論争1
優香は鬼の形相で太朗を見た。その迫力に太朗は慄く。
「や……やっぱり学校にラノベは持ってきちゃダメでしたか?」
声は震えていた。だが、優香の答えは太朗の想像とは違うものだった。
「違うわよ、なんでラノベみたいな下劣なもん読んでんのよ!」
優香は顔を真っ赤にしてラノベを太朗に見せつける。まるで0点を取ってしまった子に親が用紙を突き付けるように。
「くっだらない! あーあ、失望したわあんたには。何が文芸部よ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ」
何がなんだか状況がわからないまま、太朗は両手を向けた。
「ラノベってそんなにダメなんですか先生」
「ダメに決まってるわよ」
「なぜです?」
「ラノベは文学ではないからよ。文芸部の活動にふさわしくないわ」
優香は長机の前に立ち、続けて熱弁をふるった。
「まずね、ラノベには節操ってものが無いのよ。いい? あんたはこの本を文学性のあるものとして手にしたかしら?」
文学性。なんだか難しくなりそうだ。
「いえ、そういうわけでは」
「そうよね。ここは文芸部でしょ? なぜそんなものを読んで活動と呼んでいるのかしら」
太朗は押し黙ってしまった。
「まずね、気に食わないのが表紙よ。何よこの化け物乳デカ女。顔よりもデカいんですけど〜はい、こんな奴現実にはいませ〜ん」
「そ、そりゃそうですよ」
太朗にも男としてのプライドがあった。決してこんな巨乳女に釣られたから本を手に取ったのでは
「あるんでしょ?」
「すいませんでした」
「本当に男って馬鹿なのよね」
優香はラノベの端を指二本でつまみ、プラプラと揺らしてみせた。
「あのね、売り方が汚いのよラノベは。ラノベを買っている層なんてほとんどが表紙に騙された憐れな猿共よ」
「それは違うと思いますよ!」
そうだ。表紙が無くたって良質な作品はいくらでもある。
「でもね、ラノベの表紙が例えば吹き出物たっぷりのブッサイクなオバさんだとしたらどうかしら。間違いなく誰にも相手にされず、猿共の手に渡らないわ」
それはそれで気になるかもしれない。
「つまり、ラノベが売れるのはほとんどが表紙のおかげ! 内容で勝負できないから表紙に頼ってるだけなのよ!」
太朗は愕然とした。悔しいが、もしかしたら表紙がラノベの最大のセールスポイントなのかもしれない。
「おかげでラノベの表紙は量産型萌え豚引き寄せ絵しか存在しない。どの作品もどの作品も現実じゃあり得ないような奇形女だらけよ」
「ちょっ、それは否定できないですけど!……」
あんまりじゃないか。ラノベを読む人を猿だの豚だの呼んで。
「奇形なんて言いますけど、それはファンタジーだからいいじゃないですか。ラノベを読む人はリアリティを求めているんですか? なんてことのない平凡な日常が見たいんですか? ラノベはそういうものではないでしょう。ラノベを読む人はファンタジーを求めているんです! 先生、どうなんですか!」
太朗も熱くなってきた。パーンと机を一叩きしたのは第二ラウンドの幕開けでもあった。