対面
文芸部の活動は単純だ。
ただひたすら椅子に座って本を読む。それだけ。
太朗は今日も長机に肘をつき、黙々と本と向き合っていた。正確にはラノベ、太朗が愛してやまないラノベであったのだが……。表紙の女の子が杖を持ってキラキラと眩しい笑顔を振りまいていた。
太朗には友達がいなかった。小さい頃から読書が好きで、特に登場人物が物語の中で生き生きとしていたラノベが大好きだった。
そんなわけで太朗は本だけが友達。だがそんなことは気にしない。今日もいい調子。十分で二十ページも進んだ。
「おーい」
突然の訪問者だった。今まで開かれたことの無かった扉の前には背の高い女性が立っていた。
「あ……だま、遠藤先生」
いけない。黙イイは直接言っちゃいけないんだった。
「なんだなんだ、やっぱり一人だったのか。えーと山本だよね?」
「はい。山本太朗です」
優香は山本を直接受け持ったことがない。しかし、去年の秋の文化祭でその存在は知っていた。文芸部の出し物である長編の時代小説。それは力作だった。作成者の中に、三年生に紛れて一年生の山本がいたのだ。だから優香は一目置いてはいたのである。
「あの、先生、見学ですか?」
「うん。そのつもりだったんだけどさ」
優香は長机の前に腰を乗せる。太朗は手にしていたラノベを袋の中に閉まった。
「文芸部、頑張ってほしいからしばらく私も一緒に活動するよ。六出無士先生も来ないでしょ?」
六出無士先生とはあのおじいちゃん顧問のことだ。
「ええ、でも本を読むしか活動しませんよ?」
「そりゃ一人じゃそうでしょ。でもさ、二人なら会話ができるじゃない。例えば誰か一人作家を選んで、その作家の作品を読み、意見を言い合うってのもいいんじゃない?」
優香が得意げに人差し指を立てる。ふふ、例えば梶井基次郎とかどうかしら。
「いいですね! 先生、ぜひ入ってください!」
太朗が目を輝かせた。
「よし、決まり! 私も今日から毎日来るよ。ところでさ、さっき何読んでたの?」
太朗は袋の中をゴソゴソと漁った。
「こ、こんな感じです……」
あえておもて表紙を見せず、裏表紙を見せた。
「ん、文庫本か。誰の作品?」
太朗は戸惑う。そもそも、ラノベは学校に持ち出してよかったっけ? 微妙。いや、でも本には変わりない。でも、もしかしたらマンガと間違われるかも。取り上げられたら嫌だ。
「誰だったかな〜」
白々しく背表紙を見た。う〜ん、言ってもいいものか。
「るかわ……っていう人ですね」
優香の眉が釣り上がる。るかわって誰よ。なんでひらがななのよ。
「知らないわねえ」優香が顎に手を当てた。
太朗は急いでしまおうとする。だが、先に優香に本を掴まれた。
「ちょっとタイトルだけでも」
優香の力は強かった。簡単に奪い取っておもて表紙を見た。太朗はあ〜っと口を開け、目を見開く。ヤバい。
「何よこれ」
優香は浮気が発覚した旦那を見るかのように、わなわなと震え出した。
「ラ……ラノベです」
「はあ〜っ?」
優香は鬼の形相で太朗を見た。第一ラウンドの開始であった。