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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮を掌握する勇者狩り少女は巨人を操る土木作業魔術師兼魔道具製作者兼鍛冶師でガラス職人かつ道具屋従業員で、その正体は変な名前の、見かけより体重の重いドワーフである
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石材屋のトビー


「なにっ、ドロシーが体調不良だと?」

 短文を送ってすぐに、トーマスが店に駆けつけた。ドロシーのいるアーサ宅じゃなくて、店にくるのが商売人だなぁ、と妙に感心したり呆れたり。

「はい、今は寝ているみたいです。私はどうせお昼にギルバートさんが来るとかで、ここに来るつもりでしたし」

「うむ……」

「それにしても朝イチの圧力は凄いですね。前より混雑してませんか?」

「ああ、ゴードンが隠居しちまってな。その分ウチに来てる状態だ」

 ゴードンさんというのはトーマス商店のライバル店とも言える存在で、ギンザ通りのかなり南寄りに店を構えている。

「え、閉店しちゃったんですか?」

「いや、息子がいるんだが、店を譲った恰好になってるんだ」

 それで、代替わりが上手くいってない、ってことか。

「なるほど……。それはそうと、従業員に休暇を定期的に取らせないと、参っちゃうかもしれません」

「うむ……」

「せめて、エミーとマリアが来る日は、誰かが休む、みたいにしないと」

 一〇日のうち二日ずつ、教会からのヘルプがある。名目上は『シスターの社会見学』なので、多忙な彼女たちをいつまでも臨時雇用できる保証はない。

「うむ、そうだな」

 トーマスが同意したところでレックスとサリーが休憩から戻ってきた。

「もういいの? 何かお腹に入れた?」

「はい、白パンと昨日の残りのスープを頂きました」


 聞けば、二人とも交替で、ドロシーの指導の下に賄いを作っているそうだ。ドロシー風スープの継承者がここに! まあ、ドロシーもアーサお婆ちゃんの料理に影響されて腕も上がってるから、進化版ドロシー風スープの継承者、ってことになるか。


「ちょっとトーマスさんと話してるから。用事があったら奧に来てね」

「はい、わかりました」

 二人がハモって返事をする。可愛さの中に、少々の逞しさが見えるようになってきたか。状況が人間を作るっていうのはホントなんだな。


「えとですね、まず冷蔵樽の進捗状況からです。現在進行中で、外装の仕上げをしています。時間さえあれば明日には五つ、納品できます。それとですね、実は王都の冒険者から二台、別途注文を受けていまして、それも合わせて、全部で七台、なのですけど、三台余分に作っています。うち一台は自宅で使いますので、二台、在庫としてお譲りできます」

「それは朗報だな。追加受注は可能か?」

「素材になる魔物の確保が急務ですね。これは全然アテがないので、どうしても数が限られると思います」

 ラバーロッドの代替になる素材がまだ見つかっていない。見つかるとしても南方だろうだしなぁ。クラゲもそうだし、これだけ有用な魔物を飼っていたとは、魔術師ギルドには慧眼の持ち主がいるということだ。


「希望者全員、というわけにはいかないか。そうなるとコレはもう政治的な商品になっちまうな。生産体制としてはどうなんだ?」

「今のところは私が全工程をやった方が早いですね。素材さえ手に入れば、他の人に任せられる工程は多いのですが……」

「まだ何ともいえない、か」

「そうですね。あと、こちらは取り扱い商品の提案です。こちらです」

 教会印の漉き紙だ。


「紙か。ユリアンのところでやらせてるっていう?」

「そうです。納入原価を百、販売価格を二百、でどうでしょう?」

 紙を手に取ったトーマスは品質を確認している。

「それでいいぞ。その在庫はどのくらいあるんだ?」

「私が持ってるのは五千枚、少し使ったので四千九百枚くらいですね。四千枚を百五十で買い取りませんか?」

「いいだろう。定期的に納入はされるんだな?」

「はい、教会のシスター・カミラが窓口になります。月産五千枚が目標とのことですけど、最終的にはその三倍は行くんじゃないかと思います」

「カミラ……ああ、経理のシスターか。慣れて生産効率があがるわけか」

「そうです。あとは孤児院や教会の人員の関係ですね」

 それ以上は教会の事業としては大きくなり過ぎてしまう。


「ユリアンにもちょっと聞いたが、機材の設置と初期運用はお前がやったそうだな?」

「はい、でも製造に関わる情報や経験は教会の人達の財産です。彼らが他者に伝授する、ということであれば機材の提供や設置は行います。トーマス商店か商業ギルドを通してもらうようにします」

 トーマスは深く頷いた。

「それなら商業ギルド経由の方がいいな。何でもかんでも自分たちでやることだけが正しいとは言えないからな」

 私も頷いて同意を示す。

「下手な独占は恨みも買いますからね。では、紙の方は一度、シスター・カミラとお話をして頂くということでお願いします」

「うむ」


「次の話です。この建物の防御を固める、というのがもちろん先ではあるんですけど、計算機の使用については解決案が見えてきました。ただ、ちょっと作業的に日数がかかりそうでして。今はポートマットを離れる訳にはいかないので……」

「うむ……アレが終わってから、だな」

 大陸の軍隊からの攻めを防衛してから。

 あれ、しかし、今年の勇者召喚はどうなってるんだろうか。トーマスのことだから頭から消えてるということはないと思うけど、油断してはいけない。

「計算機の設置は従業員の負担軽減の意味もありますので、なるべく優先します」

「うむ」

「漁船の方は、私の身柄が空き次第いけますけど、どうしましょうか?」

「それはこの後、ギルバートと相談してからだな。あとは……ドロシーの体調次第か」

 そうですね、と私は頷いた。



「よおっ、娘っ子! 元気だったかっ!」

「はい、ギルバートさんはいつもお元気そうで……」

「こりゃ参ったね! ちげえねえやっ」

 テンションの高さが憎い……。

「おい、ギルバート、外に行こう……」

「ああっ? しかたねえなっ!」

 私は二人の後について表側入り口から出ようとしたところで一度振り向き、レックスとサリーに、お店の方はよろしく、と目配せする。レックスは呆けた顔をしていたけど、サリーにはちゃんと伝わったようで、軽く頷いてくれた。


「でっ? 何をどうするってえんだい?」

「外壁の強化を行いたいと思うのですが、このまま直接、外壁材に強化魔法を付与するには問題が多いのです」

「ほうっ。つまりアレだなっ、連続した面じゃないからだなっ」

 さすが本職、問題を見抜いている。

「その通りです。なので、一度外壁を剥がして、別の外壁材を貼り付けた方が、結果的に強度があがると思ったのです」

「なるほどっ。別の外壁材はアテがあるのかっ?」

「それも相談しようかと」


 ああ、サンプルでも作ってくればよかったか。セメントの残りがあるからこれで一種類作ってみるか。粉状のセメントを、単純に『結合』して『固化』させてみる。三十センチ四方、厚み一センチのセメントの板ができた。

「一例ではありますけど、コレとか」

「なんだこれは……セメントなのか? これが?」

「これはなかなかの強度だなっ……」

「はい、ですが重量もありますし、このセメントの板をどう設置するんだ、という問題ありますし、こう、押されるのには強いのですが」

 私は板を左右から押してみる。少したわむけれども、それほど変形はしていない。


「引っ張りますと」

 今度は左右から、摘んで引っ張ってみる。

「あっ」

 バキッ、とセメント板は割れた。

「それ、ただお前が力持ちなだけじゃ……?」

「い、いえ、この建材は引っ張られると脆いのです。それを防ぐためには金属で骨を入れざるを得ないのですが、今度は金属が腐食することを考えないといけなくなります」

「ふむ。他に外壁材候補はあるのか?」


「えーと――――」

 セメント板を『粉砕』して粉に戻す。

「すげえなっ、自由自在じゃねえかっ」

 ギルバートの感嘆は無視して、粉状のセメントを、建物に塗りつけて、『結合』してみる。うは、木材に石の粉が癒着した。これぞファンタジーかもしれない。


「えっ?」

 トーマスもギルバートも驚いた。私も驚いたけど!

「このように……木材と石材を積層にすることは可能、です。今はセメントでしたけど、粉にできるものなら、なんでも薄く塗布、もしくは吹き付けてしまえば」

「なるほどっ、木造なのに石造りみたいな外観も可能ってことかっ。じゃああれか、いまの外壁材も利用して、要するに外壁の面を整えればいいわけだなっ」

「はい、この工法だとそうなります」

「面白いな。それで石の粉を吹き付けて表面処理にするわけか。うむ、ギルバート、その方向で頼めるか?」

「わかったっ。足場を組む必要があるなっ。営業に支障のないようにやらなきゃいけないだろうから、十日ほど見てくれるかっ」

「十日だな。よし、それで頼む。石材はどうすればいい?」

「そうですねぇ……真っ白い石があればいいですね。色はある程度変えられますので」

「白い石か。王都東海岸の石はどうだ?」

「あそこの石は避けた方がいいかもしれません」

 あれって、たぶん石灰だから、粉状にしたものに水を掛けると熱を発してしまう可能性がある。

「ギルバートさん、お知り合いの石材店とか、ありませんか?」

「トビーのところなんかどうだ?」

「在庫抱えてそうだなっ」

「よし、じゃあ行ってみよう」

 トーマスが即断する。フットワーク軽いなぁ。

「じゃあっ、ちょっくら準備してくるからよっ」

 ギルバートはそう言って戻っていった。


 私は店内に入って、レックスとサリーに一声を掛けた。

「じゃあ、ちょっと出てくるから。お店頼むね」

「はい!」

「はい、いってらっしゃい」

 九歳、もう少しで十歳の子供たちに店番を頼むのもどうかと思うのだけど、私やドロシーもやらされたしなぁ。私はいいとしても、ドロシーは飛び抜けて聡い子供だったってことか。そりゃ孤児院でも伝説になるか。

「よし、いこう。南東地区だ」

 トーマスが言う『南東』は、南に行ってから東に行くと近い、というニュアンスだ。『東南』、というと職人街に近い場所に相当する。何となく、元の世界の京都の住所を思い出す。上がったり下ったりしないだけマシかしらね。


 南東地区はロック、ロールの製鉄所を含めて鉄関係が増えてきているそうな。ポートマットはバラエティに富んだ業種がコンパクトにまとまっている印象がある。ある程度は領主の主導もあるだろうから、防衛関係以外は有能な領主なのかも。


 それにしても結構歩くなぁ……。町の端っこもいいところじゃないか? 潮の香りも強いし……。

「ああ、あそこだ」

 トーマスが指差した先を見ると、石山が複数見える。

 近づいてみると、切り出した石というか岩……が無造作に積まれて、それが遠目に山に見えるのだとわかった。危うい状態のオブジェ群にも見える。

「よく崩れませんね……」

「たまに崩れてるみたいだぞ」

 それほど広くはない土地に、背丈ほどの岩石がゴロゴロ。少し先は岸壁で、それほど遠くない位置に海面が見える。

 岩石は『道具箱』で持ってきているのだろう。すでに流通革命が起こっているようなもので、なるほど、馬車以上の交通手段が発達しないのはこのせいか、と頷いてしまう。


「こんなに立派な岩石じゃなくてもいいんですけど?」

「しかし、まとまった性質の方が仕上げにムラが出にくいんじゃないか?」

「まあ、そうですね」

「おーい、トビー、いるかー!」

 トーマスが大声を上げると、石山の中から中年を過ぎた男が首を出した。日焼けした肌をしていて、これは普段から山歩きをしている人だな、と思わせる。

「んー、何だ? ああ、トーマスか。何だ」

「岩を一つくれ」

 なんだそれ、注文の言葉なのか、それが。


「んー、何だ、好きなの好きなだけ持ってけ」

「うむ。代金はコレでいいか?」

 金貨一枚で岩掴み取り放題らしい。アバウトにも程があるなぁ……。

「ああ、それでいいぞ」

「よし、じゃあ、コレとコレ。どうだ?」

 黄色の砂岩と白? いや半透明の白………。

「これ珪石……結晶じゃない石英ですね。加工すれば曇りガラス程度にはなるかも」

「ほうっ」

「金貨一枚じゃ買えない貴重品じゃないですかねーこれ」

「ふむ。じゃあ、金貨十枚くらいにしておくか」

 トーマスにしては気前がいいな。

「いえ、三枚くらいじゃないですか?」

「ふむ、どこで拾ったのか聞かなくてはならんな」

 情報料でしたか。納得。


 結局金貨三枚セコイということにして、この石を採取した場所を教えてもらうことに成功した。ヘベレケ山の西側、山崩れが頻発している地点だとのこと。そんな危ない場所なら、もっとお値段は高くなっても不思議じゃないのだけど。

「あー、何だ。また取ってくるし」

「危険な場所なら、気をつけてくださいね」

 社交辞令として心配そうな顔を作って挨拶しておく。

「ああ。またな」


 ホクホク顔のトーマスと私は、そそくさとトーマス商店に戻ることにした。

「ふふふふ、金貨三枚とはお安い買い物だったな!」

「ええ……フフフフフ」

 ガラスは作ってみないとわからないけど、この珪石はほとんど石英だ。石英の純度を高める技法は判明していない。こういう時こそ錬金術の出番! なのだけど、今のところレシピがない。誰かが魔法式として完成させなければレシピとして成立はしないし、それが広まることもない。


「トビーは変わった奴だろ?」

 トーマスの知り合いに変わってない人間なんかいませんよ。

「あれで石材屋として商売上手く行ってるんですか?」

「いや。石材屋として成り立ってはいるが、本人はただの石拾いのつもりじゃないか?」

 ああ、河原に落ちてる石を何だか拾ってきちゃうという、謎の収集癖か。

「では石拾いに感謝です」

「うむ」


 足早に戻ってくると、すでにギルバートは足場組みを始めていた。

 なんて素早い……。

「おうっ、おかえりっ。足場組みと建物全体の調査を始めてるぞっ」

「お疲れ様です、親方」

「よし、じゃあ、少しギルバートと話しているから、レックスとサリーの様子を見てきてくれ。儂はそのあとちょっと商業ギルドに寄ってくるから」

「はい」

 短く答えて、私は店内に入る。


「ただいま。問題はなかった?」

「おかえりなさい、多分、問題なかったと思います」

 サリーが何事かを考えながら答えた。

「そっか。お疲れ様。ちょっと休憩しててよ。私が店番しておくからさ」

「はい、あの」

 レックスもサリーも、何かを言いたげに、モジモジしている。何だろう? 二人が話し出すまで、私はジッとサリーを見つめた。

「あの、ドロシー姉さんが体調悪くて、心配で、あの、何かできないかな、って」

 なるほど、可愛いことを考えるじゃないか。しかし、食べ物関係はアーサお婆ちゃんが握っているだろうし、食べられないモノを贈っても…………ああ。

「二人はお給金はもう貰ったことがあるね?」

「はい、大事に取ってあります」

 レックスが淀みなく言う。そこに私は金貨を一枚握らせる。

「いま地図描くけど、ギンザ通りの真ん中へんに、お花しか売ってないお店があるんだ。薔薇って見たことある?」

「はい、孤児院の庭にも何株かあります」

「うん、その金貨一枚で買えるだけ、薔薇の切り花を買ってくること。三十本くらい買えると思う。別に一本ずつ、二人のお給金で買って、それに足してね。お店の人には花束にしてもらって。そうしたら、その花束を、ドロシーに届けてきてほしいんだ。寝ているならアーサお婆ちゃんに預けてくればいいよ。配達したら戻っておいで。いい?」

「はい!」

「配達のお仕事ですね」

 素直に頷くレックスと、建前も重要だという姿勢を崩さないサリー。対比が面白くなってきたけど、地図を描いて、二人を送り出す。


 夕方になってお客様も疎ら。

 と、そこに手鏡で通信が入った。


『あ、ああ、アンタ?』

「ドロシー? もういいの? 大丈夫?」

『うん、お昼頃にはもう起きられたわよ』

「そっか。心配しちゃったよ」

『うん、ごめん』

「お店は何とか回ったよ。レックスとサリーが頑張った。今、二人にはドロシーのお見舞いに行かせたよ?」

『え、そうなの?』

「お店に来ようとしてた? 今日はお休みなんだからゆっくりしてなよ?」

『…………わかったわよ』

 うん、手鏡でドロシーの服装が普段着だったのが見えたから、ちょっと釘を刺してみた。

「早めにお店閉めて戻るからさ。今日くらい静かにしててよね?」

『わかったわよ………』

 照れくさそうに唇を尖らせた顔で、ドロシーは手鏡通信を切った。

 思わず私は顔が綻んだ。



―――ツンが病気でデレる姿は最高だな……。





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