第九話 明暗
泉達がハワイに発ってから、
もう3日になる。
戻ってくるのは一週間経ってからだと言っていたので、
刹の気苦労多き管理人業はまだ続いている。
希は刹と打ち解けてからというもの、
まるでダダをこねる幼い子供のように我がままだった。
「刹ぅー。こないだのプリン美味かったから、
もう一個買ってきてくんない?」
「・・・コンビニなんか近いだろ。てめえが行け」
まるで希の父親のような関係だ。
しかし父といえど(?)
刹は不器用で、ご飯がコゲかけているのに気付かないまま、
手がチャーハンを炒め続けている。
「俺が行ったら老若男女が一目ボレしちゃうじゃん☆
だって俺歩くフェロモンマシンガンだもん」
父親のお叱りに対する息子の言い訳は決まってコレで、
父親は息子の可愛さのあまりかそれ以上は言い返さず、
次の日は結局プリンを数個買って来るという堅実ぶり。
刹が本当は優しいというのを知っての腹黒い行為か、
純粋にプリンが欲しいというだけのワガママなのかは
定かではないが・・・。
その日はチャーハン、目玉焼き、チャーハン、目玉焼き・・・
という絶対的な順番のメニューの内の、今日はチャーハンだ。
変わり映えしない食事にたった3日で飽きた希は
コンビニへ一人で足を運び、「こっちのがうまい」と
インスタントの食事をいくつか買ってくる始末。
しかもその時点で希が一人でコンビニに行っている事に、
ツッコミを入れ損ねている刹。
その時プリンを買うことは必ずしも不可能ではないのに。
しっかりしているのは刹だが、頭が良いのは希という、
なんとも不思議な二人の相違点。
「なぁ、刹」
スプーンで黒く変化したチャーハンをすくっている希。
黒い部分は他の皿によけている。
「何だよ」
精神を集中させて一気に黙々とブラックチャーハンを
食べていた刹。(そうしないと食べられない)
邪魔が入ったので機嫌が悪そうな顔をしている。
「ずっと聞いてなかったけど、お前って・・・」
希がスプーンで刹を指す。
しかし、その時。
――ピーンポーン
滅多に鳴らないインターホンの音。
昨日と合わせて2日連続でこの音を聞くのは、
この施設に来てから史上初めてだと刹は思った。
「誰?」
タイミングよく質問を邪魔されて、希も機嫌が悪そうだ。
「さあな。ちょっと出てくる」
食べかけのチャーハンを置き去りにして、刹は席を立った。
二人分食事があるのに人一人だけ残った食卓には、
どこかむなしさが残った。
「・・・邪魔が入っちゃった」
希はそう言いながら、スプーンで
チャーハンの黒い部分を取り分け続ける。
「せっかく大事なコト、聞こうとしたのにさ・・・」
――刹は素足のまま靴紐がほどけたスニーカーを履いた。
客がいるというのにあまり良くない態度ではあるが、
泉の背中を見てきたせいかそういう点ではかなりルーズである。
誰が来たのか考えつつ、ドアノブに手をかける。
ドアに体重をかけた、その瞬間。
ふと、脳裏に焼きついていた、あの男の顔が。
鮮明に頭に浮かんだ。
ガチャ・・・
もう、遅かった。
太く伸びてゆく玄関の明かりが、闇を照らし出す。
見えたのは頭に浮かべた通りの、銀色の髪と
刹を見つめる黒い瞳。
刹や神を追い詰めた、「死神」だ。
刹がドアノブから手を離したため、ドアは閉じ、
伸びていた光は無くなり、二人だけの空間が闇に包まれた。
同時に刹の心からも明かりが消え去り、
現実という名の闇だけが自分を支配した。
「・・・やぁ、驚いたな」
銀色の髪が夜の冷たい風に揺れる。
男からは不敵な笑みがこぼれた。刹はただ愕然と
その場に立っている事しかできなかった。
男の声は届いているのだろうか。
「まさか君が出てくるとはねぇ・・・」
男はゆっくりと刹に近づき、手を差し伸べた。
白い手は刹の頬をつたって、少し長い髪を掻き分けた。
「・・・なん、で・・・あんたが・・・いるんだよ」
今にも泣きそうな震える声が、銀髪の男に言う。
そしてその声は、銀髪の男の名を呼んだ。
「『依波』・・・」
「何でか・・・だって?」
刹の髪を掻き分けた白い手は、力を入れた状態で
ぐっと髪の毛を掴んで、刹の頭をぐいと引っ張った。
「これだけ非難を浴びて、まだわからないのかい?」
刹の目に浮かぶ、わずかな水滴。
「やめてくれ・・・もう・・・」
力無い刹の声は、誰もいない路地に虚しく響く。
「やめろ?・・・君に言えた事か?」
「う・・・るさい!昔は棟矢に・・・味方してたんだろ!」
刹が珍しく感情的になる。刹は怒る事は多いが、
普段とは違う、真の怒りと憎しみがこもった声だ。
「味方、だって?・・・クッ、ハハハハ!」
そして、その言葉に過剰に反応している依波。
黒い目を大きく見開いて、言う。
「君のお父さんはねぇ、最悪の人間だよ。彼女は犠牲に
しないという僕との約束を破って、沙耶を殺した」
心からの嫌悪を表した、冷たい笑顔。
「だから僕もね、彼を殺したんだよ」
刹の頬を伝うのは一筋の涙。
「――わかってるよね?
君は一生、独りなんだから」
刹の心に突き刺さる、依波の言葉。
刹はまるで感情を失った人形のような、
虚ろな目をしていた。
その時。
バタン!
勢い良くドアの開く音。
刹と依波を包んでいた暗闇に、再び一筋の光が差し込んだ。
「・・・何してるんですか?」
開いたドアからまっすぐに依波を見つめる
その視線の主は、希。
依波の黒い瞳は、まじまじと希を見つめている。
「へぇ・・・また新しい友達ができたの?」
刹は何も話さない。
「でも、君の身の上のことを知ったらどうなるだろうね?」
刹の耳にはもう、何も入らない。
「君は、独りだよ・・・それが必然なんだ」
意外なトコで銀髪男出しちゃいましたよ。
しかし希のせいで神君の存在が薄くなってきてるような。
なので次話で出す予定。
あと、神って「緒神 神」になるんですよね。
また事情があったりなかったりするんですけど。