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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮を掌握する勇者狩り少女は巨人を操る土木作業魔術師兼魔道具製作者兼鍛冶師でガラス職人かつ道具屋従業員で、その正体は変な名前の、見かけより体重の重いドワーフである
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屋根の上の付与魔術師


「それで、こっちの板を、ここに引っ掛けます」

 漁師の人たちは、夕方からの漁に備えて集まってきていた。そこにモーゼズが声を掛けて、数人が冷蔵生け簀(仮称)を見学に来ていた。

 六本の冷却管に引っ掛けるように、魔法陣が描かれたL字型の金具を装着する。

「―――」

 魔力を送り続けると、水が溢れ出す。

「ここで『冷蔵機』に送る魔力を強めますと――――」

「おお……」

 ポコ、ポコ、と歪な形の氷がL字板(というよりは底辺のない三角柱)から落ちてくる。

「手入れ方法などは、こちらの紙に書いてあります。しばらく使ってみてください」

 なるべく緑青がつかないように、というメンテナンス方法を書いてはあるけれど、往々にして厳しい環境で手荒く扱われるだろうから、無償修理一年(某タイマー付き)ということにしておいた。一年後、私がここにいるとは限らないけどな!

 ま、この冷蔵機は構造も簡単だし、魔法陣部分を小さく銅板に『転写』して刻むことが私以外には無理ってだけで、銅管部分の修理は現状の鍛冶技術で可能な範囲だと思う。


「アンタほんとに凄いな……。この製氷板? は別料金だよな?」

「いいえ、これは先日のザブトンカレイのお礼のようなものです。気にしないで下さい」

「すげえな……」

 ガッシ、と両肩をモーゼズに掴まれる。

 そそそそ、そっちの気も、あっちの気もないんですが!

「いやまあ、その、離してください……」

 やべえ、そっと目を伏せてしまった。微妙におkwwwじゃないか、これじゃ!


「あ……わりぃ……」

 何顔赤らめてるんだ、この筋肉男は! まあいい。男は筋肉だ。今晩はドロシーと、その話題で盛り上がることにしよう。


「ああ、それとですね。生け簀にして使った時に、お魚の生存率とかが改善されない場合、ちょっと案もあるので、一言言ってください。漁協の力になりますよ?」

「天使だ!」

「嫁に欲しい!」

「いや俺の娘に!」

「やめろやめろ、困ってるだろ!」

 モーゼズが掴んだ手を離して、皆を制する。というかお前から自重しろよみたいな。


「美味しいお魚を沢山、町のみんなに届けて下さい。後ほど商業ギルドの人間が来ると思いますので、代金などはそちらにお願いします」

 何だろう、恥ずかしくて去りたいのに、モーゼズの臭いを嗅いでいたい。

 ハッ。

 これが臭いフェチってやつなのかな!



 新たな嗜好に目覚めた感はあるけど、無事に冷蔵機を設置できた。

 意気揚々と達成感に浸りたいところだったけど、新たな性癖を意識したくなくて、慌てるようにトーマス商店に戻った。


「おお? もう終わったのか? 嘘だろう?」

 工房でポーションを錬成していたトーマスが驚きの声を上げる。

「終わりました。商業ギルドの方で代金を回収して終了です。保証期間は一年、って言ってきました。その間は無料で修繕します。それ以降は金を払って頂くということで」

「ああ、わかった」

「あれ、アンタ戻ったの? ……………? 何かあった?」

 何だドロシー、探偵か魔法使いか嫉妬深い奥さんか家政婦か!

「ううん、うーん、夜の話題、かな……」

「何よそれ……。まあいいわ。夜になったら聞くわ」

 今まで見たこともない、妖艶な笑みを見せて、ドロシーはカウンターへ戻っていった。


「それでな、船への設置はどうだった?」

「一部に特殊な素材と、小型魔法陣を使いました。全く同じ仕様の再現は不可能じゃないですけど、ちょっと難易度は高いかと。一応、これ、仕様書です」

「なにっ」

「そんなに難しい技術は使っていませんので。冷却液が危険物なくらい、ですかね」

 紙が利用できるようになって、こういう書類を書くのは楽になった。羊皮紙はどうも慣れなくて気軽に使えないのだ。

「ふむ………。お前じゃなくても作れるように、ということか」

「そうです。並の錬金術師と鍛冶屋なら作れると思います。要するにこれは技術を組み合わせる発想でしかありませんので」

「ふむ」


 トーマスは少し考えてから、

「この仕様書を儂に預ける、お前にとっての利点とは何だ? 一方的に商業ギルドが得をしているように見えるのだが?」

 と、私に疑問を投げてくる。今のところ、私がお金を目的にしているのではないことをトーマスが知っているからこその疑問だろう。

「美味しいものが新鮮なうちに食べられたら、と思っただけなんですけど。もっと多くの食料備蓄が可能になれば、皆が幸せになるんじゃないかと」

 私自身、それについての答えらしい答えは持ってはいないのだけど、冷蔵に関しては、何故だか義務感のようなものがある。それは言葉にはできなくて、代わりに、今のように答えを返しておく。

「ふむ……天啓のようなものか」


 トーマスは『神託』という言葉は使わずに、そう言って、納得した様子を見せた。この件で突っ込んだ話をしても、答えが出ないことを悟ったのだろう。


「仕様を公開するにあたって、最低限の技術使用料は頂きますけどね」

「うむ、それについては最大限考慮しよう。では、冷蔵施設については商業ギルドが独占、でいいんだな?」

「はい。お任せします。全部を一人ではできませんので」

 そう言って、カウンターの方を見る。夕方前で、パートタイムのエミーはもう教会の方へ戻っているのか、姿は見えない。


「壁面の作業の方は進んでいるようだ。明日の夕方から、正面部分の改装をやるそうだ。一気に壊して一気に組み立てるとかで、今は材木の搬入中だ」

「さすがに早いですね」

 さすがはトーマスが重宝している大工だ。仕事が早くて正確。

「それで、もう出来ている部分については、お前の作業を始めてくれ、とのことだ」

「わかりました。屋根はまだ太陽が出ているうちに、ある程度やっておきます」



 足場を使ってゆっくりと屋根に登る。

「んー」

 夕焼け通りに面している南側は明日大がかりな作業をするらしいから、北側の瓦から強化していくことにする。


 魔法防御と耐火と耐衝撃をセットで。普通、この大きさの瓦一枚に乗り切る魔法陣の大きさではない。

 しかーし!

 今の私には『縮小転写』が可能だ。三種類の強化魔法を付与。付与魔法は、もの凄く悪い言い方をしてしまうと、『()()()』に近い気がしている。魔力を帯びていない物質に、無理矢理に魔力をまとわせる。

 その魔力供給の元は術者であり、耐久年数は、術者が込める魔力に依存する。ところが対象にも貯蓄できる魔力量に上限があり、たとえばミスリル銀などは、この許容量が飛び抜けて高い。


 対して、元が粘土である瓦は、超強化をしようとしても、瓦の方が耐えられない。素材によって付与できる強化の度合いが違ってくる(厳密には瓦一枚一枚の許容量は違うはずだ)。だから、端っこの瓦で、どのくらいの魔力量までなら耐えられるのか、手探りで強化を始める。

 経験則というか、この素材には大体このくらいは大丈夫、という魔力量はわかっているので、それを頼りに強化を進めていく。


「うーん」

 縦一列の瓦を強化しきったところで、『魔力感知』で瓦を見てみる。

 稼働している魔道具ほどは動きが活発ではない。瓦の内部を、非常にゆっくり、魔力が巡っている感じ。

 少し離れて見てみると、強化を終えた瓦は、ボンヤリと鈍く光っている。一枚一枚は大したことのない防御力でも、これが一面になれば、相当な硬さになるはずだ。


 そういえば、魔道具の魔力の流れだけじゃなくて、物に付与された魔法や魔力の流れが見えているな……。これはあれか、動きのある魔力は見やすくて目立つけど、単なる物体の魔法は動きが少なくて見づらい、ってだけだったのかな。『魔力感知』スキルのレベルが上がったから、その辺りに気付くようになったってことか……。


 今なら勇者召喚用の珠の見分けがつきそう。王都やウィザー城近くに行ったときに、このことに気付いていれば、調査しに行ったのに……。まあ、魔術師ギルドの連中も馬鹿というわけじゃないから、ウィザー城西迷宮に施してあった魔力を封じ込める結界くらい張ってるよなぁ……。それでも召喚直前には珠の存在を感知できるんだから、フェイの情報網は優秀だってことか。


 まあ、王都の冒険者ギルド本部に、それらしいスキルの持ち主は一人しかいなかったわけで。おそらくは副本部長、『全知』のキャロルだけだろう。キャロルの粘っこい視線を思い出して身悶えする。

 ああ、作業を続けよう……。


 三種類の付与魔法を同時に、というのは、実は結構キツイ作業だ。概念としては、複数の魔法陣を結合しているようなものだから……。

「うーん」

 これ、一種類の魔法として登録できないものか。

 要するに魔法防御と耐火と耐衝撃の性質を持たせればいいわけで、それを縮小転写する、と。マクロ登録とかバッチファイルとか、そんなイメージ。

 対象を定めないまま、三つの付与魔法と縮小転写を保持したまま、しばらく待ってみる…………。


――――付与魔法:耐魔法汎用強化を習得しました


 あ、なるほど、という名前のスキルを覚えた。

「おお……」

 試しに使ってみると、先ほどの付与魔法三種+縮小転写よりもずっと魔力効率がいい。

 調子に乗ってどんどん強化していく。

「おーい」

 下から声がして、我に返る。西を見ると、太陽が沈みかけている。


「んっ」

 急に頭痛がして、頭を押さえて、その場にしゃがみ込む………けれどもそこは屋根の上で、危うく落ちそうになる。

 何とか踏ん張って落ちることは回避できた。ゆっくりと足場に向かっていく。


「ふう」

 一息はついたけれど、頭痛は治まらない。

「帰るわよー?」

 下から声を掛けてきたのはドロシーだった。この頭痛は……魔力切れだ。あのまま強化魔法を使っていたら、意識を失って、屋根から落ちていたかもしれない。


「私も戻るよ、ちょっと待ってて」

 頭を押さえながら、可能な限りの大声を出す。ドロシーにはどうせ悟られてしまう。素直に魔力切れだと言っておいた方が、後でチクチク言われずに済む。

「アンタ、大丈夫なの?」

 ドロシーが足場を昇り掛けたところで、

「大丈夫、降りるから」

 意識さえまともなら、軽々とではないけど、この高さ程度は安全に飛び降りられる。けれど、着地に魔力を使わなかったので、ドスン、と大きな音がした。


「ぐ……」

 意識をしっかり保つ。この程度、大丈夫、気張れ!

「大丈夫?」

「うん、ちょっと魔力切れ。調子に乗りすぎた」

「まったく……」

 ドロシーは文句を言って、私に肩を貸そうとするけれど、私の体重が重すぎて支えきれず、膝がカクカク言っている。

「大丈夫、歩けるよ」

 私を支えるのを諦めたドロシーが、不安そうな顔を向ける。

「無理しないでよね」

「うん、問題ないよ。レックスとサリーは?」

「今日は店に泊まっていくって。エミーに何か、料理のレシピを教えてもらったらしくて、それを作ってみたいんだってさ」

 ドロシーと会話を続けるうちに、少し楽になってきた。レッドゾーンは脱したみたいだ。ドロシーもつい先日経験したことだけに、私を責めることも急かすこともせず、復活するのをゆっくり待っている。


「うん、もう大丈夫。普通に歩ける」

 頭痛が引いた。ここのところ、魔力を限界近くまで使う機会が多くなってるような気がする。どれもトーマスからの依頼なんだけど……。でも、そうでもしないと私が限界まで魔力を使う機会はない、とも言えるから、何となく思惑が感じられることではある。

「そっか。じゃあ帰ろう。レックスとサリーには言ってあるし。トーマスさんはもう戻ってると思うし」

「うん」


 いつのまにか曇り空になっていて、太陽が沈んだのかどうかはわからなくなっている。西の方がボンヤリ明るいから、沈みきってはいないと思う。屋根からだと太陽が見えていただけかもしれないけれど、まだ思考が定まっていないから、その辺りを考えることをやめる。


 立ち上がって、夕焼け通りを、手を繋いでゆっくり歩く。

「そういえば夜の会話がどうこう言ってたじゃない? あれ何よ?」

「ああ、あれはね――――」


 臭いは異性の魅力の一つとして成立する項目か否か。

 何だかもの凄くマニアックな会話をしながら、アーサ宅へ戻るのだった。



――――今後、商業ギルドの人たちは尿だけを分けて貯めるようになるでしょう……。





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