだよなぁ。魔道具の注文数も、百個じゃない辺りがセコイというか、妙に節制が透けて見えてリアルだ……。
「収容所で栽培する作物は、事前に何か植えられるものが用意できるといいですね」
「わかった、それは用意しよう。最後の案件は、街灯だ」
「ああ~」
なるほど、あの曇りガラスを使った『魔導灯』の発展として、街灯は思い付きやすいものね。
「現在の街灯は錬金術師ギルドがやってたんでしたっけ?」
「いや、以前はそうだったが、利権は奪ったぞ? ポーション戦争の時に商業ギルドが買い取った形だな」
そんな話を聞いたことがあったような。
トーマス商店じゃなくて、公的な商業ギルドに話を持っていく辺りが狡い。今回の話だって、商業ギルドを『一応』噛ませてはいるけど、受注先は結局トーマス商店だし。というかトーマス商店の商品ありきの案件だから当然なんだけど。
「今は魔導ランプそのものを交換する形でしたっけ?」
「そうだ。五十個も毎日交換してるんだが……手間でなぁ」
「とりあえず五十セットでいいんですね。元にある街灯を利用できる形でいいですか?」
「ああ、そうしてくれ」
ガラスは別取りしていた三十枚を三分割して使えばいいかな。他は―――。
「首輪用の素材―――鉄がいいかな―――は優先して回してもらえますか?」
「もちろんだ。ロックには言ってある。鋳物だな? ロールの方に話を通しておけばいいか?」
「はい、ロールさんでお願いします。木型を作っていきます。あと、麻袋、大きいものを百枚ほど。移植に使います」
「わかった。麻袋は揃い次第連絡しよう。収容所の設計は、ギルバートの方から上がり次第、こちらも連絡する」
「了解しました」
しかしこりゃまた大型案件ばっかりだなぁ。領主の方はお金は大丈夫なんだろうか。ま、私が心配することじゃないか。オピウムで儲かってたのなら遠慮はいらないけどさ。
「では儂は家に戻る。また明日だ」
「はい、おやすみなさい」
と、トーマスを見送り、気付くと、魚はもう全て食べられていて、お片付けに入っていた。
「ぎょぎょぎょ……」
誰にもわからない感嘆を飛ばすと、シェミーがフッと不敵な笑みを見せた。
「また獲ってくるわ」
「そうね、美味しかったわ」
「トーマスさんと話に夢中になってる方が悪いわね」
「美味しく頂いたさ」
「ううっ」
次回はサバの味噌煮を作ろう。そう心に決めて、工房へ降りていく。
今の時点で出来ることはやってしまおう。
木片を出して首輪の型を削り出す。うん、もう首輪って決めてる。記号としてわかりやすく、破壊が一番難しい位置にある。魔法陣の仕様はすでに決定済み。鋳造品の現物が完成すれば、作業は終わった様なものだ。
五センチほどの高さの円筒(中空)を半分に割って半月状にして、噛み合うように凹凸をつける。同じ形の物が逆方向に二つ組み合わさって一つの首輪を形成する。
「形はこんなものかなぁ」
「おーい、嬢ちゃん」
木型が完成すると、シェミーがやってきた。
「ああ、はい、どうしましたか?」
「うん、実はさ……コレの件で話があるんだわ」
ウェットスーツ……いやラバースーツか。間違ってもこれを『水着』という名称にしたくない。これは拘りだ。……まあ、海女スーツを手に、シェミーが訴えを始めた。
「実はさ、こう、胸の方から水が入ってくるんだわ」
「ああ、やっぱり?」
元の世界のスクール水着も、下腹部に水を通すように、布地が割れているものがある。どこぞの好事家のためだろう、だなんて思っていたけれど、思い切り実用的な構造だった。
シェミーから『海女スーツ』(多分名称はコレになりそう)を受け取ると、一度下半身と上半身をカット。
上半身部分に少し素材を足して延長して、下腹部に水を通すようにして『結合』すればいいのだけど、下半身部分を見ていてちょっと気になった。よーく見ると、少しだけ汚れていたのだ。
小さい方はいいとして、大きい方は脱がないと便ができない……。でもこれは一人じゃ脱げない。それに、素材の感触がデリケートゾーンに触れ続けるのは避けたい。
伸縮性のある布地、メリヤス編みの生地があればいいんだけど、生憎この世界には存在しない。あれは手編みで再現しない方がいいし、機械編みの方向には進ませたくない、という『使徒』の思惑も感じるので、代用品がないか、と『道具箱』を漁る。
亜麻布があるか。感触は綿の方が優しいと思うけど、水に濡れた時は亜麻布の方がよさそうだ。でも……ファンタジー色溢れるこの世界で、デリケートゾーンの感触を気にしている不便さっていうのは何なんだろうね……。
「それは何をしてるんだい?」
亜麻布にアイロンを当て始めた私を訝しげに見るシェミーが、恐る恐る、という感じに訊いてきた。
「着た感触を良くしようと思いまして……。上手くすれば一人で着られるようになるかも」
「え、ホントに?」
パアア、とシェミーの表情が明るくなった。
股間部分と乳首の当たる場所には綿布でもう一枚内補強して……裏地は全面亜麻布に。肩ストラップはどうしよう。着てもらってから考えようか。分割していた上半身と下半身を合体。
海女スーツバージョン2が完成した!
「着てみて下さい」
「お、おう……」
興奮を抑えつつも着衣を促す。おお、着衣がこんなにも興奮するものだったとは!
下半身のスパッツ状になった部分に足を通して、下腹部のパンツ部分を履く。
うん、見た目にはスムーズ。
「これ、切れてる?」
「いえ、そのままでいいんです。切ってあるんです」
下腹部の水通り口が気になるらしい。意を決したかのように上半身も着込んだ。予め緩くホックを止めておいて、着込んだ後に三箇所くらいを止める。よし、一人で着られるね。ということは脱げるね。
「お……悪くない……」
「肩の部分は、敢えて裏地を貼り付けてません。滑り止めになるかなと思って。また水に入って感想聞かせて下さい」
「すごいわー。うん、ありがとう、入ってみるわ」
ルンルン、とピチピチゴムスーツを装備したシェミーは、私が止める間もなく上の部屋へ走り去ってしまった。
ドロシーが真っ赤な顔で飛んできたのはそれから一分後だった。
水着や公序良俗に関する感性が違うのはわかっていたとはいえ、理不尽に怒られたので、その晩は不貞寝をすることにした。
―――くそぅ、いつかドロシーにも水着着せてやる……。