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10 碧の幕開け

「母上、東方の姫など僕は願い下げです」

「まあまあ、我儘を言ってはいけませんわ殿下」


 ここは第二王子オザナム・ユーセ・アストーンの執務室。


 母である第二王妃のミレルヴァは、息子の機嫌取りに躍起になっていた。頬を膨らませてむくれる様も愛らしい自慢の息子だ。ミレルヴァ譲りの緋色を帯びたブロンドと目の覚めるような緑の瞳の組み合わせは、社交界の令嬢達を虜にしてやまない。

 今まで反抗らしい反抗もせずにすくすくと育ってきたオザナムは、東方の姫との婚姻にはなかなか首を縦に振ってはくれなかった。


 東方大国王女のアストーン国への輿入れは、次代の王の妃として予定されている。十年以上も前に結ばれた和平条件の一つ。この数十年で大陸の争いは粗方静まり、和平や協定によって、王都まで戦火が及ぶなんていう事も無くなった。しかし隣国ではなくても、アストーンの倍の領土を持つ東方大国との縁談は、決して覆らない契約。

 つまり彼女を娶った者がこの国の王になる。


 本来の許嫁相手はもちろん第一王子のレンディール。

 それをオザナムの妃へと、ミレルヴァは国王にお願いを出しているのだ。

 今まで国王から否という返事は届いていない。肯定の返事も届いてはいないけれど。

 でもそれはいつもの事だし、忙しい国王と顔を合わせる機会自体が公務出席以外ではあんまりないのだから仕方ない。

 今まで大抵のお願いは通って来たし、今回もきっと聞き届けてくださるに決まっている。

 アストーン王に相応しいのは、ミレルヴァが産んだオザナムなのだから。


「黒髪黒目の娘なんて、僕に相応しくないっ」


 母の訪問に気が緩んだのか、成人して『私』と自称するようになった筈のオザナムは、ついつい口を尖らせて少年期の様に『僕』と言ってしまう。



 ――(わたくし)だって黒髪の女なんて見るのも嫌よ。あの女(・・・)を思い出すから。

 ミレルヴァは黒髪が苦手だ。

 王宮では自分の傍から極力排除したし、嫌悪が伝わったのかオザナムも好みではないようで、昔から熱を上げたり気に入るのは明るい髪色の娘ばかりだと知っている。

 オザナムは執務机に突っ伏して唸っている。

 そんな息子の気分を逸らそうと、ミレルヴァは口を開く。


「正妃など飾りです。王女を娶り立太子となってから、いくらでも殿下好みの美姫を母が揃えましょう」

「ジネットもですかっ!?」


 ガバリとオザナムが顔を上げる。喜色を見せる彼に、ミレルヴァは曖昧な笑みを浮かべながら首を傾げる。


「殿下は本当にあの娘がお気に入りね。彼女は今、他国に旅行中ではなかったかしら。いつ戻るかは分かりませんが、戻ったならきっと側室に加えてあげましょうね」

「彼女は僕の運命の相手なのです。正妃に出来ないのは残念ですが、これも王の責務のうちなら、我慢します。ああ、やっと彼女が手に入るのですね!」


 それでこそ国を背負う王子だと持ち上げれば、オザナムの機嫌は持ち直した。


 この国の未来の王から求愛されたというのに、全く相手にしようとしなかったジネット・オケリー公爵令嬢。

 挙句の果てには父親のオケリー公爵を通じて既に婚約者がいるからと断りを入れてくる始末。国王の従弟にあたる公爵からの内々の申し出に、逆にオザナムが国王から軽率な行動だとお叱りを受ける事となってしまった。ほんのちょっと、部屋で二人きりになろうと閉じ込めただけなのに。

 この件のせいでオザナムは一時期塞ぎ込んだし、ミレルヴァはプライドを傷つけられた。


 ジネット憎しとなったミレルヴァは、彼女の醜聞を広め溜飲を下げようとした。しかしどんなに噂で悪し様に言われても、婚約破断に追い込んでも、澄ましたままの彼女に苛立ちばかりが募った。

 それどころかジネットは、国境線の任地から帰還した第一王子への称賛をあからさまに表明し始めた。オザナムへの当て付け行為に、彼女の堪忍袋の緒が切れた。


 だから旅先で行方不明になって帰って来ないのは、ジネットの自業自得。


 ちょうど他国貴族に嫁いだ叔母を見舞う為に、出国しようとしていたジネットがどうなったかなんて、ミレルヴァの与り知らぬこと。

 ジネットがいつまで待っても帰国しなかった時のオザナムの反応は心配だけれど、彼女程度の娘なんて掃いて捨てるほどいる。その時にまた慰めればいい。


 ノックの音にミレルヴァの思考は現実に引き戻された。

 お茶で喉を潤していると、取次ぎに出ていた侍女が戻ってきて恭しく膝を折る。


「陛下よりご伝言です。ミレルヴァ様におかれましては、碧の謁見室にすぐさま参じる様にとのお申し付けでございます」


「まあ! きっと東方の姫君の件だわ」


 ぱんと手を打ちミレルヴァは立ち上がる。

 自分のお願いが国王に聞き届けられたのだ。いよいよ我が子が王太子となり、ゆくゆくは王となる。ミレルヴァは王母としてようやくこの国の女性の頂点に立てるのだ。


 いつだって第二王妃という呼び名には苛立ちを覚えていた。

 他国から嫁いできた姫だというだけで、死んでからも名を残す第一王妃は邪魔で仕方なかった。それももう終わり。

 同じく目の上のたんこぶだった第一王子のレンディールは、また国境辺りに飛ばしてみればいい。


「殿下、次代の王としてしっかり公務に励んでくださいね」


 自分がその公務を邪魔していたことは棚に上げ、ミレルヴァは軽い足取りで第二王子の執務室を後にした。



 上機嫌の彼女は、これから自分を待ち受けている現実など知る由もなかった。



 ・・・・・・・・・・



 碧の謁見室。


 正式な賓客を迎えるための謁見の間とは違い、私的な客や少数の謁見を行うための謁見室だ。碧と緋の二部屋があり、第一王妃と第二王妃の貴色を名に掲げていた。それぞれこの色を基本色として統一されている。どうやら王家の伝統らしい。


 その謁見室の横に設けられた扉の奥で、アリシアは緊張しながら出番を待っていた。謁見室の出入り口は、正面の大きな両開きの扉が一つと、使用人たちが出入りできる地味な入口が横に一つ、そして上座に据えられた玉座の裏に一つの三カ所があり、それぞれが別々の控室に繋がっている。

 アリシアが待機しているのは、もちろん地味な控室だ。


 精一杯落ち着こうとしていたけれど、どうも成功はしていない。

 心臓はさっきから聞こえてしまうのではないかというくらい早鐘を打っているし、手にかいた汗をドレスで拭いたくて仕方ない。勿論そんな不作法なこと、出来るはずも無いけれど。


 そっと覗き穴から謁見室を覗く。

 なんと! 使用人達が出入りする控室には覗き穴が設置されているのだ。タイミングを計る為と、もしかしたら防犯とか色々あるのかもしれない。けれど覗き穴というベタな装置に、レンディール付きの侍従から説明を受けた時アリシアはしばしポカンと口を開けてしまった。一声掛ければ使用人が飛んでくるのも納得の仕様だ。王宮のプライベートの無さにくらりと眩暈がした。


 謁見の間よりは小ぶりとはいえ、十分贅を尽くしホールのような広さの謁見室の檀上の上座には国王が着席する椅子が据えられている。その席を挟んで両側に並んだ顔ぶれは、この国の重鎮と呼べる者ばかり。たとえあちらから見えない控室でも、緊張しない方がおかしい。

 アリシアの居る控室の扉側、壇上の席の横にはレンディール第一王子。壇を下りてその隣には国王の従弟オケリー公爵、ハルフェイノスと続いている。

 反対側に佇むのは、宰相とメールナード侯爵。こんな場面でもメールナード侯爵はご機嫌伺いに余念がない。公爵であるオケリーに話を振り、未来の娘婿へと狙いを定めているハルフェイノスに声を掛ける。宰相はその横で疲れた様な表情を浮かべ、じっと立っている。


 隣で同じように覗いていたランクスを窺うと、難しい顔をして腕組みをしていた。それでもアリシアよりは緊張する場面に慣れているらしく、余裕のようなものを感じる。

 彼の姿を頼もしく思い、自分もしっかりせねばと心の中で気合を入れる。


 ――私は女優、私は女優!


 自己暗示のつもりで唱えてみる。舞台女優のように上手く演技できる自信なんて毛先ほども無いけれど、もう、その姿で十分似ているというハルフェイノスの言葉を信じるのみだ。

 無意識で、横に垂らした黒髪(・・)の毛先を弄る。



 そんな中にミレルヴァが登場した。

 燃えるような赤い髪の第二王妃は、自信に溢れた表情で入室したものの一瞬だけ表情が固まった。しかし王妃として培った仮面を張り付けて、何事も無かったかのようにレンディールの反対側の壇上に上がった。


 舞台の配役が揃ったところで、最後に入室し着席した国王に礼をすると、レンディールが口を開く。


「この度皆さんに一堂に会して頂いたのは、他でもありません。この国の将来を憂える王族の一人として、また特別局を立ち上げた者として、最も色濃く蔓延(はびこ)る闇を払い、今こそ正すべき好機だと確信しているからです」




 ――さあ、復讐劇の開幕だ。



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