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そして本探索者へ

 レイルが探索者になってから百二十二日。

 以前苦渋を舐めさせられたウェパトチカも、時間は掛かるものの労するような相手ではなくなったレイル。

 九十二日目には第四層の単独探索を許されて、すでに第四層の対策は磐石。

 このような状態に成ったため、とうとうヘレナはレイルに第五層の探索を許した。

 第五層は初級迷宮の最下層に当たる。

 そこには一匹しか怪物は現れない。しかしその怪物の情報は公開されていないし、初級迷宮を攻略した全ての探索者にかん口令が敷かれている。

 そのかん口令は指導役探索者にも適応され、初級探索者はいつ出会えるか解らない完全に未知の相手と戦い、自分達の力でコレに勝利しなければならない。

 というのは建前であるが、迂闊あるいは悪質な探索者以外には守られている建前だ。

 なぜなら皆がこの敵を相手に無事に勝利できない、探索者あるいは探索者達がこの先に進んでも死ぬだけだと解っているからだ。


 第四層の第五層へ降りる階段を目前にレイルとヘレナはウェパトチカと遭遇していた。

 レイルの動きには迷いも怯えも見ない。判断ミスさえなければ負けない、それだけの実力と自信がついたからここまで来たのだ。

 それを現わすように、ウェパトチカの懐に素早く飛び込み、ついでとばかりに微かに切っ先の届く剣でウェパトチカの胴下に小さな傷をつける。

 それに怒ったのか、すぐさま脚を上げ踏み潰しを試みるウェパトチカ。

 だがその蹄はレイルを捉えることなくむなしく床石に鈍い音を鳴らさせただけだった。

 しっかりと両手で剣を振るい隙だらけのウェパトチカの足裏を斬る。

 以前は左腕に持っていた盾は第四層では背中に背負っていた。

 まずは一撃、盾を使えない層で両手持ちによって剣の威力を上げる為に柄を長くした剣、まさに両手で振ったそれは怪物に浅からぬ傷を与え、脚を跳ね上げさせる ことに成功する。

 だが、その機能を奪うまでには至らない。

 痛みにより更に怒りを増したウェパトチカはずりずりと身をよじるように後退し、レイルを蹄の届く範囲に捉えようとする。


「ふっ!」


 大きく二歩移動しつつ、身体全体を廻しながらの体重を乗せた一撃を、ちょうど脚を下ろした脚の先ほどつけた傷の近くに叩きつける。

 再び脚を上げ身じろぎするウェパトチカに繰り返し、確実に怪物に出血を強いていくレイル。

 それを十回ほど繰り返すとさしもの木の幹のような脚もずたぼろになり片膝を突くウェパトチカ。

 必死に無事な脚でレイルを踏みつけようとするが、蹄を振り下ろすたびにレイルはその脚を斬り付けて残った足も使うことの出来ない状態にし、後は一方的に斬り付けられるばかりで、徐々に血を流してウェパトチカは力を失い、最後に消滅した。

 残された結晶石を拾うと、レイルは背中に負った盾を再び左手に装備すると階段傍で待っていたヘレナの元へ向かう。

 そして一言、行きましょうと声を掛け第五層へと降りていったのだった。


 第五層は再び通路の大きさを第一層などと同じ程度に戻した造りをしていた。

目的の怪物がどこにいるか分からない為、適当に道を選んで探索を始める。

 さほど経たないうちに、数組の探索者達とすれ違う。日々初級探索者を卒業しようとする人間は第五層に到着する、それが倒されてもどこかにまた生み出されるとはいえただ一体の怪物を探すのだ、どうしても人はそれまでの階層より多くなる。

 そうして歩き回り、休憩を挟み、再び探索を再開すると言うことを繰り返すことしばし。

 そろそろ腹具合的に昼食の時間だろうという頃になって、持参していた簡単な乾燥食料と水を取り出し食事を摂る二人。

 その合間にレイルがヘレナに質問する。


「そういえばもしこの層の怪物を見つけたとして、その場に二組以上の探索者が居たらどうなるんですか?」

「本来の迷宮内でなら獲物は早い者勝ち。でもここの怪物は別。先制攻撃禁止で、周囲を囲んだ後どの探索者が狙われるかで戦闘権が決定するわ。一度狙われた探索者の組以外は参戦禁止。ただしその探索者達が敗走したらまた誰を狙うのか待つのよ」

「かち合ったら怪物に一手譲らなければいけないんですか……」

「こればっかりはね。馬鹿らしいと思うかもしれないけど、大昔の決まりなんて無かった頃は大変だったらしいわ。我勝ち者に遠距離攻撃を放つ攻撃魔術師の魔術に前衛が巻き込まれたり、攻撃が集中して戦闘らしい戦闘にならず終わったかと思ったら、次は人間同士で倒した証明の遺物を奪い合ったり、ね。」

「それなら仕方ないですよね。はぁ、なんとかかち合わないように祈りますか」

「そうね。面倒にならないのが一番よ」


 その会話の後は食べるのに多少の忍耐が要る食事を済ませ、再び探索に戻る。

それからもまたしばらく経って、ポツリとレイルがこぼす。


「もしかして今日は見つからないかもしれませんね」

「その可能性は大きいわ。一日で見つけられたら結構な幸運よ」


 ヘレナの言葉を聞き、これは毎日ここで探索なんかしてたらあっという間に赤字で干上がるなぁとレイルがぼんやりしていると、行く手の曲がり角から微かに光が差した。


「ヘレナさん。今のって」

「走りなさい!考える前に!」


 勢い良く走り出した二人が駆け込むとそこに居たのは、白い細身の影。

良く見ればそれは乳白色の人間の骨。それが大振りな曲刀と鋼のバックラーを持ってゆらりと立っていた。


「居た!あれよ、頑張って!」


 ヘレナの言葉を背中に聞きながら、レイルは周囲に他の探索者が居ないことを見て取ると、剣を抜き放ち骨に斬りかかった。


「せい!」


 気合一閃、まずは生き物なら急所がある部位、胴体を狙って袈裟懸けに切りつけ

る。

 だが、肋骨が何本か落ちただけで骨には何の痛痒ももたらさなかったようだ。

 しかしその行為は骨にレイルを明確な敵と認識させるのに十分な行為だったようで、あまりの手応えの無さに体勢を崩したレイルの胴に向かって曲刀が走る。

 だがレイルもこれまでに鍛えられた判断力で十分に曲刀に速度が乗る前にスモールシールドでそれを抑えると、斬られる前に大きく跳ぶ。


 仕切りなおしといった態勢になったレイルと骨。

 レイルはじりじりと間合いを詰める骨に対し、左手側に徐々に寄っていく動きを見せる。

 その最中にもレイルの頭の中では胴は駄目だった、では次にどこを斬るべきかが思考されていた。


 この間にも状況は動き、骨は右手に持つ剣の動きを壁で抑えられるのを嫌ったのか、レイルの身体が壁につく前にレイルの左半身側に向かって突きを繰り出す。

 身体を逸らしてそれを避けるレイル、しかし骨は突きから流れるようになぎ払いに切り替える。

 これを避ける為にレイルは一歩、壁から離れざるをえない。

 どうにもこの骨は見えない何かできちんと戦術らしきものを考えているらしい、スカスカな頭ではなさそうだ。


「これは、動きを見ていれば勝ててた今までは違うなぁ」


  レイルもただ攻められるばかりではいない。

まず小手を狙った振り幅が小さく、素早い斬撃でまずは骨の攻撃手段を封じることを狙う。

 だが骨は痛みを感じる様子は無いのに素早く曲刀を持つ右手を背後に隠しバックラーでこれを受けた。

 散る火花。

 レイルは一度剣を引き、次は足斬りを狙った下段払い斬りを放つ。

 骨はそれを半歩分、狙われた左足を後ろに引くと、右脚跳びでレイルに向かって飛び込み袈裟懸けの反撃する。

 大振りをしなかったレイルはこれを更に懐に入ってやり過ごすことを選択し、密着状態からの骨の右大腿骨への膝蹴りを放つ。


「ふんっ!」


 骨の振るう腕を肩で受けて若干の痛みを感じながらも叩き込んだ一撃は確かに骨の右脚を乾いた木の枝を折るような軽い音を立てながら骨の足を折った。

 骨は確かに崩れ落ちた。そこを狙って蹴り足を戻してから左のスモールシールドで骨の顎に掬い上げるような一撃を打ち込む。

 だが骨は勢い良く後方にぶれた頭部を意に介さず、バックラーを持つ手でレイルに抱きつくと、曲刀をレイルの背中に突き刺そうと振りかぶる。

 骨の右肩を観察し、背後で骨の腕が動いていると察したレイルは殴り抜けた手で上に骨が持ち上げ、振りかぶり始めた上腕骨を盾でかち上げ時間を稼ぐ。

 そして抱きついてきた骨の左腕を、骨と自分の身体の隙間に刃を走らせ斬り飛ばして拘束を解き再び距離を取る。


「え!?」


 そしてレイルは思わず声を上げた、蹴り折った脚がすでに接合を始めている。

気が付けば最初に斬り飛ばした肋骨も元に戻っていた、だからダメージを与えられている感触が薄い。

 だが何もしなければ折角左腕という大きな守りを一時的に失わせた有利が失われていく。

 何処か急所となる部分があるのか、それともこの怪物にも今まで倒してきた怪物のように攻撃を続けていれば力尽きるのか。

 どちらにせよ、攻撃しなければ判らない。

 その迷いを振り切りレイルは最も重要そうな骨の頭を狙って突きを繰り出す。

 しかし足を修復した骨はしっかりと体勢を整え、その突きを曲刀で絡めるようにいなすが、いなしきれずに僅かに頭蓋骨を掠めて亀裂を作る。

 だがそこまでだった。

 左腕が戻った骨は再び盾で防御を固めつつ、レイルの隙をうかがい始めた。

 軽い牽制を交えながらの睨み合いが始まってしばらく、レイルはおかしなことに気づく。

 骨の頭蓋骨の傷が消えない。

 修復する必要が無いから治らないのか、それとも修復できないのか。

 目に見える変化に、レイルは決断する。

 とりあえずあの頭を割ろう、と。


 その後は頭を確実に打ち砕く事を目指し、防御を崩す為に骨の両腕を狙った。

 骨その物の硬さはさほどでもないのは、蹴りでへし折れた事からも明らか。

 問題は如何にしてそこへ攻撃を当てるかだった。

 レイルは骨の攻撃を誘い、そこに反撃を入れることで攻略をすることにした。

その為には確実に攻撃の種類を限定する必要がある。

 だからレイルは初めに試みた自身の左手側の壁へ接近するという行動に出た。

 これが失敗したら次は学習され同じ手は通じなくなると感じながら、先ほどの繰り返しのように繰り出された突きに対し踏み込むレイル。

 骨はこの動きを盾で抑制しようとする、それに対しレイルは身体の横を通り過ぎた骨の前腕骨を引き戻される前にがっちり腋に挟み込み、足を狙うかのように剣を下段から振るふりをして、それを盾で防ごうとする骨の思惑を通り過ぎ脇で抑えた上腕に斜め上から剣を叩きつける。

 乾いた音と、曲刀が落ちる音が通路に響く。

 骨は距離を取り盾を胸の前で構え守りを固める、しかしレイルは更に攻め込み盾の下から刃を滑らせるように骨の肩めがけて突き入れる。

 刃は見事に骨の腕の骨と胴体とのつながりを断ち切った。

 そして、守るものの無くなった骨の頭蓋骨へ、ヘレナに教えられたとおりの真っ直ぐな太刀筋の剣を振り下ろし、頭蓋骨を真っ二つに割り開いた。


「これで駄目だったら今日は撤退かな……」


 勢いあまって背骨まで両断してしまった骨から視線を離さず、摺り足で距離を取る。

 すると、骨はレイルの不安を他所に周囲に放り出された骨や武具も残さず消滅を始めた。

 残されたのは通常の白い結晶石ではなく、琥珀色の結晶石。

 人差し指の先ほどの大きさの丸いそれを拾ったその時、黙ってレイルを見守っていたヘレナが声を発した。


「おめでとう。それがこの五層の怪物を倒した証明の黄光石よ。無くさないようにしまって、今日は帰りましょう。神経使ったでしょう、スケルソルジャーとの戦闘は」

「疲れました……まぐれで頭に一撃入って良かったですよ。下手したら何の対策もないまま延々戦って、必死で逃げ出す可能性もありましたからね」

「ふふ。今日は初心者登録所に踏破報告をしたら食事でも食べに行きましょう。いくらでも食べていいわよ、奢るから」

「え、本当ですか。この四ヶ月以上の中で初めてですよね、しかもいくら食べてもいいなんて」


 少し驚いた表情をするレイル。

 そんな反応もヘレナは軽く微笑んで受け流す。


「まあいいじゃない。探索者の卵が孵った日くらい。先輩の財布の紐も緩くなるのよ」

「ははは。僕も五年後の義務の時が来るまでに好きなように食べていいって言える蓄えと、ここを攻略させられる知識を身につけてないといけませんね」

「そこらへんは全部明日からでいいわ。今日は楽しみなさい」

「はい。ありがとうございます!」


 奢りで食べ放題に元気が沸くあたり、レイルもまだまだ少年の域を脱していないようだ。

 この後二人は第五層の転送陣から地上へ帰還し、初心者登録所に黄光石を提出。

レイルがそれまで使っていた探索者証明書と引き換えに、自分で入手した黄光石を嵌め込む穴の開いた本探索者登録証を受け取る。

 そして二人はヘレナお勧めの酒場へ向かう為乗り合い馬車に乗ったのだった。

一月の日数と、経過した月数の表記が微妙にずれていた為に経過月数を修正しました。

三ヵ月半以上→四ヶ月以上。


。もこっそり修正。

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