※職人街の男たち
「おねえちゃん、おねえちゃん」
「ハッ」
目を開けて口も開けて状況を把握しようと努める。
気を失って、しばらく寝ていたようだ。
「おじいちゃん、おねえちゃんおきたー!」
「フン……」
声が聞こえたので、奧の部屋から工房を覗いてみると、ルーサー師匠が剣を懸命に砥いでいた。
「手伝います」
「フン」
来るな、邪魔だ、寝ていろ。そこで見ていろ。というプレッシャーが投げられた。
「ひっ」
子供たちにもそのプレッシャーは通じたようで、息を呑み、ルーサー師匠の研ぎを見つめている。
シャッ、シャッ。
時折水が掛けられる。
シャッ、シャッ。
磨かれていく剣には、紋様が浮かんでいた。ダマスカス紋様っぽい。でも、恐らく、黒鋼とダマスカス鋼はイコールではない。黒鋼は何らかのファンタジー金属だ。
シャッ、シャッ。
この諸刃剣の大きさと重さを考えると、砥石の方を持って磨く方が早いのか。ルーサー師匠は砥石に水を掛けながら、さらに磨いている。
「フン………」
ルーサー師匠が黒鋼砥石を置く。荒研ぎの役に立ったのなら重畳ってものか。
通常の砥石に持ち替えて、そこからの研ぎは通常のパターンで行われた。
日本刀みたいに美しく見せるための工程は一切無い。ただ武器としての効率を高めるための研ぎ。
――――――生産系スキル:研磨LV8を習得しました(LV7>LV8)
ルーサー師匠の研磨スキルが8になった。見ていた私も同時に8になった。
この年齢になってもまだスキルレベルがあがるのか……。しかもまだ上限ではない。もしかしたら、もっとすごい磨きのプロがいるのかもしれないけれど、私にとってはルーサー師匠の研鑚する姿こそが最高だ。とりあえず拝んでおこうと思う。
「フン………」
やりきった男の姿がそこにあった。まったく鍛冶は、研磨は、まさしく戦いだった。
薄い黒色の地金に濃い黒色の紋様。刃は薄い灰色に染まって、凶悪さを醸し出している。触れたモノを傷つけるためにだけに生まれたララバイお休みな諸刃剣。
「素晴らしい仕事です、師匠」
「フン…………」
儂は疲れた。もう休むぞ。と言っている。
「お待ちください、師匠」
メイスを取り出して、作者のサインを入れてもらう。剣にも入れてもらう。
「フン」
お前も並べて書いとけ。と言っている。
「わかりました。この剣の名前はどうしますか?」
「フン」
任せる。お前が決めろ、と言っている。厨二的に名付けるか、この世界っぽく名付けるか。うーん、面倒臭いので、ルーサー師匠の名前を貰うか。
「では……『黒ルーサー』剣ではどうでしょうか?」
「フン!?」
何っ? 儂の名前を付けるというのか! くっ……! と目元が光った。
「よろしいでしょうか?」
「フン!」
勝手にしろ! メイスの仕上げはもう出来るだろう? ここじゃなくて他でもできるな? と言っている。
「はい」
「フン」
では、その子たちを送ってこい。儂は休む。またしばらくしてから来い。しばらくは来るな、面倒な注文ばかり持ってきおって、全く。と言いたげに上を向いて、欠伸をした。いい涙の誤魔化し方だと思う。
「はい、わかりました。師匠、ありがとうございました」
「フン」
ああ、その砥石は持っていけ。ここにあってもしょうがない。と言っているようだ。
「わかりました」
黒鋼の砥石と諸刃剣を『道具箱』にしまう。
子供たちを見る。
「うん、じゃあ、おうち戻ろうか? 送っていくからさ」
「あ、うん……」
「うん、おじいちゃんまたくるねー」
「おじいちゃんまたねー」
「フン」
全く子供は面倒だな、来たかったら来い。と天の邪鬼なことを言っている(ように見えた)。
「では師匠、また来ます」
深くお辞儀をして、ルーサー工房を出た。
ちょっと気を失っているうちに夕方も過ぎて、そろそろ夜、という時間になってしまった。どのくらい寝てたんだろうか。
「みんなごめんね、送るの遅くなっちゃったね」
「ううんー」
三人と手を繋いで、職人街の細道を何となく南に向かう。身体はだるい。手を繋いでいるのは、子供たちが私を気遣っているのだと気付いた時には、この子たちの健気さに何かをしてあげたくなった。
ロールのところに寄って、ヒンジを入手したかったのだけど、送るべき家具屋の方が近い。それに子供たちを無事に届ける方が先決だし。
「おかえり。あら、ルーサーさんの孫娘さん。送って下さったんですか? ありがとう」
家具屋に到着すると、アイカが声を掛けてきた。ここの家具屋は倉庫みたいなものなので、店終いするにも特別に作業をしているわけではなさそうだ。
「いいえ、当然のことです。ああ、ルーサー師匠に気遣いを頂きまして。ご店主に挨拶をしたいのですが」
「そうですか、それはわざわざありがとうございます。兄さーん? お客様-!」
私をルーサー師匠の孫だと勘違いしていたのが恥ずかしかったのか、赤くなりながらアイカは大声を出した。
「はーい。おや、トーマスさんのところの娘さん。どうしたね?」
「いえ、ルーサー師匠を気遣って頂きまして。お礼に参りました」
そう言って、王都で買ったとっておきの蜂蜜の瓶を渡す。
「それはわざわざ……。こんな高級な物、貰っちゃっていいのかい?」
「はい。それ以上のことをして下さいました。ありがとうございます」
私は深く腰を折った。
「ああ、いいってことよ。子供たちも楽しそうだしな」
ぶっきらぼうに家具屋のテートは言った。違和感……どこか他人行儀に子供たち、と言ってるように感じるのが気になるけど……。立ち入っていいのかわからなくて、訊くのを躊躇う。
「あのぅ…………子供たちは妹さんの?」
「ああ……旦那がいたんだけどな。死んじまってな。妹も向こうの家から追い出されてな」
仕方なく実家に戻ったのさ、と軽い調子で笑う。
聞き耳を立てていたわけではないだろうけど、アイカは肩身が狭そうに身体を小さくして、トボトボと閉店作業を続けている。食い扶持が増えてしまった罪悪感か、出戻りしている身の情けなさか。
子供たちは店の手伝いが出来ないほどではないだろうけど、まだ小さい。商売の戦力になるには、もうしばらく時間が掛かることだろう。テートが子供たちに与える愛情はゼロではないだろうけど、どこか余所余所しいのが見て取れた。
こう言っては何なのだけど、教会の孤児院で、エミーに教育を受けている方が数十倍も幸福に見えてしまう。片方とはいえ、親が残っている方が幸福だ、とは言い切れないのだ。いやもちろん、幸福を測るのは感じる当人の問題だ。この三人が不幸だとは言い切れない。
何か、この子たちに、もしくはこの子たちと似た状況の子たちに、してあげられることはないだろうか。そう考える私は傲慢なんだろうか。
「今日はそれだけかい?」
テートはぶっきらぼうに訊いてくる。ああ、一つ注文しておくか。
「実はですね、折りたたみの椅子が欲しいんですよ。要らない時には仕舞えるような」
「また椅子かい?」
あるよ、という答えを期待していたのだけど……。テートは考え込んでいる様子だった。
「私が座っても大丈夫なくらい丈夫な椅子が欲しいのです。うーん、四脚くらい?」
「作ってみないとどういうものかわからないな」
つまり、椅子とは折りたたむものじゃないみたいだ。ここでの常識か、この世界の常識なのかは知らないけど。
「では、こういう風に」
私は紙を出して、図を描き始める。
「ははあ、なるほどな。面白いな」
私が提示したのは木枠を二つ、ヒンジで繋いだものだ。シンプルでわかりやすい。
「ここの金具……ヒンジは、今、小さいものをロールさんのところで注文しているので、それを使って試作してみてはもらえませんか?」
「わかった。やってみよう」
「ありがとうございます。ロールさんにはヒンジを追加で頼んでおきますので、それを使ってみてください」
「ああ、わかった」
ぶっきらぼうな中にも、テートの目には興奮が見えた。せいぜい商売のタネにしてくれれば嬉しいな。
家具屋を出ると、すっかり太陽が落ちていた。
急いでロールの工房へ向かう。
「ヒンジ、できてるよ。今日は来ないのかと思ったよ」
「遅れてすみません。ルーサー師匠のところで鍛冶作業をやってまして。あとはテートさんのところにも寄ってまして」
「ふむふむ……えっ、ルーサー爺さんと会話できるのかい?」
細面のロールが驚くと、すでに今日の作業を終えて掃除をしていた工房の職人さんたちも一緒に驚いた。
「会話、できますよ……? あれはあれで饒舌だと思います」
いやーおれは無理だわー、おれもむりー、おれちょっとわかる、のような会話が続く。私がルーサー師匠の弟子だと言うと、またまた驚かれた。
「ふむふむ、ルーサー爺さんが弟子をねぇ……。お嬢ちゃんは変わってるとは思ったけど、すごい変人なんだね。いや褒め言葉だよ?」
褒めてねえよ。
「まあ、偏屈なのは事実ですけどね。それで家具屋のテートさんに、気に掛けてくれ、って頼んだら、アイカさんと子供たちがルーサー師匠の工房に来てくれましてね。ご近所さん、でもないんですけど、テートさんも、アイカさんも、私がそう言っただけで行動に移してくれた、その気持ちが凄く嬉しくて」
「ふむふむ……。お嬢ちゃんもお人好しなんだねぇ……。いや褒め言葉だよ?」
褒めてねえ。
「アイカちゃんか。もういい年だよな。旦那が死んで戻ってきたとか」
「おれの初恋はアイカちゃんだったんだよな」
職人の一人がカミングアウトする。けど、案外驚かれないで、ニヤニヤ笑っているだけなのが、実に男子の会話だ。
皆妻帯者だったので、ついでに子供の事情についても訊いてみる。
「九歳とか十歳になると、もう働きに出されるな。おれたちもそうだった」
「その年齢になるまでは何をしてるんですか?」
「働ける子供は働かされるかな。お陰で今でも読み書きはできねぇ」
職人の一人が肩を竦めてみせた。だから、ここで鋳物を作っているんだ、と。
「ふむふむ……。オレとしては皆に生活の糧を提供しているつもりなのだけど?」
ロールが笑いながらも不満を表明する。
「それはわかってるさ、親方」
職人たちは豪放に笑って、親方であるロールの肩をバンバン! と叩く。雇用主と従業員以前に、幼なじみとか、そんな関係なんだろうか。
「ああ、それでですね、テートさんのところで椅子を注文していまして。その部品のために、百組のうち、二十組を渡してほしいんです。お願いできますか?」
「ふむふむ……この小さいヒンジといい、椅子を注文生産させることといい……何か新しい事を始めようとしているね?」
「ええ、まあ。新商品を作ろうとは思っていますが……。詳しくはまだ言えませんけど」
「ふむふむ……。お嬢ちゃんはケチなんだねぇ……。いや褒め言葉だよ?」
だから褒めてねえ。
雑談を終えて、八十組のヒンジを入手した私は、意気揚々とアーサ宅へと戻ることにした。
「ただいまー」
「そうね、遅かったわね。子供たちがいたから、先に夕食始めちゃったわ」
レックスとサリーが来ていた。二人は基本的にはお店で寝泊まり……ということになってるのだけど、三日に一回はこっちに来ている感じだ。いっそこっちに住んだ方が手間がないような気もするけど、この家がトーマス商店従業員寮、みたいになっちゃうから、ちょっと考え物ではあるか。
「こんばんは!」
「こんばんは、お邪魔してます」
レックスとサリーは食事を中断して立ち上がり、お辞儀をした。私は手で制して、自分も食卓に座る。
今晩のメニューはお魚。食べるうちに身体の活力が戻ってくるのがわかる。
「シェミーが魚食べたいって言ってたからさ。アーサさんとお買い物に行ったさ」
「魚を食べないと力が出ないんだわ……」
加えて自分で漁が出来ていないのもストレスになってるみたいだなぁ。
「そうね。ここは港町ですものね」
「アンタも魚好きじゃない?」
「うん? 何でも好きだよ?」
そう言っておかないと、アーサお婆ちゃんが毎日お魚メニューを並べてしまう。色んなものを食べなさい、とは、元の世界のホームランキングが言っていた名言ですよ?
「ああ、そうそう。明日の昼くらいに、トーマス商店に来られる?」
先に食事の終わっていたドロシーが話し掛けてくる。
「うん? いけるけど? 何かあるの?」
「ギルバートさんが来るから、アンタを呼んできてほしい、ってさ。改装の件だと思うわ」
「ずいぶん話が進んでるけど……」
「ほら、昨日、アンタが言ってたじゃない。ただ強化だけするのは難しいとか同一面が連続してとかなんとか」
「うん、ああ、それでドロシーがトーマスさんに話してくれて、ギルバートさんを呼んでくれたって話になるわけか」
「そうそう、呼んでおいてあげたわ!」
えっへん、と威張るドロシーはキュートだなぁ。
「ありがとう。外壁の強化案はちょっと思案中でさ。本職の人となら、いい案が出ると思う」
「もっと感謝してもいいのよ?」
「うんうん。今晩からは『道具箱』の練習も、次の段階にしようね」
えー、とドロシーが声を上げたところで、アーサお婆ちゃんが軽く手を挙げた。
「そうね。私もやりたいわ」
えー、と全員が声を上げた。
「あのあの、ボクも教えてほしいです」
「私も教わりたいです」
レックスとサリーも、おずおず、と手を挙げた。教えるのは柄じゃないんだけどなぁ。
「じゃあ、今からやりましょうか」
ドロシーとサリーには立派な魔法使いになってもらわなければ。
――――どこかにサマンサはいないものか。




