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フェンクローク伯爵令嬢 2

一人称となります。

よろしくお願いいたします。

 

 この国の第一王妃、マリアルー様の葬儀はしめやかに執り行われていた。

 涙の様に落ちる雨粒は、彼女の人柄を表すように柔らかい。

 私の腕の中のスーシア王女はきょとんと黒い装束の人々を見ている。二歳になるかならないかでは、眠るように横たわる母親(マリアルー様)の死は上手く理解できないのだろう。九歳になったレンディール王子はきちんと正装し、父である国王の傍らにじっと佇んでいる。もとから大人びた子供だったけど、今はもう、丸さの残る輪郭の顔に子供らしさは欠片も窺えない。


 滑稽なほどに泣きはらす女が一人。

 蓋の閉じられる前の棺に取り縋り、声を上げて涙を流している。

 第二王妃のミレルヴァ。その腕にはスーシア王女と同じ年のオザナム王子を抱き寄せながら、演技過剰で泣いている。

 白々しさに吐き気を催すのは、きっと私だけじゃない。



 突然の急死に様々な憶測が飛び交ったけれど、すぐに病死と発表された。隣国との和平の象徴であるマリアルー様の死に暗殺の疑いありなんて、口が裂けても言えるわけないから。和平が結ばれてほんの十年、隣国の王にとって幼い孫二人の存在は、愛娘ほど重くはないだろうから。

 護衛を固めて物理的に備えていた筈なのに、この体たらく。護衛達は後を追おうとしたけれど、国王によって止められた。

 彼らは今、より一層の覚悟でレン様とルー様の護衛に回された。


 マリアルー様が病死なんてもちろん城内の誰も信じてない。それどころか一番得をする人間なら、皆気づいてる。

 だから主君より内密調査の指示が来た時に、迷うことなく引き受けた。

 バーンズ侯爵家は王家の『耳』。私は主君の忠実な駒だ。

 公式機関も動いているはずだけど、相手の権力を考えると真実を明らかにするのは中々に厳しそうだ。危険を伴う内容に、今回の案件は他の者に回してもかまわないとは言われた。今の職分の第一は世話係という名の護衛だと、頭では分かっているんだけれど。


「レンディール様、きっと真実を見つけてみせます。人は知る事によって強くなれる生き物なのですから」


 九歳の子供にこんな約束をし、膝を折る私はきっとどうかしてる。


「……本当に?」


 自棄気味だったレン様の瞳とやっと視線が合う。

 スー様は最近夜泣きが酷くなった。レン様は殆ど笑わなくなった。


「もちろんです。私が嘘をついたことがありますか?」

「いっぱいあるだろ。ルクレツィアはダメな侍女だ」

「えええ~」


 漸くレン様が少しだけ笑ってくれる。笑うとえくぼが出来て、表情だけでも子供らしさを取り戻してくれた気がする。


「……危ないことをするのか」

「大丈夫です、私が強いことはご存じでしょう?」


 小さな声で「うん」と返した少年を、膝立ちでそっと抱き締める。

 護衛としては役に立っても世話係としては半人前の私は、言葉を尽くして二人の心の傷を癒すとかはやり方が分からないのだ。いつだって抱き締める突発行動が関の山。それでも何とか二人を元気づけたかった。

 だからって辛い出来事を克服するには、真実を明らかにするのが一番だと経験値から考えてしまう辺り、やっぱりずれているのかもしれない。


「ルクレツィアは変な侍女だな。みんな第二王妃に尻尾を振るのに忙しいのに。こんな所で忠義を尽くしても、きっと見返りなんてないんだぞ?」


 それでも側にいて欲しい。幼い瞳はそう言っているようで、私はやっぱり()を思い出した。


「駄目な上に、変ですか。敬愛するレンディール様にそんな事を言われたら、私は泣いてしまいます。よよよ……」

「やめろ気持ち悪い」


 心底嫌そうにしながら、レン様がまた少しだけ笑ってくれた。


「その言葉、以前好きな人にも言われたことがあります。だから私の『変』は筋金入りなんですよ」



 ・・・・・・・・・・



 鎖がじゃらじゃらと鳴る耳障りな金属音。

 痛みは感じているはずなのに、何処か他人事のように頭の中心は冷静だ。


「どうして、どうして私が一番じゃないの!?」


 ギリギリと私の首を絞める女は、幼子のように泣きじゃくっている。

 これでは拷問して情報を引き出すことも出来ない。私を攫った男も、そして女の隣に立つフードの男も、止めれば良いのに二人とも固まった様に動かない。

 ミレルヴァ第二王妃がこんなに取り乱すとは思っていなかったのだろう。




「これはこれは。この様な場所へお出でくださるとは」

「酷い場所ですこと」


 フードを目深にかぶった女があからさまに顔を顰めた。口元だけだって誰かなんて分かる。

 今まで追求が緩かった理由に得心がいった。彼女が来ることが分かっていたから。


「ごきげんよう、ミレルヴァ様」

「黙りなさい、薄汚い泥棒め」

「いい加減吐いたらどうだ、薬をどこに隠した」


 もう一人、ミレルヴァの後ろのフードの男が口をきく。


「まあ、メールナード侯爵様ではありませんか。父娘揃って良い趣味をお持ちですね」


 フードの男が無言で手を上げると、空を切り鞭が振り下ろされる。


 ミレルヴァの宝石箱から薬とその処方書を手に入れた。処分もせずに後生大事に持っていた所をみると、まだまだ使いたい人間がいるらしい。まったく困った方向に積極的な王妃だ。

 アストーンの検査では発見できない、東方大国製の植物由来の毒薬。

 何とか主君に届ける定期連絡の隠し場所に置いたけれど、私自身は捕らえられてしまった。

 私を捕らえた男は今後ろで鞭を構えている。こんな手練を雇っていたならば、最初の頃の雑な刺客は何だったのかと素直に聞いてみたい。そしてこれだけの熟練者に徹底的に探されたなら、発見されてしまうかもしれない。


 つまり私は失敗した。

 あんな大見得切ったのに、最後は黒幕に捕まっておしまいなんて、ホントに私らしくて泣けてくる。太く短くが私の人生のモットーだったけど、流石にこんな結末は望んでなかったな。


 せめてレン様とスー様の命が脅かされてしまう確率を下げたい。私は賭けに出る。ミレルヴァの心を抉って抉って、弱さを引き出すために。

 何をしたって、何を言ったって。


「泥棒は貴女でしょう、ミレルヴァ様。あの宝石箱の中で、私は見つけたんですよ。マリアルー様付きの侍女の一人が無くしたとして職を解かれる原因になった、陛下が贈ったプレゼントの指輪。それに輿入れの時にマリアルー様がお持ちになった碧石のブレスレットも。宝物庫の中にあるはずのものが、どうしてあんな中にあるのでしょう? ほら、私の首下の碧石のブローチと同じ輝きですからね、間違えようがありません。

 そして今度は、第一王妃の座が欲しいのですか? 他国より輿入れした本物の(・・・)姫君のマリアルー様を殺しただけで、貴女が唯一の王妃になれると本当にお思いですか?」

「黙りなさいと言っているでしょうっ!」


 パンッと乾いた音が鳴る。

 いや、鞭で打たれている私が頬を叩かれたくらいで黙るはずがないでしょう?





 ミレルヴァ第二王妃の気持ちなんて知らない。

 メールナード侯爵の企みなんて知らない。

 鞭を構える男の心情なんて、もっと知らない。


 私の首を絞めるなんて暴挙に出た箱入りの第二王妃は、茫然自失と床に座り込んでいる。爛々と輝く緑の瞳が見ているのは、私の首下のブローチ。

 二年前レン様とスー様を守った時に、マリアルー様から頂いた碧石のブローチ。マリアルー様の祖国でのみ加工が出来る精巧で美しいカットの宝石は、私にあらゆる権限を与えてくれた。これのお蔭でどれだけ情報収集がやり易く、二人を守る事が出来たか。


 今だって、色々な意味で碧石は私に機会を与えてくれている。


「これが……欲し……い?」


 想像以上にしわがれた声が出た。それでも唾を飲み込んで、精一杯蠱惑的な声を目指す。

 ミレルヴァの瞳の色が強くなった。あともうひと押し。


「欲しいなら、また盗めばいいでしょう。手癖の悪い王妃様?」


 私の首に再度手をかける、哀れな女に笑ってみせる。


 もしかしたら彼女はこの碧石を手元に置くかもしれない。それは確実な綻びになる。主君がきっといつか見つけてくれるから。

 でもそんなのは私の希望で、結局はただの犬死になのかもしれない。




 思い出すのは約束を破ってしまったこと。

 レンディール様とスーシア様。そして彼らを通していつも想っていた二人のこと。







 アリシア、最後に抱いたのはもう二年近く前のこと。遠目に見る事を許されたあなたは、幸せそうだった。この私が娘を産んでその子が伯爵令嬢なんて、世の中は本当に何が起こるか分からない。決して交わらない人生だったけど、あなたの事を想わない日はなかった。


 ハル坊ちゃん、沢山傷つけてごめんなさい。あの時貴方は若すぎたし、私は身勝手だったから、こんな風にしか出来ませんでした。それでも確かに、私は私なりに貴方の事が好きだったんです。どうか貴方を留学させたバーンズ様を責めないでください。


 バーンズ様が最後まであの子の事を黙っていてくれると良いんだけれど。

 でもやっぱり、バーンズ家に生まれたハル坊ちゃんは、自分で調べ上げてしまいそう。

 一番は、それぞれが別々の人生で幸せに過ごしてくれること。

 でも、もし万が一にでも真実を知ったなら……二人が仲良くしてくれることを身勝手な私は望んでいる。


 そこに私はいなくても、それはきっと私が一番欲しかったものだから。



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