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4 地下の鍵

 王都の外れにある屋敷に到着してからは、あっという間に日が暮れてしまった。


 王都内でも東の端、貴族の邸宅がある地域にありながらも、下町にも浸食されている位置にあるその屋敷は、いつの頃からか転売に次ぐ転売で持ち主も分からなくなった。手入れのされていない庭に顔をしかめる近隣住民は居ても、生活をしている雰囲気も感じられず放置されていた。周りの住民からは皮肉を込めて『お化け屋敷』と呼ばれるような代物だ。


 屋敷の扉の鍵は、新品の物へと付け替えられていたが、力技で壊された。

 アリシアの手は疼いたけれど、こんな大勢が見守る中で鍵開け技術を披露する訳にもいかないので、大人しく馬車の横で見守っていた。

 広い屋敷の中には地下へと続く階段と扉があり、これもランクス達と呼び集められた警官達の手によってこじ開けられた。地下から救出された子供達と若い娘達が保護されていく。

 自分はどうしてこの現場へと同行を求められたのだろうと、アリシアが馬車の側でぼんやり思い始めたころ、険しい表情をしたランクスがアリシアの所まで戻ってきた。


「バーンズ侯爵はこの為に君を寄こしたんだな?」


 ――ああ、私の出番がやってきたのだ。

 アリシアはゆっくりとランクスと目を合わせた。


 じっとアリシアを見つめた後、ランクスはアリシアを伴い屋敷へと歩を進めながら話し始める。彼の歩幅に合せるために、アリシアは自然と小走りとなってしまっていた。そんな彼女に構っている余裕は無いのだろう、険しい表情のまま前を見据えて歩いている。背が高いという訳ではないけれど、ランクスはアリシアよりは頭半分くらいは背が高い。つまりは歩幅に差が出るという事で……。


「貴女が今日持ってきたカールストン伯爵の書類は、明らかに金庫に納められている類の物だ。つまりあの日、貴女は金庫を開ける為にあの場所にいた」

「っ……はい」


 息が少しだけあがってしまっていた。乗馬と護身術以外に、今度は競歩でも始めてみようかと思いながら、何とか追いついて答える。

 すっかり敬語も吹き飛んだランクスが、アリシアが息を切らせている事に気付き足を止めた。自分の行動を恥じるように息を一つ吐くと、少しだけ冷静さが戻って来たのか、ランクスは苦笑いを浮かべた。


「すまない。気が急いてしまってつい……」


 彼は自らの外套を脱ぎ、アリシアをすっぽりと覆った。まるで全ての視線から守るように背に手を添えて、今度は歩調を合わせて進む。

 日が暮れて気温が下がって来たので外套はありがたい。内側からもぽかぽかしてきて熱いくらいだ。それでもランクスが自分を気遣ってくれたのかと思うと嬉しくて、そっと外套の合せを握る。背に添えられた手をやけに意識しながら、アリシアは目的の場所へと向かった。


「地下室の人払いは済んでいる。劣悪な環境での作業となるが、何とか地下の鍵を開けて欲しい」

「任せてください。その為に私は今ここに居るのですから」


 アリシアは力強く頷き、絶対に出来ると自分自身に言い聞かせた。




 地下は酷い有様だった。

 換気もろくにされていないだろう狭い部屋は、ジメッとした土の匂いと()えた匂いが混ざり合っている。元々地下にあった食糧貯蔵庫を、旧時代の遺跡通路と繋げたようだった。

 遺跡通路は王都の地下に張り巡らされていて、今では地盤沈下の原因として人々の槍玉に上がる程度のものだけれど、地下活動を行う者には恰好の隠れ場所なのかもしれない。

 幸い広い範囲には及んでおらず、遺跡は通路が土砂で埋まった為ポツンと取り残された場所だったようで、内部の捜索はすぐに終わった。

 攫ってきた女性や子供達を閉じ込めていた者たちは仲間割れを起こしたのだろうか、全部で三名、手前の部屋で血を流し事切れていた。


 問題の扉は一番奥に鎮座していた。


 既に遺体は運び出されたようだが、所々の地面に掛けられた布と、その下に隠された血を意識しないように顔を上げて、アリシアは扉の前へと進む。

 扉の奥からは微かにすすり泣きが聞こえる。

 横ろからランクスが補足する。


「鍵は外国製のようだ。どうにか開けようと試みたんだが、これだけがどうしても破壊出来なかった」

「それはそうでしょう。扉の意匠に王冠の紋、北部大陸クロークイズ国の王家御用達鍵師の紋章ですもの。これ一つでこの屋敷と同額か、それ以上はする代物です」

「開錠出来るのか」

「もちろんです」


 この場でこれ以外の言葉を口にするなら、居る意味などありはしない。


 確かに近づくと表面には硬いものを打ちつけたようなへこみや、扉付近を無理やり抉じ開けようとした傷が見受けられる。鍵穴部分にガチガチと付けられた傷を見て、アリシアは舌打ちしそうになってしまった。

 それでもこれは自分の役目だと、小さな工具を取り出す。


「大丈夫、すぐにここから出られますからね」


 極力安心させられるように、優しい声音を心掛けてゆっくりと発音しながら、扉の奥に話しかける。

 アリシアは迷いのない動きで工具を手に取ると、早速開錠に取りかかった。



 救出された人物を抱えるランクスに続く様にして地上へと戻ったアリシアは、見慣れた馬車と彼を見つけ思わず駆け出す。

 そのまま勢い余ってぶつかりそうになって、やんわりと両腕を支えられた。

 嗅ぎ慣れた葉巻の匂いとよく知る大きな手の感触に、自分の身体が小刻みに震えていた事に初めて気がついた。


「ハルフェイノス様、地下の鍵穴は全部(・・)外側にしかありませんでした」


 アリシアが開錠に成功するのは、ハルフェイノスにとってはきっと当たり前。

 だからそれだけを伝えると、アリシアは意識が薄くなっていくのに逆らえなかった。



 ・・・・・・・・・・



 ハルフェイノスは待たせていた馬車の扉を一旦閉じ、後ろに佇むランクスに振り返った。


 開錠はものの数分で済んだようだが、アリシアはかなり精神的に疲労している。ここまで戻ってくる姿も足元が怪しかった。今は馬車の中で気絶するように眠りに落ちているだろう。

 きっちり自分の役目を果たそうとするアリシアに、手放しで褒めて甘やかしたい気分になる。こんな場所へと足を踏み入れさせた自分に、その権利はないのだが。


「一番奥の鍵穴は、王都一の鍵師でも半日はかかる代物だよ」

「何故それを。……いえ、それを見越して彼女を寄越したのですね。」

「この件を調べるためにどれだけ下準備をしたと思っているのかな。地下工事の為にこっそりと業者を呼んだのもお見通しだし、有名な他国製の鍵を設置したのも知っている」

「ならばどうしてもっと早く連絡をくださらなかったのですか。企みの阻止だって出来たでしょうに! そうすれば、彼女にこんな思いをさせなくても済んだはずです」


 思わず強い言葉を口にするランクスを、ハルフェイノスはちらりと見る。


「事前に察知するなんて誰にも出来ないよ。この件だってアリシアが夜会で資料を手に入れてきてくれたからこそ、点と線が繋がったんだ。あの夜、書類を金庫から救出しなければ、大捕り物のどさくさでどこぞの護衛騎士に処分されていただろう。

 憶測で動く訳にはいかないし、私が情報を得るのはほとんどが合法的な手段だ。あたりを付けて強制捜査なんて出来ないのでね」

「ほとんど、ですか。なら私と彼女が出会ったのは、僥倖だったという訳ですね」


 頭に血が上っているのだろう。挑発的なランクスの言葉に、ハルフェイノスは一つ眉を上げる。自分が非合法な真似をしている事は分かっている。それでも悲願の為には手段を選ばないと決めたのだ。


「アリシアが鍵は全て外側だったと言った意味が分かるかな。その残酷さには気付いているかい?」

「……っ!!」


 ハルフェイノスは言葉に詰まったランクスに頷く。


「カールストンが捕まった時点で、あの場所は切り捨てられたのだろうね。見張り共々地下室を埋めて、よくある旧時代の埋もれた地下道に戻すつもりだったのかもしれない。仲間さえ彼等(・・)にとっては使い捨ての駒だ。そして一番奥の部屋に閉じ込められた人物でさえも」


彼女(・・)は無事かい?」というハルフェイノスの問いに、ランクスは無言で肯首する。


「先程の発言は私の不注意でした。申し訳ありません」


 張りつめた空気を漂わせるランクスに対して、ハルフェイノスは続ける。


「謝るならその分あの子の安全に気を配ってくれるかな。もうこんな綱渡りの様な事をさせようとは思っていないけど、相手は手下諸共土砂で埋めようとする様な連中だ。アリシアは優しいから、これから先きっと進んで君を手伝おうとしてしまう」


 (ランクス)だって分かっている筈だ。

 レンディール第一王子への信書には、捜査への協力にあたりアリシアへの警護を、稀有な素質を貸し出す絶対条件として盛り込んである。それを第一王子が了承したからこそ、この男はアリシアを同行させ、側に付いていたのだから。


「すぐに君の上司に知らせた方が良い」

「もちろんです」

「今後の件もあるしね。良ければ私も同行しよう」

「ですが……いえ、お願いします」


 一瞬馬車の方に視線を送ったランクスだったが、すぐにハルフェイノスに向き直る。


 先日の話しぶりだと、アリシアはこのランクスに好印象を抱いていたようだ。ハルフェイノスが調べた限りでも、醜聞の類は出てこなかった。最後の尋問でも車中でさせてもらおう。そんな事を考えながらランクスの馬車に同乗する。

 バーンズ家の御者は心得たもので、既にアリシアをフェンクローク家へ送り届けるために馬に鞭を入れていた。






 これは私怨に基づいた復讐だ。それは第一王子も同じ。

 本当ならばあの子を巻き込んではいけない。それでも共にその場に立ち会ってほしいと望むのは、ハルフェイノスの勝手な願望だ。

 だからせめて身を守る術を教えた。強固な盾だって用意しよう。

 これから先、どんな危険が付き纏っても最後まであの子を側に置くために。



 ――私は酷い人間だ。




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