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今日も初心者がやってきた

 煉瓦と石畳で造られた迷宮都市グリンガム。

 ここは数箇所の迷宮が近しい場所に点在し、迷宮からの財宝や資源で身を立てる探索者となるならまずグリンガムへ、と言われる探索者の聖地。

 そんな街の初心者登録所を今日も一人の少年が、夢を抱えて扉を叩いた。

 時刻は昼過ぎ、初心者探索者達は皆こぞって探索に精を出している時間。

 当然のように登録所の中はガラガラだったが……受付の年のいった恰幅のいいおかみさんという風体の女性とポツリポツリと話している、ここには似つかわしくない、隙のない女性が居た。


 少年が女性の装備、白い肌と対称的にどす黒く濁り光を吸い込まんばかりの暗い赤色に染まったラウンドシールドや、腰に下げた艶の無い木目が入った銀色の鞘にはいった片手剣、黒い鱗をなめして作られたレザーメイルに気を取られていると、その視線に気づいたのか。

 話し込んでいた二人が少年の方をちらりと見ると、武装した女はすぐに視線をよそにやり、受付の女性はにこやかに少年に声を掛けた。


「いらっしゃい!ここはグリンガム迷宮探索者初心者登録所!そのなりで来たって事は登録でしょう?早くこっちに来なさいな」


 よく響くその声にはっとした様子で少年が受付のカウンターへと歩み寄る。


「あ、はい。登録お願いします」


 穏やかだが張りのある声で答えた少年は受付の女性から差し出された羊皮紙を受け取り、すぐ脇に用意された羽ペンをインク壷につけ、必要な項目を埋めていった。

 内容は簡素なもので名前、年齢、性別、故郷。この四つだけ。

 ただしそれらの欄外には名前と故郷は万が一死亡し、遺品と呼べる物があった時に届ける先になるので虚偽の申告をしない事と注意書きがされていた。

 慣れた様子でそれらを埋めた少年から羊皮紙を受け取った女性はおや、という顔をする。


「グリンガム生まれでここに顔を出したことのない子は珍しいね」


 女性の疑問に少年は愛想よく答える。


「ああ。僕は商家の三男坊でして。親父にそれなりの読み書き計算は仕込まれたんですけど、『お前は収支の帳尻を合わせるのが壊滅的にできとらん』って言われまして。晴れて自由の身って奴です」


 顔の造りは普通だ。

 しかしいちいち表情の作り方が巧いのか、どこかさわやかさを感じさせる笑みを浮かべる少年。

 その笑顔になるほどね、と呟いた受付の女性がしばらく席を外すと言って少年と武装した女性を残してカウンターの奥の部屋へと入っていく。

 その空白の時間を埋めるためか、少年はその場に居残った女性に声を掛ける。


「どうもはじめまして。僕はレイルと言います。貴女は何故ここに?装備的には初心者だとは思えないのですが」


 そんな少年の問いかけに武装女性は冒険者にしては整えられた赤毛の肩口までショートヘアの下の、赤銅色の瞳で静かな沈黙で応えると、すっと少年の上から下までを見て取った。

 茶髪、とび色の目、それ以外に特筆すべき所のない顔。額にバンドを巻いているが妙に分厚い。恐らく装甲が仕込んであるのだろう。

 薄いが鈍い輝きを放つブレストプレートの下は仕立ての良い麻の服。

 腰には女性の物より細身な鞘に入った片手剣。

 左手にはスモールシールドを付けている、確りとなめされた皮製で、初心者が持つにしては、良い物のようだ。

 そして足を包む生成りのズボンと、鉄甲付のロングブーツ。

 それらを見て取ると女性は口を開いた。


「貴方も初心者という装備ではないけれど……まぁいいでしょ。私はヘレネ。探索者の義務を知っている?」


 問われた少年はううん、と少し考えてから答えた。


「探索する義務。探索者は理由無くば月に一度の探索を義務とするものなり。一気に高額を稼ぎ出す探索者が遊びに耽り過ぎないようにある義務ですね」

「それは一つ。その他迷宮内での取得物は基本的に探索者組合を通じて売買する事などがあるけれど、私の言いたいのはまた別ね。五年に一度、可能な限り後進の指導に当たるべしって義務よ」


 ヘレネの言葉に今思い出したと言わんばかりに剣の柄を叩くレイル。


「ありましたね。そんな義務が。確か探索者として成功できるかどうかの境目の一つとも言われているとか」

「そうね。私も二人ほど後進指導はこなしたけれど……、教えるのが苦手でいつも手間取るのよね」

「龍漆の盾を装備なさっているということは上位迷宮も探索できる腕とお見受けしましたが。そこまでいっても人に教えるとなると勝手が違いますか」


 レイルの聞き様によっては皮肉にも聞こえてしまいそうな言葉をヘレネは真面目に受け取り、答える。


「私は基本単独探索なんだけど……、探索のための知識を蓄えて自分で生かすのと、それを伝える行為の巧さは大きく違うわ。貴方もきっと最初の五年目には四苦八苦することになる。何より探索者五年目ってまだまだ未熟な部分があるものだしね」


 そういって、最初に指導した探索者のことにでも思い出したのか、少し申し訳なさそうな表情をするヘレネ。

 レイルは気軽に探索者になったけれどそんな苦労もあるものなんだなと、ぼんやりと感じたがまだ実感はない。

 恐らくその時になるまでそれは明確な感触にはなり得ないだろう。

 そんな二人の下に、席を外していた受付の女性が戻ってきた。


「はい、レイル君。これ初級探索者証明書ね。再発行は面倒になるから無くさない事。まぁ無名な内はなりすましも出ないだろうからいいけれど、もし有名になって騙りが出た時にコレを紛失してると騙りの出した損害の補填は全部君の責任になるからね。無くさないこと。」


 そう言いながら四隅に穴の開いた木の板の上に、焼印で先ほど羊皮紙に記入した内容が刻印された皮が張られた物をレイルに渡す女性。

 受け取った板の裏表をしみじみと見るレイルを見た女性はふっと思いついたようにヘレネに顔を向ける。


「あ、そういえばヘレネちゃん。貴女指導の義務をこなす相手を探してるんだったわよね?」

「え?ええ、そうなんだけど……出来れば単独探索を目指す人間がいいかしら。私の蓄えてきた経験は人と組む潜り方ではないし……」

「それじゃあさ、レイル君の指導をしてみるって言うのはどう?見たところ一人だし、それなら今これからすぐに指導に入れるわよ」

「クローネさん。それはレイル君次第よ。この子余裕ありそうだし、じっくりチームを組む相手を探したいかも知れないじゃない」


 二人のやり取りにレイルはやんわりと割り込む。


「僕は単独探索がいいなと思っています。親父が仕入れの関係で護衛を雇ったりした時に取り分を調整するのは大変そうだなと思っていたもので」


 この発言にクローネと呼ばれた受付の女性は視線でヘレネの反応を伺いながら言う。


「ほら。レイル君もこう言ってるし。ヘレネちゃんと武装の構成も似てるから指導もやりやすいんじゃないかって思うけど、どう?」


 そう言われるとヘレネも少し考えるものがあるのか、じっくりとレイルを見据えて考え込む様子を見せる。

 そして間をおいて口を開く。


「レイル君は私に指導を受ける気はあるの?一度私の指導を受けるとなったら質問は許すけど妥協はしないよ?」


 釣り目がちな眼を一層吊り上げて少年の気概を問うヘレネに、レイルは両手を揃え、商人のようなお辞儀をして言った。


「お手数かけますがよろしくお願いします、ヘレネさん」

「言ったわね。男なんだから二言は無しって事で。じゃあこの後早速初級迷宮で慣らしをしましょう」

「はい。解りました。でも……実を言うと剣の握り方から教えて欲しいところなんですけどね、僕は」


 そう自信なさげに苦笑を浮かべるレイルに、ヘレネはそこらへんは実地で振ってみてからね、と軽く返すのだった。

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