※騎士団の副団長
ドロシーにつられて早朝から起床する。まだ外は薄暗い。
モノはついでというか、魔力回復ポーションを納品に行かされるのはお約束だと思っていたし、それを大量に発注したのは騎士団だ。
それまではドロシーを手伝うことにする。
開店準備、とは言っても、看板を出して、薄暗い店内の魔導ランプに魔力を通して灯し、『保管庫』から、店内カウンターの冷蔵庫に一定数のポーションを移動させるだけ。『道具箱』を持っていない冒険者も多いので、使い捨ての布袋(これは有料だけど水を通さないので汎用性もあり、隠れた人気アイテムだったりする)も大量に準備する。
ドロシーは軽く店内を清掃、トーマスからのメモを参照して、掲示板に本日のポーション価格を転記していく。
「こっち終わったよー」
「こっちもいいわ」
入り口扉の閂を開けて、営業中の印に一つ、魔導ランプを外に設置。ボンヤリと看板に書いてある『トーマス商店』の文字が照らされる。
「おはようございます。いらっしゃいませ」
ドロシーが声を掛けると、すでに入り口で待っていた冒険者たちが店内に入ってくる。
「中級三十本」
「中級二十に蛙十本」
「中級四十本」
目が醒めないうちから、このペースで続々注文が入り、ポーションが売れていく。さすがは冒険者ギルドに一番近い道具屋だ。このようなポーションは薬屋でも売っているんだけど、薬屋は医療目的の色が濃く、開店も遅めだ。
また、他の道具屋でもポーションは売っているのだけど、これも立地の問題と、価格差もあって、ほとんど独占販売状態になっている。
トーマスの方針が薄利多売だということも影響していると思う。原材料の採取を自前でやっていたり、冒険者ギルドと採取のクエスト依頼を、最初に提携したのがトーマスだったこともあり、原価そのものが安い。
加えて、トーマスが商業ギルドの副支部長ということもあり、他の道具屋からの苦情を撥ね付けられる立場にもいる。結局、トーマス商店が他の道具屋に卸しているケースもあったりして、実に腹黒い。
こうして私がたまに手伝ったりはしているけど、人数的にはもう一人二人、従業員がいても良さそうな規模だ。この点、ドロシーはどう思ってるのかしら。
朝の冒険者ラッシュが一段落つくと、寝ぼけ眼のトーマスが作業場から出てくる。一晩中、錬成作業をしていたのだ。
トーマスは私に視線を送ると、
「魔力回復ポーションを納品してきてくれるか。場所はわかるよな?」
と言ってきた。うん、織り込み済みだ。
「騎士団の駐屯地ですね。はい、わかります」
ロータリーから見て北東の方角。街道沿いだ。
「うむ、頼むぞ。儂はもう一眠りする」
そう言って、トーマスは木箱と納品書を私に手渡すと、さっさと奧に引っ込む。
ドロシーと視線を合わせる。
「後は任せて」
と、配達を促される。騎士団は大量発注をしてくるときがある。往々にして急ぎの場合が多い。
「うん。じゃ、行ってきます」
怪力に任せて小脇に木箱を抱えて、店の正面から出て行く。カランカラン、と扉に付けているベルが鳴る音を背後に聞きながら。
まずは北通りを北上していく。この道は真っ直ぐ行くと北門に出て、そのまま王都への街道に繋がっている。ポートマットの町は港側、つまり南側から北に向けて拡張が進んだため、北に行くほど建物は新しい。今は西に向けて拡張しているから、町の発展は、建物の古さでグラデーションに見えるものなのだろう。
ひっきりなしに馬車とすれ違う。面白いのは、王都もそうだったけど、左側通行で統一されている点だ。国が決めたルールなのか、気になるところだ。
「えーっと……」
北門の手前、東側に塔が見えた。騎士団の駐屯地だ。
馬車に注意しながら北通りを渡る。
この辺りは鍛冶屋や武器屋、防具屋の商店が多い。騎士団の装備の納入やら修理やらの需要を目当てにして集まっているのかもしれない。
ススが燃える臭いがうっすらと漂い、カキーン、カキーンと金属を打つ音が遠くから響く。鍛冶屋っぽくていいなぁ。
何かを作ってみたい。そんな欲求が湧いてくる。ポーションは消耗品というか……モノ作り欲を満たすものではない。こう、武器とか防具とか……。形あるものを作って残したい。
もしかしたら、言われるまま、流されるまま、暗殺稼業に身を染めていることに、心のどこかが反発しているのかもしれない。
いやいや、浮き世舞台の花道には表もあれば裏もある。うつろいやすい人生だからこそ、人は何かを残したいと思う。それは当然じゃないか。
と、人生と花道にまで思考が及んだところで、駐屯地の門前に着いた。
「すぅ~」
息を吐いて目を瞑り、営業モードになって―――まあ、そんな大層なものじゃないんだけど―――衛兵に話しかける。
「こんにちは。トーマス商店です。納品に参りました!」
ドロシー曰く『初見はまず純朴な幼女だと勘違いする』営業スマイル。いや、かなり失礼な気もするけど、褒め言葉だよね? それ。
「お、道具屋の娘か。ちょっと待ってな。こっち入っていいぞ」
もう一人の門番に声を掛けて担当者を呼びに行かせたようだ。しばらく掛かるらしいとのこと。たかが納品に面倒なことだ。
私が門の内側に入ると、門番は間髪容れずに門を閉める。セキリュティ上は間違っていないけど、閉じ込められた感覚でもある。
「待たせたな。なっ! プッ! 久しぶり……だ……です……」
エルフ女が到着して、横柄な口調で私に声を掛けたかと思うと、驚いて顔を赤くしてから青くして、謙った口調に改まる。
「あら、こんにちは、フレデリカさん。お元気ですか?」
私は営業スマイルのまま、エルフに問いかける。
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【フレデリカ・フォレスト】
性別:女
年齢:20
種族:エルフ
所属:ポートマット領主軍
賞罰:ポートマット市民第二位勲章
スキル:気配探知LV5(物理) 強打LV5(汎用) 高速突きLV5(汎用) 長剣LV5 両手剣LV5 短剣LV5 細剣LV5 盾LV3 加速LV3 打突LV5
魔法スキル:浄化LV1
補助魔法スキル:光刃LV1 光盾LV5
生活系スキル:採取LV3 解体LV3 飲料水 点火 灯り ヒューマン語LV4 エルフ語LV5
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フレデリカは、まるで生きている彫刻だった。エミーよりも黄色みの濃い金髪(しかも縦ロール)、緑色の瞳、血管が見えそうな色白、長身の痩身。この世のものとは思えない美しさ―――なんだけど、口を大きく開けて私を見ている姿には、私だけではなく、隣にいた門番の騎士も、その違和感に驚きを禁じえない様子だ。
驚きと言えば、このスキル構成。ユニークスキルこそないけど、これはほぼ、勇者と同等と言って良い。
「失礼……した……………。納品とのこと……だが」
フレデリカは取り繕って、平静に戻る。内心は知らないけど。
フェイも美形ダークエルフではあるけど……フレデリカの造形は完璧と言えた。本来の『エルフ』は小型妖精の一種で、いつの頃からか、等身大の美形種族がスタンダードに変容していった経緯がある。某島小説の影響という話もあるし、某ダンジョンRPGの影響だという話もある。
つまり『エルフが等身大である』のは、伝説や伝承以外の、創作物に由来するものだ。しかし、フレデリカは人間大、実物の美形エルフとして、ここに(困ったような顔で)立っている。ということは、この世界が、ゲームか小説の中なのではないか、と、そんな想像をしてみる。
いやいやそんな馬鹿な、とは思う。けれど、この、『金髪好きな日本人が作った』ようなフレデリカを見ていると、一方で真実かもしれないとも思える。召喚された勇者に金髪の割合が高いのも、この世界の何かに影響されてのことなんじゃないかと。
「どうし……たね?」
怪訝そうにフレデリカが訊く。
「いいえ、いつものようにお美しいですね」
私は営業スマイルのまま、お世辞を、いや本心を言った。
フレデリカは一瞬だけ疑問符を顔に浮かべた後、すぐに口だけで笑う。
「そ……そう…かい、それはありがとう。倉庫まで付いてきてくれ……るか?」
ぎこちない笑みを浮かべる。
フレデリカは騎士だからか物言いを男性的にするように心がけているらしい。騎士の軽装も相まって、宝塚的な流麗さがある―――はずなんだけど、ぎこちないので、台本を棒読みしている演劇初心者にも見える。思わず拳を握って頑張れ、と言ってしまいそうになる。
「わかりました」
門番に一礼して、倉庫までの同行をフレデリカにお願いする。
「こっち……だ」
フレデリカが手招きをする。周囲に人影がないことを確認した私は、浮かべていた笑みを止める。
「どう? 慣れた?」
私が口調を変えて話し掛けると、フレデリカはビクッ! と身体を震わせて、歩みを止め、私の方に振り向く。
「慣れてきた……きま……した」
「口調がバラバラね」
「すみません……」
しおらしくなるフレデリカはちょっと愛らしい。
「もうさ、騎士風で統一しようよ。私に敬語とかいらないし?」
冷たく視線を送る。フレデリカが固まる。
「はい……わかりまし……わかった」
「うん」
私が頷くと、硬直したフレデリカも柔らかくなる。
「で、どう?」
「何故か副団長に昇進……した」
ボソッとフレデリカが言う。
「えー?」
「いや、本当に。先日、模擬戦をやって……。団長も倒してしまうところ……だった」
「手抜きはばれてはいない?」
「わからない。多分、ばれてはいない……はず」
フレデリカの演技力の無さを現在進行中で感じているため、私は不安になる。
「うーん、フレデリカはちょっとドジくらいで丁度良いはずなんだけどなぁ」
「それが、どうも……失敗しづらい……のだ」
無理矢理に騎士口調にしている美形エルフが困惑の表情を浮かべて、苦労して喋っているのを見るだけでも、ちょっと楽しくなる。
「まあ、ねぇ……」
筋力やらのパラメーターまでは、『人物解析』は見せてくれない。隠しステータスのようになっているみたいだ。フレデリカのスキル構成は『剣士』っぽいので、おそらくは速度特化ではないかと思われる。それは、フレデリカの初期スキルをコピーして、私の剣の速度が大幅に上がった事からも推測できることだった。
「それに、あまりドジだと、下がついて……こない」
「中間管理職ってことかー。部下との関係は?」
「良好だと……思う。少し恥ずかしい……が」
顔を赤らめるフレデリカ。美形過ぎるので、人形に紅をさしたような感じだ。エミーの時のようにドキドキはしない。
「そっか。まあ、もうしばらくは静かにやっててよ。部下を持ったり育てたりするのも、きっといい経験になるよ?」
そうそう、今の私みたいにね。
私とフレデリカの関係は、一般的な意味で言えば、実際は上司と部下になるだろう。主人と奴隷とも言えるし、脅してる側と脅されている側とも言えるか。
「そう……かな」
フレデリカが納得したような表情になる。
話しながらも歩みを進める。門の詰め所を抜けると、運動場のような広場があった。普段はここで訓練をしているのだろう。見ると数人が一組になって、何やら組み手のようなことをしている。動きは緩慢で、あれでは中級冒険者にも劣るのではないか。まあ、私が管理する組織じゃないから、どうでもいいか。
「こっち……だ」
広場の奧に離れがあり、ここが倉庫になっているようだった。小学校の体育館の半分ほどの大きさの………それなりに大きな建物だと言えた。
フレデリカは鍵を自分の『道具箱』から取り出し、倉庫の錠を開け、引き扉を開ける。
「ここに置いて……くれ」
言われた場所に木箱を置く。納品書を渡してサインを求める。
「はい、納品完了っと。ところで、魔力回復ポーションを大量に発注したってことはさ。何か遠征でもあるの?」
フレデリカは無表情を保っているようで、微妙に表情が険しくなる。ああ、こういう繊細な表情の変化を好む男性は多いだろうなぁ。人望があるっていうのも、下心含めてだろうけど。あー、別にこれは羨望とかじゃない、と思う。
「一部ではもう噂になって……いる。ワーウルフが北西の山に出た……らしい」
「ワーウルフって、狼人間?」
「の、幼生体……だ。まだ二足歩行はしていない……はず」
ワーウルフは、四足歩行の段階では狼そのものだけど、育つと二足歩行をするようになり、俊敏さに加えて簡単な武器も使うようになる。繁殖能力が高く、見つけたら山狩りをして殲滅しなければならない。
「繁殖が早い、ということ以外は、生態はよくわかって……いない。時々突然発生する……らしい」
「なるほどねぇ……」
ま、私には関係のない話だ。北西の山と言えば、昨日のヘベレケ山よりも、もっと北のコネリ山の事だし、普段の私の狩りエリアからはかなり外れた場所だ。
「せいぜい狩り中には気をつけるとするよ。じゃ、私はそろそろ行くから」
辞去しようとすると、フレデリカが手を軽く挙げた。
「あ……」
「ん、何かあった?」
何か言いたげなフレデリカ。私は下から、首を傾げて覗き込む。
「寂しかっ……た」
「うん」
営業じゃないスマイルをフレデリカに。
「心細かった……よ」
「うん」
崩れ落ちるフレデリカ。そっと頭を撫でる。
「ヒマを見つけて……遠征が終わったら、トーマス商店か、私の家においで? 何か料理作るからさ?」
「うん、ありがと……う……」
最後のありがとう、は日本語で、私の耳にはダブって聞こえた。
フレデリカは、一年前に召喚されてきた勇者だ。
そして、私の唯一の、説得成功例だ。
「副団長~?」
と、そこに騎士団団員の声がする。
「な、なん……だ?」
フレデリカは立ち上がり、手で顔を拭う。しかし団員はしっかりと誤解をしたようで、
「お前! 副団長に何をした?」
まあ、ドワーフ幼女にいじめられている? 騎士団副団長のエルフ。誤解というより混乱させる図ではあるか。
「なんでも…ない! 足をぶつけたので痛かっただけ…だ!」
「はっ? はぁ」
ほら納得してない。演技も言い訳も下手な副団長ですこと。
結局、団員の誤解が解けたのは、それから五分ほど、フレデリカが弁明を続けてからだった。
――――あー、エルフめんどくさい。