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第八話 訪問

「じゃあ、俺達そろそろ出るわな♪」

泉は言うまでもなくご機嫌。刹に申し訳なさそうな

素振りを見せることなく朝からタバコを吸う。

「悪いな、刹」

「土産買ってくるから期待してろよー!」

聖弥と佳澄は刹をもみくちゃにしながら言う。

「じゃあ刹、行って来るけど・・・戸締りとか、

 気をつけて。家事もサボらないように」

未だに申し訳なさそうにしている神。

その神の心境を見抜いた刹は、神の額にデコピンを喰らわした。

「痛っ!何すんのさ・・・」

「バーカ、羽伸ばすための旅行だろが。俺なんかの

 心配してたらキリねーぞ。あと俺はサボらん」

神は少しは安心したのか、静かに刹に微笑んで見せた。

「・・・悪いけど。後はヨロシクな。新入居者の件も」

泉はくわえていたタバコを口から離し、煙を吐いた。

「ったく、めんどくせぇ・・・おいクソオヤジ、

 旅行中に不幸呼ぶんじゃねぇぞ、疫病神が」

「え・・・(言い過ぎでは)」

「ま、まぁまぁ、早くしないと飛行機飛んでっちゃいますよ」

佳澄(今回の旅行において最大の柱)はそれを聞き、

ふと壁にかけてある時計を見上げた。

「やっべぇ・・・早く着かせろよ。泉」

「わぁったわぁった、ネズミ捕りさえ無けりゃ余裕。

 んで空港着いたら適当に近くの駐車場停めとく。むろん無料だ」

タバコの灰を落としながら得意げに言う泉。

「お手柔らかに・・・」


ブ・・・ブゥゥ、ブゥブゥブゥゥゥゥン!

何ともしんどそうなエンジン音が

施設のガレージに響く。


(大丈夫なのだろうか・・・?)


そこにいる誰もが同じ不安を持つ。

「ったく、ホントにこの車動くのかよ・・・」

自分ではなく車にボヤく泉。歯ぎしりをしたため、

タバコの灰がぽろぽろこぼれた。

「うりゃあ!」

泉の叫び声と共に突然5mほど進んだ車体。

「おぁぁぁぁ!」

心臓が飛び出そうになるほど驚き声を上げた、

そのなんちゃってドライバーの息子達。

「っしゃ!取り戻したぜ昔のカンを!行くぞ息子ぉぉ!」

やる気マンマンの泉。

「い、行ってきます、刹・・・」

「帰ってこなかったらあとは頼むぞ」

「んじゃ出発ぅぅぅぅ!」

佳澄は不吉な台詞を残し、

泉の運転によって刹のもとを去った。


「・・・大丈夫かよ」


――神よりはるかに心配がまとわりつく刹。


しかし人の心配をする余裕も、そう無い。

この施設に何年ぶりかの新入居者が訪れるというのだから。


「・・・面倒くせ・・・」


頭を引っ掻きながら呟く刹。

とことん無責任な泉に心の中で蹴りを入れた後、

玄関先と談話室を適当に掃除した。

刹が聞いた所によると、その新入居者が来るのは午前中で、

名前は「宮月ミヤヅキ ノゾミ」というらしい。


初見の時は泉までもがその独特の雰囲気に

飲み込まれたらしく、泉曰く第一印象は

「クールで可愛い純真少年」らしい。


(しょーもねーメモ残して行きやがって・・・

 何だ「クールで可愛い純真少年」って)

刹は、「冷蔵庫の中に代理管理人の給料としてプリン有り」

とメモに記されてあったため、冷蔵庫から引っ張り出した

そのプリンをほおばりつつ、時間を潰して宮月 希を待つことにした。

(給料がプリン・・・?)

という刹の中での矛盾はありつつも、

(とりあえずその件に関しては

 泉が帰ってきてからたんまりと話し合おう)

・・・そんなこんなで結論に達した。


――ピーンポーーン


(・・・来たか)


刹はドタドタと廊下を渡り、玄関へ出た。


そこにはノブを持ってドアを開けた状態で立っている、

栗色の髪が印象的で、大きく開いた瞳の色も茶色っぽい。

そして大きめでぶかぶかのサイズの上着が

その白く華奢な体をより小さな子供のように見せている。

入ってきてそのまま、

茶色の瞳でじっとこっちを見て何も話さない。


まるで宮月 希に幼い少年の様な印象を持った刹は、

とりあえず靴を脱いで上がるよう指示した。

「とりあえず入ってくれよ。手続きは談話室でするから」

「・・・あいよー」

初めて発せられた希の声。

見た目の可愛らしさとはうって変わって、

少し低いくらいの柔らかい声だった。


談話室に行くまで二人は黙ったままで、

希はただじっと刹の背を見つめて歩いていた。


――「じゃあ、適当にかけて」

  「ん。」

そう答えて頷き、黒い安物のソファに腰掛けた。


「あんた、この間のオジサンじゃないよね?」


意外にも、突然話を切り出した希。

大きな上着を脱ぎ、簡単に畳みながら刹に聞いた。


「あ・・・あぁ。あのオッサンとここの仲間は

 ちょっと今旅行中で・・・悪いな」

「え 旅行してんの!?俺この日に来るって言ったのに!」

希は、信じられないという顔でソファにもたれ、

はぁとため息をついた。

刹は希と目をそらしながら面目無さそうにしている。

「まぁ初めて見た時から、だーいぶ

 軽そうなオッサンとは思ってたけどさ」

刹は心の中で「それは確かに」と呟いた。

「あー・・・話逸れたな。手続きって?」

本当に人間は外見では判断できないものだ。

見た目おとなしそうな希は、実はお喋りなタイプらしい。

「この書類に色々書いてもらうだけなんだけど」

刹はボールペンと、記入欄の多い白い紙を渡した。

そして、

「わかんねぇとこは空欄でいーから」

と付け加えた。


すると希はペンに手を取り、すらすらと何かを書いて

すぐその紙を刹に付き返した。

刹はざっとその紙を確認して、希に視線を移した。

「・・・お前自分の事、名前と血液型しかわかんねぇのか」


刹が、聞く。

希は表情ひとつ変えず、黙って頷いた。


「・・・なーんも、わかんねぇんだ。俺、2歳くらいの

 物心ついてねぇ頃、カバンの中に入れられて

 森の奥に捨てられてたらしくてさ。

 偶然近く通った奴が、警察に通報してくれたんだ。

 ハハ、運だけはいーんだよ。俺」


何も言わず、ただ黙って話を聞いている刹。


「だから名前も、本来の名前じゃねぇ。

 結局は俺を引き取った奴が考えた偽物の名前だ。

 偽物でも俺には、自分の存在を維持できる、

 たった一つの証明なんだけどな」


淡々と自分の身の上を話す希に、

刹はひとつ、問いかけた。


「だからってウチの奴らは、お前にだけ優しくしねーぞ?

 それでもいいなら、歓迎するけどな」

希を試すようないたずらっぽい笑顔を浮かべる刹。

希も挑戦的な眼差しで笑みを返し、言う。


「・・・のぞむ所だ――。」



――午後。


二人は施設の夕食の買い物をしようと、町へ出ていた。

希も刹と楽しげに神や泉の事を話し、打ち解けている。


希の欲しがった場所は誰にも哀れみを受けず、

後ろ指を指されない、そんな空間だったのだろう。


刹はそうして希に気を遣わないのが一番だと感じ取り、

この施設にとどまって欲しいということを

特殊な方法で希に伝えようとしたのかもしれない。


刹の目には、さっきまで細く弱々しかった

希の体が、一回り逞しく成長したように思えた。

新キャラのぞみ君。

彼のネーミングには

小一時間ほど悩みました。

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