※採取名人の観察
太陽が昇る時間が少しずつ遅くなってきた。
朝晩は肌寒い時も増えてきた。
「夏らしいことができなかったなぁ……」
そんなことを呟きながら、ヘベレケ山の麓を、町に向かって歩いている。
今朝は日光草の採取だ。日光草は秋になると可憐な白い花を咲かせる。その花が咲き始めていたので、もう秋に近いのだろう。
体力回復ポーションの材料として使う部位は葉っぱ。だけど、綺麗なモノを見るのは悪いことじゃない。目の保養というものだ。
綺麗なモノ、と言えばフレデリカ。あの納品の日から一週間くらい後に、遠征から戻ってきたらしく、憔悴した表情で私の借家を訪ねてきた。
即席に作った魚の煮付け(もちろん醤油味)とハンバーグ(もちろん和風ソース)を号泣しながらドカ食いした際に聞いたのだけど、遠征の成果はあまり芳しいものではなかったようだ。
当面の被害は出ていないから、という点と、それ以上西に行くと他の町―――ノックス領地、西の港町ブリスト―――の管轄に入ってしまい、探索は中断したままなのだという。騎士団の本音を言えば面倒なのだろう。被害が出てからでは遅い、とは思うけど、ポートマット騎士団は、それほど練度とモチベーションの高い連中ではない。装備はそれなりに立派だけどね……。
「ん?」
日光草は、麓の西側の群生地が陽当たりも良い地形で生育も良い。その場所は私の秘密スポットではあるし、身が軽くないと入りにくい場所ではあるので上級者向きだ。つまりは既に採取の帰り道なんだけど―――町に近いところにも、群生地はある。そこに数人の冒険者が採取をしていたのを見つけた。
正確には見つけたのは採取跡なんだけど、素人同然の、資源を大切にしない採取跡だったので気になった。
「うーん」
これは一言言うべきか。
遠目に見える冒険者を『鑑定』してみる。
「んー。『シーホース』の連中か」
ポートマットの冒険者ギルドに登録している人間には二種類いる。一つは単体で登録している者。もう一つは、『チーム』として集団登録している者たちがいる。『チーム』は身内的な性格を持つ集まりだ。互助組織としての冒険者ギルドだけではフォローできない新人や、パーティーを組みにくいスキル構成の人などは、チームに所属する意味があるだろう。
と、まあ、『シーホース』は数あるポートマット冒険者ギルドのチームの中でも最大手で、上は上級冒険者が三人だっけか。末端は把握してないけれど三十人ほどが所属していると記憶している。
「うーん」
もう一度唸りながら、詳しく連中を見る。
採取スキルのレベルが低いなぁ。駆け出しにもほどがあるなぁ。
監督したり、レクチャーする人間がいない。放任にもほどがある。
連中の目には光が無く、言われたままのノルマをこなそうと必死になっている様子が見える。あーあー、全部葉っぱ取っちゃ駄目だろうに……。
「んー?」
と、一人だけ、違う行動をしているメンバーがいるのに気が付く。葉っぱじゃない……落ちた種を採取してるのか。
「――『鑑定』」
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【ジャック・ニコラウス】
性別:男
年齢:28
種族:ヒューマン
所属:シーホース(ポートマット冒険者ギルド)
賞罰:なし
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あれ、こいつは……。
以前、ドロシーが言っていた、危ない男じゃなかろうか。ジェイソンの義理の息子の。
ふーん、やっぱり種を集めているのか……。
ん、ちょっとスキルも見てみるか。
「――『人物解析』」
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【ジャック・ニコラウス】
性別:男
年齢:28
種族:ヒューマン
所属:シーホース(ポートマット冒険者ギルド)
賞罰:なし
スキル:強打LV2(汎用) 短剣LV1
生産系スキル:錬成LV2(+レシピ)
生活系スキル:採取LV3 解体LV3 点火 ヒューマン語LV2
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錬成LV2は、トーマスほどじゃないけど、初球ポーション錬成くらいなら可能な腕前だ。ということは、この件にはトーマスが関わっている可能性は低いか。自前で出来るなら秘密を無駄に広げるリスクは背負わないはずだし。となると、冒険者ギルドではなく、シーホース、もしくは個人でやってる可能性の方が高いか。
しゃがんで、一つ、種を拾う。クローブみたいにTの字の形をしている。ちょっと変わった形の種だ。
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【日光草の種】
微弱な鎮静効果がある。精製によって薬効を高めることが可能。
食用可能。
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ふうん……。この種を、ねぇ……。
おっと、そろそろ行くか。厄介事の臭いがするしね!
見ていた事を気取られないように、静かに街道に戻ることにする。
しかしなぁ……。何かやばそうな雰囲気なんだよなぁ……。
ジャックが怪しいことをしているとして。
放置するとどんな影響があるのか。
うーん、まだ情報が足りないか。別に私は悪事を暴きたいわけじゃないし。
それどころか、私本人が犯罪者だし?
今日のところはスルーしておこう。うん、それがいい。触らぬ神になんとやら、だね!
町に戻り、冒険者ギルドに寄って、ギルド依頼の精算を行う。
私は依頼達成の殆どが、実は採取関係だったりする。
「あら、おかえりなさい」
受付カウンターで笑みを浮かべる中年女性。母親然としたその風貌は、冒険者たちのマザコン魂を激しく刺激するらしい。人気ナンバーワン受付嬢(?)だ。
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【ベッキー・ミドルトン(レベッカ・ミドルトン)】
性別:女
年齢:43
種族:ヒューマン
所属:ポートマット冒険者ギルド
賞罰:なし
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ベッキーは年齢相応のふくよかな体型なんだけど、ファン(トーマスもお熱だったりする)に言わせると、そこがいいのだそうで、男性の趣味というものは奥が深いと痛感させられる。んー、私はあんまりグッと来ないというか……。守備範囲外なんだろう、と納得しておこう。
ちなみに、ベッキー、というのは短縮名らしい。この文化は元の世界にもあったけど、この世界にも同様にあるみたい。どういう短縮なのか問い詰めたいところではあるけどさ。
「日光草の葉が三十束、ダミの葉が二十束、イラの葉が十束、ヨモの葉が十束、クズの根が十本、カッコの実が五袋、ジスの花が五袋……と。受け付けました。お疲れ様です。いつもより多いわね?」
「はい。ありがとうございます。ああ、大口注文の余波ですね」
代金を貰う。これらの依頼達成褒賞金は、冒険者としてはそれなりの金額だけど、私にとっては高額とは言えない。
では何故、ギルド依頼をこなしているのかというと、本業のダミーの意味合いが強い。最低でも借家を維持していると思わせるだけの金額を稼いでいた方がいい。あとは趣味の山歩きというか。心の洗濯というか。まあ、何かをやっていないと自堕落になってしまうから、ということもある。
達成件数は一回で十人分に匹敵するので、程なく中級に上がってしまったけど、これも希なケースなんだとか。
目立たないつもりで目立ってしまっている、異世界との認識の齟齬が生んだ結果と言えなくもない。ゲーム的に言えば、スライム狩りだけで中ボスを倒すまで育ってしまったような感じか。それってあんまり育ってはいないか、な……。
精算が終わったので、ベッキーや他の受付の人に挨拶をして、その足でトーマス商店へ向かう。ベッキー以外の受付の人は、あんまり名前とか覚えられないなぁ。
裏口をノックしてから扉を開ける。施錠はされていない。ちょっと不用心かも。
「こんにちはー。納品にきました」
「おう。いつもありがとうな」
裏口から入ると、すぐに工房だ。トーマスはそこにいた。鍋を火にかけながら、木べらでグルグルと中身を掻き混ぜている。
私は採取品を『道具箱』から取り出して、トーマスに手渡す。ギルド精算の倍近くの量だ。
「これもギルドに納品したら、誰も採取をやる人間がいなくなっちゃいますし」
ギルド精算の採取品も、その殆どがトーマス商店に流れていく。ところが私以外の採取品は、品質が低く、不安定だったりするので、初級以下のポーションしか作れない時があるのだ。だからと言って採取の全てを私がフォローできるわけではない。折衷案として、私の直接納品を混ぜる、ということをしている。
トーマス曰く、私が不在時のために、ストックはもの凄く過剰に持っているのだとか。まあ、毎日千本単位で体力回復ポーションが売れている店は、グリテンでも他にないと思う。
「ところでトーマスさん。鎮静剤って一般に普及してるものなんですか?」
トーマスの後から声を掛ける。
「ん? なんだ、突然? 鎮静剤? うーん、戦場でもそんなに使うものではないぞ?」
そう、痛み止めとしての鎮静剤は、万能薬としてニーズがあるはずだ。だけども、この世界ではレシピはおろか、原材料採取も聞いた事がないのは不思議だった。
「あるにはあるんですよね?」
「うむ。作れなくはないが。『レシピ』が無いから、この場では作れんぞ?」
この世界の化学的な行為、つまり錬金術っぽいスキルである『錬成』には、『レシピ』なる材料明細が必要になる。モノによってはポンと出来るモノもあれば、ジワジワ加熱したりの作業が必要なモノもある。
ポーション類は後者の代表的なアイテムで、持続的な魔力供給を、生成された魔法陣に対して行わなければならない。この時の魔力供給量と時間の配分のムラによって、等級が発生してしまうわけだ。
「わざわざそんなことさせるより、体力回復ポーション飲ませときゃいいだろ? それとも興奮したやつをどうにかしようって話か? 殴って黙らせりゃいいじゃないか?」
それもそうだなぁ、と思わず納得してしまう。
ちなみに所持レシピは『鑑定』系スキルで他人が見ることはできない。また、レシピのコピーは不可能だったりする。実際にレシピを眺めないと覚えられないという。便利なんだか不便なんだかわからない。
「で、何でそんな話になるんだ?」
トーマスは気になったのか、再度訊いてきた。
「体力回復ポーションって、服用すると、ちょっぴり鎮静効果があるじゃないですか。その薬効だけ高めたモノがあるのかなぁと」
「ふむ? さっきも言ったが、あるにはある。しかし用途がわからんな」
いえ、用途はあると思いますよ。終末医療用か、麻薬として。
ヒューマンの平均寿命が長くなったら、いずれ医療用として使われるのかもしれないけど。
「そうですよねぇ……」
私は肩を竦めて、話を打ち切ることにする。
「まあ、何か調べてるんだろ? まとまったら教えてくれ」
「はい」
トーマスには隠し事は難しいな。というか、必要な事だけ訊く、という会話術は難しいのだと実感してしまう。暗殺者にはなれても、スパイになるのは私には無理そうだ。
「あれ、アンタ来てたの?」
カウンターの方から、ドロシーが顔を出す。手を振ってドロシーに応える。
「うん、もう帰るよ。またね。じゃ、トーマスさん、今日は帰ります」
「おう」
トーマスにも挨拶をして、裏口から店を出た。別に泊まっていってもいいのだけど、漏れなく明日の朝ラッシュ終了までドロシーに付き合わされる事が確定してしまう。別に昼からでも採取活動は可能だけど、借家に住んでまで生活を切り分けよう、と努力しているのが無駄になってしまいそうで怖い。
「ふー」
夜は少し寒くなった。
ポートマットは、いやグリテン島は、海流のせいなのか、晴天の日よりも雨や曇天の日の方が多い。今日も星空の見えない夜だ。
あ、星空といえば、知っている星座が一つも発見できなかったんだっけ。ということは、ここが謎の第十番惑星だというム○的な仮説は否定されたと思っていいんだろうか。
薄暗い『街灯』に照らされながら、夕焼け通りを西へ向かう。
口ずさむ歌は、ゴッド○グマのエンディングテーマだ。
―――……あれ? 冥王星が九番目でカウントされてたのか……。