嵐の演習場
「よお、お嬢ちゃん待ってたさ」
演習場で準備運動をしていたのはカレンだった。フルフェイスのプレートメイルにタワーシールド。手にしている武器は短槍だ。
「ども」
新しい武器を試したい反面で、さっさと鍛冶場に行きたい自分がいる。いや待てよ。目の前の冒険者は、素直に私のやりたいことをやらせてくれるタマか? フェイがこの戦いをやらせる意味を考える。どうやったら、この防御の塊を最短で屠れるか。冷静に計算をしなければならないんじゃないか?
「私の方は準備いいさ。お嬢ちゃんの方は?」
「えーと――――」
防具はしょうがない。無いものはない。武器は―――黒鋼のメイスを出す。
「……なんだ、その武器は……」
面倒臭いので説明しない。
「いつでもどうぞ」
冷たい目で私はフェイを射抜いた。
「お嬢ちゃん、やる気になってるのはいいんだけどさ…………。まあいいか」
カレンの気の質が変わった。典型的な『拳で語る』タイプなのかな。
「……うむ」
事前に演習場は人払いがされている。ここにいるのは私とカレン、フェイだけだ。
「……始め」
フェイのかけ声。
「―――『風走』『筋力強化』『攻撃力向上』」
「―――『加速』『筋力強化』『守備力向上』」
これだけガチガチに固めておいて、自己付与魔法でさらに防御力を上げるのか。
「フッ!」
まずはその自慢の盾に当ててみるか。
蹴り足が地面にめり込んだ感触の後、真っ直ぐ進んでみる。
「フンッ!」
フェイントなしに突っ込み、メイスをタワーシールドに突き刺すつもりで………。
ガンッ!!
「ぬっ!」
さすがに耐えるか。上級冒険者、やるな。
カレンの姿勢はそのまま、地面にはズズ、とスパイクの跡がつく。
メイスを回転させて、今度は石突きで盾を殴る。
さらに回転させて菱形、また石突き。
ここまで来たら攻めきってしまおう。
もう一突き。
「!」
カレンにフェイントで攻撃を入れられる。実際には攻撃などしてないけれど、肩がピクっと動いて、こちらも対応を迫られる。小賢しい。だけど有効だ。
「ふぬっ!」
カレンは盾を前面に立てて距離を詰め、槍が―――。
「フンっ」
ギンッ
槍が盾の下の方から出てきた。これは想定外。メイスを振って、短槍を落とそうと画策。絡め取る動きをする。カレンは槍を引きながら盾を前に押し出す。
盾が邪魔をして槍を落とせず。瞬時に距離を取る。
「―――『泥沼』」
しかし、自分が持っている黒鋼のメイスに影響されて、目的の位置ではない場所に泥沼が発動された。心の中で舌打ちをする。
カレンの盾は、間合いをさらに詰めてくる。
こちらの魔法が失敗したことを悟ったのだ。
「――――『風切り』」
もの凄く硬くなる付与魔法が追加されているタワーシールド。この黒鋼のメイスでも五十回くらい殴らないと変形しないかも。魔法防御も………って!
キンキキキキン!
風切り(たくさん)が跳ね返ってきた!
しかし慌てずにメイスでさらに打ち返す。
カレンは盾でさらにさらに打ち返す。
埒が明かないので風切りを適当に盾が当たる範囲の外に跳ね返す。
「―――『拘束』」
キン!
何と、拘束の魔法も跳ね返ってきた! でも、これは想定の範囲内。タワーシールドの下の方に向けて、『拘束』を打ち返す。
「んっ?」
カレンはそれを弾くかどうか迷う。その間が欲しかった。
「―――――『風切りりりりりりりり』」
掌で仰ぐように、細かい風切りをカレンの右手側に集中して送る。時々大きめの風刃を混ぜる。うん、思った通り、跳ね返ってこなくなってる。
「―――『泥沼まままままま』」
風切りで手一杯のところに広範囲『泥沼』を打ち込む。
「ぬっ」
カレンの周囲五メトルの地面がグズグズのドロドロになる。
カレンは踏ん張ったが、バランスが崩れた。
「――――――――――『水姫』」
「えっ――――――――ぇっ?」
カレンの驚いた声。
水分で形成された人魚姫―――水姫が、滑るように、カレンを、盾ごと、演習場の壁に向かって押し出していく。
カレンの声はドップラー効果付きで後に吹き飛ばされていく。
「……そこまで!」
フェイの声がした。
水姫解除。だけども、水圧は止まらず、カレンを壁にめり込ませる。
「………………」
やばい、やり過ぎたかな。カレンが白目を剥いてる。
「―――――――『治癒』」
とりあえず治しておこう。まだ死んではいないはずだ!
「ん………ああっ?」
気が付いたカレンは咄嗟に盾を構える。
「……もういい、終わりだ」
フェイが静かに言うと、カレンは盾を降ろした。
「参ったさ……」
カレンは項垂れて降参を表明する。
うーん、多少のイライラを盾にぶつけてみたのだけど。
見れば、タワーシールドの表面がザクザクに切れていた。ついでにボコボコになっている。
「……カレンは事前に『魔法反射』を盾に付与していた。……途中で付与の効果が切れていたな?」
「まだ効果持続時間中のはずだったのにさ……」
ほうほう、黒鋼が魔法を弾く、というのは、こういう時にも役立つのか。カレンだからあんなに保った、ということで、並の盾使いなら二撃目か三撃目には盾を破壊出来ていたかな。
「うーん。カレンさんはブリジットさんと模擬戦とかをやったことは?」
「ああ! そのメイスは黒鋼なのか。納得したさ……。それにしても……」
カレンは途中で言葉を止めて、私をチラっと見てから、サッと視線を逸らした。
「……反射を使うように指示したのは私だ。……途中までは拮抗していたのだが……。……最初の攻撃で付与魔法が取れかけていたのか。……うーむ、恐ろしい武器だな、それは……」
さすが黒鋼、何ともないぜ……。
「いえ、何も考えてませんでしたよ。依頼されてる品を作りたいのに邪魔ばっかりしてとか。反射が姑息で卑怯だとは言いませんけど面倒臭いなとか。盾と魔法盾でグングン接近されてた方が嫌だったとか。接近されたらされたで今度は本気で盾壊してやるとか。いい加減腹が立ってきたとか。そんなこと考えてません」
「……うむ……。……すまなかった。……戦いを強要したのは私だ。……責めは受けよう」
「それはいいんですが。地面くらいは直しますけど、演習場の修繕費はギルド持ちでお願いします。あと、カレンさんの盾も」
「……わかった」
「じゃあ、ちょっとそこ、どいてください。地面固めますから」
二人が離れてから『固化』を使う。沼になっていた地面に固さが戻る。
「なあ、お嬢ちゃん」
カレンが後から声を掛けてくる。
「アタシはさ、お嬢ちゃんが防具も着けないで余裕こいてたように見えたからさ。ちょっと痛い目を見てもらおうと思ったのさ。だから本気だったのさ。お嬢ちゃんの方は、あれで手抜きしてたのかい?」
カレンが真面目な顔で訊いてくる。この答えは彼女の矜恃に関わる。真摯に答えるべきだ。
「うーん。手抜きというのとは違うんですけど。支部長が言うように、この武器で戦うのは初めてで、色々わかったこともありますけど、基本的に不慣れですから」
魔術師として盾のスキル構成の人と接近戦で戦ったのは初めてだ。反射をあのように使われたら、こちらの応用力が試される事態になる。正直、武器が黒鋼じゃなければ。メイスじゃなくて諸刃剣だったら。反射された魔法への対処は、ああもスムーズにはいかなかっただろう。
それに、この武器を持っての魔法使用はあまり効率が良くない。多少減衰している感覚がある。以前にブリジットが言っていたように、黒鋼の武器を保持しての魔法使用は、魔法的にはマイナスなのだろう。
「そうか……。でも……魔術師にあんなに殴られたのは初めてかも……」
んー? 顔が紅潮して目が潤んでいるような……。まさかとは思うけど、そういう性癖の人だとか……? だから盾職のスキル構成になっちゃったとか? この大柄で豪放で粗野な印象のある、この人が?
「…………」
フェイが顔を逸らした。俺は知らない、って顔してる。
いや。責任はあんたが取れ。
ガシッとフェイの肩を掴み、ギリギリと力を込めて地面に座らせた。
「じゃ、鍛冶場いきますので」
「…………!」
フェイが背後で何か叫んでいたようだけど。
――――聞こえなーい。