表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

噛み付かれるのは結構痛い

 ヘレナの前に立ち、マウスを警戒しながら進み、幾度か戦闘をしたレイルは……少し疲れていた。

 それというのも向かってくるマウスへの直線的な攻撃は間合いを読み違えて浅かったり、空を切ったり。

 更に加えて初撃を外した後の盾で攻撃を防ぎ、こちらの攻撃機会を作るという動作に慣れないためいちいち動きがぎこちなくなり無駄な力が入り、余計な疲労を溜め込んでいたからである。


「はぁ。攻撃って中々当たらないし、当たってもへレナさんみたいにすぱっと切れないし。思った以上に探索者って大変ですね」


 ため息をつきながら歩くレイルにヘレナは激励を飛ばす。


「探索者が疲れるのは当たり前。疲労と巧く付き合って探索を進めるようにしなさい。少し剣先が鈍ったなと思ったら敵を倒した地点で小休止とかね。迷宮から近場に生み出される怪物は、その瞬間に強い光を放つから先手を打って離脱できるわ。それと、宙に浮く怪物を綺麗に両断するには技量が必要よ。何事も精進ね」

「どうりで……僕の振った剣が当たってもすんなり切れずに地面へ地面に叩きつけるような形になるわけです。」

「まぁ極論すれば最速の一振りで刃を相手の柔らかい部分に立てれば弱い怪物は結構さっと切れるんだけれど、それをどうやってするかが片手剣の剣術なのよね。これが両手剣とか槌なら重くて取り回しが効かない分、とにかく当てて潰すって感じになるんだけど」


 レイルが話し始めたのを小休止がしたいという合図と受け取ったのか話を続けるヘレナ。

 レイルは壁に背中を預けるように一息ついている。


「でも貴方って大物を扱える体力はなさそうなのよね。鍛えていけば変わる可能性が無いとはいわないけど、こういうのは生来のものが重要だしね。」

「コレならロングソードなんかじゃなくて、軽めのレイピアあたりを餞別に選べば良かったかもしれないです……。」

「それもどうかしらね。細剣系はきちんと扱いの基礎が出来てないと耐久力に不安があるし。それに身体が慣れてくることを考えると王道のロングソードって悪い選択じゃないと思うわ。」

「そうですか?まだ全然実感できませんけど」

「ふふ。この初心者用迷宮でちょっと戦ったくらいじゃそんなものかもしれないけど、中位迷宮から上の迷宮で怪物を倒すと得られる強化力が身体に馴染むと凄いわよ。片手剣なら日の出の刻から迷宮に潜って夕の刻まで戦っても、無理しなければ少し疲れたっていう程度で済んじゃうんだから」


 レイルも迷宮内で怪物を倒すと体が強化されるのは知っていた。

 けれどそこまでのものとは思わず驚きを表情に出す。


「そんな長いこと潜っていてその程度の疲れなんですか?凄いじゃないですか」


 軽く興奮した様子のレイルに、ヘレナは釘を刺す。


「あくまで肉体的には、よ。敵を警戒して進める探索は精神を疲労させるし、その疲れを取るためにはやっぱりがっつり潜った次の日はお休みにしてのんびりしたいしね」

「なるほど……あ、そういえば単独探索を目指すに当たって気をつけることって他にもあります?」


 レイルの問いにヘレナはグローブに包まれた手を口元に当てて言いにくそうに口を開く。


「そうね……まず、パーティー探索者の通った痕跡のある通路は通らない」

「え、なんでですか?」


 ぽかんと口を空けて聞き返すレイルにヘレナは左手で指三本を立てて胸の前に持ってきて、右手の指を一本立てて腋の位置に持ってくる。

 そうして両手を左にゆっくりと動かしながら話す。


「その道の先の怪物は先行してるチームが全滅してなければ狩ってるでしょ。そうなると効率が悪いし、何よりもっと悪いのが全滅せずに潰走しながら逃げてくるチームと出くわす可能性が高まることよ」


 言い終えて右手を開いてひらひらと振る仕草をするヘレナに、レイルは更に問う。


「潰走するチームの人と出くわすのって、単独探索者には良くないんですか」

「ええ。チームで駄目な相手に単独で勝てることって少ないし、最悪追走してる怪物を押し付けられたり、押し付けられないまでも共同して怪物を全滅させても元々自分達が戦っていた相手だからって戦闘の結果を浚われたりね。そういう交渉もこちらが単独だと立場が弱くなるし、独り身は独り身で全部済ませられることしかしないのが一番良い。いえ、生き残ることを考えるなら、しちゃいけないのよ」

「なるほどなぁ。参考になります。」


 ヘレナの冷たいとも取れる言葉もレイルは素直に受け入れる。何故か?

 それは単純に痛かったから。マウスとの数度の交戦で噛まれて受けた痛み。

 一噛みで腕の肉を引きちぎると言うほどでなかったが、思わず叫ばずには居られないほどの痛み。

 その痛みは実感を持ってレイルに自分は物語に語られる有名な探索者のように強くは無いと言う事を刻み込んだ。それが無謀な正義感を出して他人を助ける事のリスクから自分を守る意識に繋がったのだ。


「それからそうね。事前に迷宮の図面が買える場所なら解ってる大部屋は避けなさい。大部屋はそれだけ怪物が群れを成している可能性が高いわ。そんなところに飛び込めば……解るでしょう?」

「ヘレナさんはどの位の数の敵なら一度に相手を出来ますか?」

「基本的にここの通路より狭い道を使って探索を行うから……二匹以上は相手にしない状況を作る事を心掛けてる。三匹を相手取るようなら自分から見て右端の個体から殺すわ。盾は左手に着けてるんだから、攻撃を受け流しながら攻撃に集中しやすいのは自然と右手側になるし」


 それでも、と区切ってからへレナは続ける。


「上級迷宮になると敵のしぶとさも上がるから。三匹相手は普段の何倍も必死よ。」

「うーん。そんな所で稼ぐよりちょっとランクを落として中級迷宮で安定した収入を得たほうが良くないですか?」

「そういうのもありだと思うけど……これは好みの問題みたいなものもあるのね。私はどこまで出来るかっていうのが見たいのよ。まだ若いんだし。それに、生き残った後は凄い充足感があるのよ。これ、結構ハマる探索者が多い感覚よ」


 そう言って初めて笑顔を見せるヘレナにレイルは、熟練の冒険者となるとこういう話題でも笑うんだなぁと思いながら質問を重ねる。


「でもどこまで行けるかを見るって、かなりギリギリじゃないですか?死んじゃったら意味ないんじゃ……」


 レイルのそんな気弱な発言を受け取り、懐かしいものを見るような表情になるヘレナ。

 目を細めてレイルを見つめながら言う。


「ある程度、そこまでいけるかは解らないけど、そこまでいけたら探索者は死に走るのはいけない事だけど、死なないだけでも駄目なんだって解るわ。と、結構話込んだわね、いける?」

「いけます。とりあえず、今の僕には遠い話みたいですね」

「そうね。それでも、私みたいに十五年も潜れば解るかもね」


 再びレイルを先頭に探索を再開する二人。

だが軽口はまだ収まりきらないようでレイルは口を開く。


「ははは、十五年探索者やっててまだ若いって、何歳から探索者してたんです?」

「こら、女に年齢のことは聞かないの。といいたい所だけど答えてあげる。両親が探索者で十の頃から潜ってるわ。私はここを超えるのに二ヶ月くらい掛かったなぁ……懐かしいわ。あ、そういえば貴方は何歳なの?教えてよ」

「僕は今年で十六です。ヘレナさんに比べると随分遅いスタートですね」

「早い遅いより、どこまでいけるかよ。さて、口も閉じましょ。意識を周囲に向けて」


 ヘレナの言葉に、レイルも口を閉じてじっくりと周囲に気を配り歩を進め始める。

 五十歩ほどそうして進んだだろうか、レイルは天井付近に壁面から発する光を照り返す物を見た。マウスの牙だ。

 それを確認した後はあらかじめ盾を構え、慎重に歩を進める。

 そしてどこで対象を細くしているか解らない造りをしたマウスが天井付近からレイルの方へと羽ばたきだす。

 ヘレナのようにステップは踏まない。一歩一歩で距離を調整していく。

 そして両者の距離がレイルの足で四歩ほどの距離に入る。


「せい!」


 気迫を籠めた声と共に剣を振り下ろすレイル。

 振られた剣はレイルの前方、頭上やや上の位置で片羽を千切り取られる。

 ギイッと鳴いて床に落ち、残った翼をばたつかせるマウスの、中心を狙ってレイルは突きを繰り出す。

 柔軟な物を貫いた後に、力を入れすぎて床にでも当たったか、硬いものに当たる感触がレイルの手元に戻る。

 カツリという硬質な音も立つ。だがヘレナは何も言わない。

 最初の時は加減を覚えなさいね、と簡単に一言言ったがそれ以降は褒めも責めもしない。

 経験をつんで自分で覚えていくしかない、という事なのかな。そう思いながらレイルは現れた結晶石を腰の後ろに着けていたポーチに拾い入れるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ