痛いひっかき、それと薬は高いという話
三層での戦いはレイルの想像以上に過酷だった。
ツインインプは常に二匹一組という特性もそうだったが、空は飛ばないものの素早さはマウスとは比べ物にならない。
鳴き声のおかげで接近しているのを察知し、備えるのは容易でもいざ交戦するとなるとツインインプの素早い駆け込みからの飛びかかりを考慮して間合いを計らなければならない。
それも二匹同時にだ。レイルはそれぞれ剣と盾で迎え撃ち、初撃で仕留め切れなければ手痛い引っかき攻撃を受ける羽目になっていた。
「この!とにかく片方倒せばいいんだ、剣の間合いに居るほうを狙うんだ……!」
幸運なのは厄介さでもある、ツインインプは常に二匹一組と言う特性にあった。
ツインインプは片割れが倒されると何故か自然に残った側もその場で死亡し、結晶石を残す。
ありていに言えば複数に襲われると言うリスクさえ乗り切れば、一匹倒すだけで二個の結晶石を入手できるのだ。
対処できさえすればそれなりにお得な怪物なのである。
「づぁっ!こ、このぉ!」
初撃を盾で防いだものの、盾に張り付いたツインインプの片割れが盾の内側に腕を伸ばして左腕を引っ掻くのに悲鳴をあげるレイル。
だが張り付いているなら、と思いついたのか盾に張り付いてるツインインプの頭めがけて思い切り剣を突き入れる。
「ギィーッ!」
鋭い一声をあげると頭を突かれ、潰されたツインインプは息絶える。
それと同時にレイルの脛を引っ掻こうとしていたツインインプもばたりとその場に倒れこみ、片割れと同時に消滅する。
「は、はあああぁぁぁ!いたたたたた……くっそうあいつ等……好き勝手してくれて……」
「お疲れ様。でも気を抜くの早すぎよ。結晶石も回収してないし。周囲確認、戦果回収はしっかりとね」
軽い駄目だしをしながらひょいひょいと残された結晶石を拾いレイルに渡すヘレナ。
痛みに顔をしかめながらも受け取るレイルの口を、それでも文句がついて出る。
「でもほんと痛いんですよ。戦ってる間は集中せざるを得ないから我慢しますけど、集中切れたら何かしら言いたくなりますよ」
「そこは集中を切らさないようになりなさい。特に音に敏感な怪物も居るんだから不必要な大声を出すのは抑えなさい」
「はい……。」
渋々と言った感じで受け入れて壁に寄りかかり、左腕をさするレイル。ツインインプに引っかかれた痛みはまだ尾を引いているらしい。
「まぁ痛いのが嫌だったら巧く立ち周れるようになるように経験を積むこと」
「はぁ、そうですよね。皆こういう痛みを乗り越えて成長するんですよね」
「そうよ。私なんか十歳の頃にあいつら相手に立ち回ってたんだからね」
「尊敬しますよ。お世辞抜きで……」
ふぅ、っと息をつくと軽く肩を回すレイル。その様子を見てヘレネはレイルの肩を叩く。
「疲れてきた?階段まで戻って休憩する?」
「いえ、目標は転送陣到達だし進みます。痛いだけで疲れてるわけじゃないですから」
「痛みで動きが鈍るのも考慮に入れないと駄目よ。それでもいける?」
「はい、いけます」
動けると言う事を証明するように数度剣を素振りするレイルを見て、ヘレナは頷く。
「大丈夫みたいね、それじゃあ行きましょう」
ヘレナの声に背中を押されるように再び進み始めるレイル。
その後、比較的階段に近い小部屋になっている場所に転送陣が設置されていたため、四回ほどの戦闘で転送陣に辿りついた二人。
レイルがいまだに二匹の敵を捌く事が出来ずに戦闘ごとに引っ掻かれているため、精神的に一度本格的な休息を取る必要があると判断したヘレナは、転送陣で地上に戻る指示を出した。
地上に戻る事を念じた人間を転送陣から発された光が包み込み、地上へと送る。出てみればまだ太陽は中天に掛かるまでまだ大分間があるようで、どれだけ第三層に入ってからの戦闘が精神を圧迫して時間を速く感じさせていたか実感するレイル。
「ま、まだこんな時間なのか。ヘレナさん。今日はコレで終わりですか?」
「休憩は取るけど、昼食を摂ったらまた潜るわよ」
「そうですか……うう、痛いけど潜らないとお金が……。」
転送陣の上から移動し、むき出しの土の上に座り込みながら泣き言を言うレイルの頭を、少し腰を落としながら撫でるヘレナ。
「この迷宮くらいの稼ぎじゃポーションも使えないから辛いわよね。あれは使うと痛みもすぐ消えるんだけど」
「でも高級品ですからね、あれ。うちの商店でも扱ってましたけど、最下級の六等ポーションが大銅貨二枚と銅貨二十枚くらいですし」
「やっぱりそのくらいするわよね。まぁポーションは良い物を使いたいけど……三等ポーション位になると凄いわよ。一度盾で受け流し損ねて腕の骨が粉々になったかと思った事があるんだけど、それを飲むとすーっと痛みが引いてすぐ腕が動かせるようになったの」
頭を上げヘレナを見上げながらレイルがどこか遠い目で聞く。
「それ。一本幾らしますか」
「等級が二倍だから値段も倍、なんて事ないのよね。それならどれだけ良かったか。実際は銀貨三枚よ」
「銀貨三枚って……最下級ポーションの十五倍近いじゃないですか」
「まぁそれだけの価値はあるわ。迷宮内で一人、片腕が使えないなんて殺してくれって言ってるようなものだったし」
「それは確かにぞっとしませんね」
お互い、それぞれに迷宮内で片腕を使えない状態を想像してため息をついた後顔を見合わせる。
「まぁ使う状況にならないのが一番ですよね」
「そうね」
「……ところでポーションつながりで聞きますけど、二等ポーションで切断された部位があっても足や腕なら生えてきて、一等ポーションは心臓と頭さえ無事なら治癒可能って本当ですか」
「ちょっと解らないわね。そんなのに手が届かないし、そんなの使わざるを得ない状況なんて使う間も無く死ぬだろうし」
「ですよね。単独探索者は実質三等ポーションが最高の薬ってことですか」
「二等くらいには手を出してもいいかもしれないけどね。腕切られるなんて考えたくないけど」
「ぞっとしませんね」
そんなこんなで迷宮で使う道具のことについて雑談していたら、いつの間にか太陽は上がりきって二人とも小腹を空かせ始めた。
そこで二人は今日の昼食の弁当に手をつけることにするのだった。
腹ごなししたらまた迷宮ね、というヘレナの宣告付きで。