表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮を掌握する勇者狩り少女は巨人を操る土木作業魔術師兼魔道具製作者兼鍛冶師でガラス職人かつ道具屋従業員で、その正体は変な名前の、見かけより体重の重いドワーフである
106/870

漁協の副会長


 朝一番でトーマス商店に行ってしまうと、もれなく朝ラッシュのお手伝いに参加させられてしまう。逃げようとしてもドロシーに流し目で射られてしまえば私に逆らう術はない。

 ということで、敢えて出発の時間に差をつける。今日は安息日の次の日で、エミーが来る日だということもあるし、あのカウンターに五人いてもすることがないし。

 サボる名目は、何かしらの作業を行う、ということなので、先日購入した黄色い岩を『道具箱』から取り出して、粗めの粒くらいになるように加工を始める。

 こういうのは施工主の好みに左右されるので、細かくしすぎないように気をつけて『粉砕』していく。

「こんなものかな」


 この『粉砕』は土系として分類される魔法で、鉱物と相性がいい、というだけで、本来は攻撃スキルだ。生物に使った場合、どういう結果になるのか、イメージは出来ても使いたくはない……。世紀末救世主になれるかもしれない、そんなスキルなのだ。


 土系といえば『固化』もそうだけれど、物質同士の結びつきに干渉する系統なのではないかと推測している。一応別の魔法スキル、となっているけど、『掘削』は空間を指定して『粉砕』して近くの空間に飛ばす、という工程をひとまとめにしたものだし、『泥沼』は水系の魔法で水分を呼び出して、『粉砕』して柔らかくなった物質と混ぜる、という魔法だ(茹でたカボチャと少量の水を混ぜてプディングダネを作るのに重宝している)。

 などと考察を進めてみると、土系魔法の基本こそが『粉砕』なのかもしれない。


「店にいくか……」

 大きな麻袋五つに一杯の石粉が完成して、手持ち無沙汰になった私は、仕方なくトーマス商店へ足を向けることにした。理由を付けて出勤しない、元の世界のサラリーマンのようだ。


「おはようございます」

「おはようございまーす!」

 トーマス商店の裏口から中へ入ると、カウンターは戦場になっていた。あ、エミーがいる。久しぶりだなー。あんなに忙しいのに聖女オーラが溢れてるのが凄い。

「よう、早いな」

 トーマスはといえば、すでに工房にいて、見れば中級ポーション以外の在庫を錬成しているようだった。

「おはようございます。ガラス、できてますよ」

 サンプルとして一枚取り出して、トーマスに渡す。


「お……」

 トーマスはガラスを手に取って、光を透かしたり、向こうを見たり、表面を見たり、チェックを始める。

「いいじゃないか。透明すぎないのがいい」

 美人過ぎないので可愛いね、と褒められているような、微妙な気分だ。

「これは何枚出来たんだ?」

「百二十枚できました」

「なにっ」

「百五十枚できたんですが、三十枚と残りのゴミは製作費として頂きます」

「ああ、それは構わないが……また随分とできたな」

「それだけあれば改装に足りますよね?」

「うむ。ガラスに強化魔法はかかるんだよな?」

「可能です。一枚一枚付与する必要がありますけど。硬すぎて加工できなくなっちゃうので、はめ込んでから強化した方がいいですね。窓枠とかはどうする予定なんですか?」

「ああ、ギルバート組は建具も窓もやるから大丈夫だろ。……こっちはもうちょっとかかるが……待てるか?」

 中級体力回復ポーション以外の商品は品目が多く、手間取っているようだ。

「大丈夫です。外のギルバートさんの作業見てきます」

「ああ」

 トーマスの進捗状況を見るに、ほどなく作業は終了しそうだ。


 裏口から外に出ると、ギルバート組が建物の出っ張りなどをチェックしていた。

「おうっ、娘っ子! はやいなっ」

「おはようございます、親方。どうですか?」

「ああっ、壁面を整える作業に入るところだっ。屋根も娘っ子がやるんだよな?」

「屋根は特に修正の必要はないですよね。……戻ったらやりますよ……」

 瓦の一枚一枚に強化魔法をかける作業か……。気が遠くなりそう。しかしなー、魔法防御と耐火と耐衝撃をまともに付与強化したら、下手な城より強固になりそうなんだよなー。

「ちょっと上に昇りますね」

「ああっ。気をつけてなっ」


 ギルバートに断って足場を使い、昇ってみる。

 足場は屋根の高さまで組んである。うん、これは作業がしやすそう。

 屋根にあがると、潮風が吹いてきた。

「すぅ~」

 潮の香りがしたらとりあえず深呼吸してしまうのが、海に近い場所に住んでいる人の習性かもしれない。風の吹く方向―――南―――を見る。グリテン島の空はなんだかいつも曇っているからか、周辺の海はやっぱり灰色だ。この世界に来てからはあまり青い海を見ていないかもしれない。夏になれば青く見えたりするのだけど、気温に関係した話なのか、太陽光線の強弱に関係した話なのか、それはわからない。


 トーマス商店の屋根から東南の方向は冒険者ギルドの建物があり、そのさらに東南には領主の建物がある。だから東南の方向の海は見えないのだけど、仮に海から領主の館かギルドを狙った(狙える火器や魔法があるかはわからないけど、通常の方法では恐らく到達しない)とすれば、この建物は延長線上に存在するわけで、屋根の強化も重点課題となるだろう。


「おーい! いくぞー!」

 下からトーマスの声がする。飛び降りようかと思ったけれど、きっと震動が酷いことになって足場が崩れるかも……と自分の体重を考えて自重しておくことにした。

 一応、成人男性よりちょっと重い……くらいだから、注意しておくことに越したことはない……。


 ゆっくりと地面に降りる。

「よし、いこう。材料は持ってきてるか?」

「はい、大丈夫です。銅管はその場で作りますし。現地で現物合わせしますから」

 その程度のストックは持つようにしてるし。なんてことを繰り返して、いまや私は歩く素材倉庫みたいなものだ。トーマスは歩く金庫だし、ドロシーが『道具箱』を覚えたら、歩く何になるんだろうなぁ、とボンヤリ考える。歩くツンデレ? いや普通にツンデレは歩くし……。



 トーマスにも『風走』を付与して、風のように南通りを駆け抜ける。馬車よりはやいドワーフ二人組は、他人から見たら気味が悪いだろうなぁ……。


「二隻でしたっけ?」

「――――と聞いている。商業ギルド経由だから詳しくは聞いておらん」

「ああ、そういえば、魔核が手に入ったので、通信機は思ったよりも早く納入できそうです」

「おお……。その場合、今持っている端末はどうなるんだ?」

「専用にしてもいいですし、兼用にしても構いませんよ?」

「そういう設定が可能なのか」

「ええ、まあ。端末番号を設定するだけなので」

「ということは、元々手広く普及させよう、って腹があったわけか」

「当初は身内用でしたけどね。ああいうのは普及してナンボですから」

 ナンボ、が通じたかどうかはわからないが、トーマスはニヤリと笑ってから、前を向いた。注意散漫だと危険を避けられないような速度で移動しているからだ。


 南西の漁港に到着すると『風走』を解く。

「あ、おはようございます」

 日焼けした上半身(ちゃんと裸)と、光る胸毛と白い歯。漁協の副会長であるモーゼズが、こちらを見つけて挨拶をしてきた。

「おはようございます。商業ギルドのトーマスです」

「おはようございます。先日はお魚をありがとうございました」

「ああ、錬金術師の子か……。今日はよろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 軽く挨拶をして、施工中の船に案内される。


 モーゼズが乗っていた船に魔法陣を設置するわけではなさそう。漁協側の立ち会い人として来ているのだろう。

 少し離れた場所に、凹んでいる形の岸壁があり、そこに中型の船が二隻、係留されていた。

 ここの岸壁はコンクリート造りではなく、丁寧に石積みで護岸されている。ちなみに荷下ろしの港の方は一部が灰コンクリートで、いずれは全面がそうなる、と聞いた事がある。防水性が高く、かつ速乾性コンクリートの開発は、港の発展にともなってニーズが強まった、というのも納得できる話ではある。

 それにしてもこの石積みは見事だ。元の世界にあった日本の城を知っている身からすれば、感心してしまう出来映えだ。この石組みも当然ながら複数人が協力しないと維持管理は不可能で、そうなると漁協という形で、ギルドに似た組織が発生するのも自然な流れなのだろう。


「この二隻……中型船ですね」

「ああ、以前に商業ギルドの方に依頼したときに、冷蔵庫はこのくらいの大きさの船じゃないと設置出来ない、とか言われてな」

 モーゼズはそう言うけれども、魔法陣の縮小転写、冷蔵樽の製造を経験した今は、もっと小型の船に冷蔵設備を設置することは可能だ。

「よし、じゃあ儂は一度商業ギルドの方へ寄ってから店に戻る。終わったら連絡してくれ」

「あ、はい」

 多忙なトーマスは、私を漁協関係者に引き合わせて仕事が済んだということなのだろう。再び『風走』の付与を私に要求して、ホバークラフトのように去っていった。


「商業ギルドの面々っていうのは、みんな、ああいう走り方をするのか?」

「いえ……ああ、どうでしょう? 私は正式には商業ギルド員ってわけじゃないんですけど」

 商業ギルド員は、店主の集まりだから、従業員がギルド員になることはない、ってことなんだけど。

「ふうん?」

 モーゼズは正面から私を見据える。妙に注視されている気がする。まあ、悪い視線じゃないから放っておくか。

「船の中、見せてもらっていいですか?」

「ああ、こっちだ」

 モーゼズは、微妙に揺れている中型船に、ポン、とジャンプして飛び乗る。ブリジットのようにしなやか、というのではなく、硬い筋肉の塊が跳ねた感じか。

「っと……」

 私も飛び乗ろうとして、自分の体重を思って躊躇う。

「ん」

 モーゼズが手を出してきたので、私も差し出す。潮で荒れた、ガサガサした掌だったけれど、力強く握ってきて、その温度が心地よかった。

「よっ。………アレ?」

 ああ、うん、予想より遙かに体重があるから、違和感があるんだろうね。

「…………」

「いくぞ、こっち来い」

 引っ張り上げるのに失敗したモーゼズが、もう一度声を掛けてくる。

「はい」

 かなり、もの凄く、力強く手を引かれて、やっと船に飛び乗ることができた。ズドッ、と乙女が飛び乗ったとは思えない音が響く。

「……………」

 あんまりにも恥ずかしくて礼も言えない。その恥じらいだけは乙女なんだけど。

「こっちだ」

 恥ずかしいので下を向いていた私を気にするでもなく、モーゼズは冷蔵庫に案内してくれた。冷蔵庫は船の甲板の下にある。網で獲った魚が、上から入ってくるようになっている。甲板から降りるのではなく、船室の方から階下に回った。固く閉じられた扉を開けると………。


「む……」

 ものすごく魚臭い。鼻が曲がって一周しそうなくらい。だけど、魔物の死骸を処理したりは日常茶飯事だし、鼻が三周しそうな不死(アンデッド)と戦ったこともある。一周なら可愛いレベルだ。

 冷蔵庫の中は暗い。『灯り』を複数出して内部を観察する。

 元の世界の広さでいえば八畳くらい?

 冷蔵庫の壁には水の跡(というか血の痕かもしれない)が線になっていた。


「ここは生け簀になるんですか?」

「そうだな。獲った魚を生かす場合にはそうする。生け簀にする場合には、ほれ」

 モーゼズが指差す先を見ると、床には丸い蓋が二つあった。

「ここから海水を入れる。出す穴はこっちだ」

「それで船は沈まないんですか……?」

「これが沈まないんだ。海水の出入りもあるから、魚も死なずに済む、のだが」

 モーゼズが言い淀む。

「生け簀にして、生きたまま港に持って帰った魚より、その場で〆て氷漬けにした魚の方が鮮度がいいんだ」

「運搬時の生け簀管理に問題があるのでは?」

「海水の出入りがあるのに? それはないな」

「いえ、狭いところに密集させた環境が、魚にとって快適だとは限りません。息苦しく感じるんじゃないですか?」

 生きている方が辛い思いをする……。先日の街道であった盗賊未遂事件で出会った人達を思い出す。

「なるほど、言われてみれば……。しかしな、今回は冷蔵設備だけ、って話でな」

 要するに生け簀として備え付けられた、この水槽を冷蔵庫として使えるようにしてくれ、という話のようだ。私の変な質問に答えるうちに、モーゼズの話が飛んだらしい。見るからに事務仕事に向いてない海の男だもんね。

 それにしても日焼けしただけの脳筋海の男……と思いきや、会話はしっかりしている。交渉能力にはそれなりのものがありそう。ふうん……。


「依頼には応えるつもりですけど、活魚が欲しくて生け簀を使う時もあるんですよね? となると、この生け簀は、生け簀、冷蔵庫、氷蔵、と、目的に応じて変更できた方が、船をより活用できると」

「まあ、そうだが……」

 モーゼズがまたまた言い淀む。顔に出てますよ。

「費用については勉強しますよ。私にしてみれば依頼主が喜んでくれればそれでいいので」

 なんて殊勝なことを言ってみるけど、こういう工夫は後々、自分のためになるってだけ。

 しかし、最少の魔法陣の組み合わせで最大の効果を求める、か。ポクポクの擬音が必要な事態だわ。


 元々の『保管庫』は気化冷却を再現したものだ。

 パイプ内部に密閉された液体(例によって尿を濃縮したアンモニア)を巡回させることで冷却を行う。冷蔵樽のように『冷却』で直接冷却しないのは、この方が魔力効率がいいと同時に、冷却効率もいいからだ。冷却パイプ本体が海水部分に浸かるように、生け簀の床面に近い場所に設置するか。

 製氷装置は冷却管にぶら下げるようにしようか。銅を使う関係で緑青が出るから、マメに管理させる関係上、取り外しが容易な方がいいだろう。

 うん、大体の仕様が決まった。


「ええと……魔法陣は甲板に設置したいのですけど……いいですか?」

「ああ。甲板に出てみるか?」

「はい」

 はしごを引っ掛けて、甲板に空いた生け簀の口から外に出る。魚臭から解放されて、ちょっと気持ちいい。

 室外機を設置するのに適した場所を探す。海水がかかりにくく、船員の動線を阻害しない位置で、なおかつ生け簀の直上がいい。


「ここが良さそう。この辺りに、このくらいの大きさになります。どうでしょうか?」

「ああ」

 装置を設置予定の場所と、大きさを示す。理解しているのかしてないのか、モーゼズが即答する。

「ここから生け簀の中に管を通すんですけど、穴を空けた方が綺麗ですが……。どうしましょうか?」

「穴?」

「はい、ここから直接生け簀に管を通すので」

 もう一度説明する。今度はさすがに考えている様子だ。

「穴を空けないとなるとどうなるんだ?」

「生け簀の口に配管を這わせる感じになりますね。人が出入りする時とか、お魚を入れる時には邪魔になりますし、配管に海水がかかって、腐食が早まります」

「なるほど……では空けてくれ。長持ちする方がいいし、邪魔にならない方がいい」

「わかりました」


 仮に穴空けの位置を決めて、生け簀の入り口から再度中に入り、位置を確認してから、もう一度甲板にあがって。風刃で銅管が通る穴を空ける。

 銅板を『道具箱』から取り出して、くるくる丸めて筒にしていく。わずかな魔力を通して腕全体を使いながら、しごいてクセをつけて丸め、成形していく。この技は魔力もちの鍛冶屋さんは、無意識にやっているらしくて、スキル名称はついていないけど、小技としては普遍的なもの。元の世界でやったらエスパー特集でテレビ出演できそうな技だけどね。


 管は径を決定したら『風刃』で切断、縁を溶接替わりに『結合』して銅管をさくさく作っていく。直角に曲げた銅管も作る。それぞれ二台分、ここで作ってしまう。

 銅管ができたら接続していく。『結合』は継ぎ目もなく、溶接よりも丈夫になったりするので馬鹿にできない。

 魔法陣を収納する箱部分から曲がって下に降りた管は、もう一度曲がって箱部と並行に走って三本の管に分岐する。分岐後の管の口は細くなって(ここに径の大きな管が被さっているので、細くなっている箇所は見えない)、ここで霧状になった『冷却液』は、圧力に押されて再び一本の管にまとめられて、生け簀部分に降りていく。

 銅管は生け簀の壁に入ると六本に分岐して、それぞれが冷却管になる。出口で再度一本にまとめられた銅管は、上に向かって、また曲がって、箱部分に戻ってくる……というサイクルになる。


 赤煉瓦倉庫の時は、銅管を外注している(この工事のとき、私はウィザー城の天井裏にいた)から、トーマス商店での設置以来の作業だ。

 銅管を作り始めてから五分程度で部品は完成。

「はぁ~。アンタ本当に錬金術師で、凄腕なんだな……」

「この程度で凄腕とは言いませんよ。もし、位置を変更したくなったら言って下されば。まあ、普通の船大工さんでも移設そのものは簡単だと思いますけど」

 五十センチ四方の銅管の塊を抱えて、甲板に銅釘で打ち付けて固定。ここは異種金属ではなく、同じ銅の方が劣化が少ない。

 室外機の設置が終わったら銅管を、穴を通して生け簀に送る。ここは曲がる角度が現物合わせになるので、生け簀の天井に這わせるように曲管の位置を調整。仮固定して生け簀へ。


「ん……」

 チラリとモーゼズを見る。天井に手が届かないから……肩車をしてもらうか? いやあ、それはないなぁ。私は重いし、抱えられるのは女子として恥ずかしいし……。仕方ない、脚立を出すか……。モーゼズの方は向けられた視線の意味を解することはなく、不思議そうな顔で私を見ている。

「なんだ?」

「いえ、何でもありません」

 脚立に乗って、銅管を継いで、天井に保持金具を着けていく。保持金具には断熱材としてラバーロッドの皮の切れ端を噛ませておく。銅管がやっと壁に到着。ここからT字の銅管で六本に銅管を分岐させていく。

 ちなみに『Tの字』という表現は、この世界では当たり前だけど通用しない。似た文字(アルファベット)はある。まあどうでもいいことだけど。


「一つ……疑問があるんだが」

 モーゼズが直訳された感がある、固い言い回しで私に訊いてくる。

「冷蔵設備っていうのは、もっと大きいものじゃないのか? それで一番大きな船と二番目に大きな船を用意したんだが?」

「ああ………」

 銅釘を曲げないように慎重に打ち込んで、銅管のお化けを生け簀の壁面に固定しながら、私は返答していく。

「平たく言えば、受注してからこうして施工する間に、技術的な進歩があったのです。室外機に関しては小型化を達成しましたけど、能力は赤煉瓦倉庫の冷蔵施設に匹敵しますよ?」

 ついでに消費魔力の削減、運転時間の延長。より高性能になった。軽量化はチューニングの基本だ、とイニシ○ルDでも言っている。

「そう……なのか?」

「はい。甲板にいきましょう」


 甲板に上がり、箱部分に魔法陣を設置。魔核をセットしてから、モーゼズに話し掛ける。

「ちょっと危ないので、鼻を摘んで離れていてください」

「あ? ああ」

 モーゼズが離れたのを確認してから、私も呼吸を止めて、『冷却液』を取り出して管の中に注ぎ、箱部分を閉じる。蓋が密封されたのを確認。

「もう大丈夫です。ちょっと魔力を補充してみてください。この箱のところです」

「ああ……。ん、何か臭うな……」

 小便臭い錬金術師という噂が立っても気にしないことにしよう。

「気にしないでください。さ、どうぞ」

「ああ」

 モーゼズが無骨な掌を箱に触れさせる。ぽわん、と掌が淡く光って、それは箱に吸い取られる。

「ぐっ……」

 モーゼズの顔が青い。ふむ、この程度でも魔力切れが近い魔力量か。だけど、屈強な男が青くなって膝を折ってるのを見るのは、悪い気分じゃないな……。


 冷蔵機の魔力の流れを見る。『魔力感知』のレベルが上がって、魔道具の動作確認が非常に便利に……。レベルが上がる前は魔道具に流れる魔力なんか見えもしなかった。いまではかえって発動に個人差のある人力(?)の魔法の方が流れが掴みにくいと感じるほど。

 うん、冷蔵機の魔力の流れは美しい。我ながら惚れ惚れ。LOVEと言ってもいい。


「うう……」

 呻く声で、冷蔵機からモーゼズに視線を移す。魔力切れにも拘わらず、意識を保っているようだ。屈強な精神力を持っていることは称賛に値する。ふうん、中々良いオスじゃないか……。


「大丈夫ですか、立てますか?」

「あ、ああ……寒気が……」

「え? ああ、そうですね」

「いや……悪寒が……」

 モーゼズを観察していたのに気付いたか。ちょっと蛇みたいな視線で見ていたという自覚はある……。


「室外機の仕上げしますので、そこで休んでいてください」

「ああ……」

 魔力回復ポーションを飲ませた方が良さそうだけど、媚薬を飲ませるようなものだし、万が一があったとしても、誘ったとしか思われないというか……。

 とにかく、このシチュエーションで飲ませるのは、女子として無防備すぎる。


 何だか知らないけれど、モーゼズと接していると、やけに自分が女子なんだと意識させられるというか。

 ああ、カレイ貰ったから、本能が叫んでいるんだろうか。獲物を持ってきてくれるオスなんだとか。人間って案外単純な生き物だってことなんだろうか。

 どうにも未経験な感情が襲ってきて、心が乱される。

 ああ、もう!

 ぶんぶん、と頭を振る。

 とりあえずは目の前の作業に集中しよう。


 オーク材を取り出して箱を作り、室外機を覆う。

 今回の仕様では、内部の冷却液の流れを利用して風車をつけてある。銅管も硬い材料ではないし、万が一破損して冷却液が噴出したら、毒まみれになってしまう。それらの保護のために、付与魔法で箱を強化してしまう。

 この箱は一方をスリットにして、ここから熱い空気を排出するようにしている。スリットの面は取り外せるようにしてあって、この面の板だけは強化魔法を使っていない。

 同じく、銅管についても三本の冷却管以外には強化魔法を使っていない。私以外の人間でも修復を行えるように配慮した仕様だ。

「この船への設置は終了しました」

「う……? ああ」


 まだグッタリしているモーゼズを見て、またまたやましい気持ちになる。

「さあ、次の船にいきましょう。私が抱えていきますから」

 少しだけ恥ずかしくなった気分を振り切るように、そう言って私は汗の臭いのする大男を肩に乗せると、隣の船へ飛び移る。

「うっ……」

 またまた呻いたけど無視。

 潮の香りと混じると、モーゼズの臭いは悪いものではなくなって、逆に魅力的なんじゃないかと思えてくる。



―――いかん、思考が乱れる。これがフェロモンってやつなのかな……?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ