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9. 畑にて

 畑に着いたリャナンは朝に出会った彼は居ないとわかっていても周りを見渡してしまう。

しかし、そこに探し人がいるはずもなく、諦めて畑に入る。隣の畑では、名家ブラント家が一人息子オットーのために雇った畑守りのデールが作業をしていた。


「こんにちは」


リャナンは、花の状態を熱心に見ていて全く気が付いていないデールに声をかけた。


「ああ、リャナンちゃん。こんにちは。毎日朝早くから来ているみたいだし、本当に熱心だね」


「私が普通で、人に任せっきりのまわりがおかしいんですよ」


ようやくこちらを見たデールの雇い主への嫌味に、しっかりと答えてリャナンは笑った。オットーがクラスメイトだからと言ってデールの嫌味から庇う必要など全くないのだ。リャナンの言葉にデールは「そりゃもっともだ」と笑って見せた。デールはリャナン達が入学と同時にオットーの畑守りとして雇われているので、畑のお隣さんとしてもう三年の付き合いになる。

デールは三年前にスタンホール大学を卒業した後、フランツェンになれずに畑守りとなった人である。年齢はデールの方が七歳年上だが、リトルアとはまた違う友人関係にあるとリャナンは思っている。

実はリャナンは彼によくテスト前の勉強を教えてもらっていた。座学は得意だったというのが彼の口癖だが、その言葉はあながち間違っていないことはリャナンも過去の経験から理解している。


「どうですか?そちらの畑の様子は」


デールはブラント家の意向でバラの育種を行っている。デールのまわりにはちらほらと花が咲き始めているように見えた。


「ひとつ選考に出せそうな花が咲いたけど、本来の畑の持ち主が来ないんじゃどうしようもないね」

そういってデールの示した先には真朱色 (しんしゅいろ ) で大輪のバラが咲いていた。


「わぁ。これってもしかしてアリーセ系ですか?」


確かに人目を引くそのバラにリャナンは感嘆の声を漏らす。アリーセとは三十年程前にできた品種だが、未だに人気が根強い品種で紅色が特徴的な花だ。目の前の花は色味と花の大きさアリーセとは変わっていた。


「そう。三代いや、四代前ハイン陛下の妃の名前を冠した、アリーセと白い大輪のバラを交配したら咲いた花」


未だにその花から目を離せずにいるリャナンに説明するデールはさらに続けた。


「でも、俺から『立派な花が咲きました』なんて報告するつもりはないからね。リャナンちゃんもオットー君に言いつけちゃだめだよ」


不穏な言葉にリャナンはそれまで見ていた花から目を離してデールを見る。今までに見たことのない、花を育てているときとは全く違う邪悪そうな微笑みを浮かべていた。


「え、でもせっかく綺麗に咲いたのに、かわいそうじゃ…」


控えめに反論してみるが、


「確かにかわいそうだよね。花が。でも、入学してから三年も経っているのに、その間畑に来たのは数えるほどなんて人間が万が一フランツェンなんてことになったら目も当てられないよね」


とあっさり言い放った。


「そりゃあ。契約だから畑の世話はするよ。でもそれ以上のことはしない」


もはや何を言っても聞き入れないであろうデールにリャナンは何も言えなくなった。戸惑うだけのリャナンに先ほどの邪悪さなど消えたいつもの顔で


「ほら、リャナンちゃんは自分の作業をして、早く帰りなさい。お家のお手伝いもあるんでしょう?」


そう言って会話を閉じられてしまう。今までにあまり見られなかった態度だ。しかしリャナンもそれ以上何を行っていいか分からずにいた。リャナンから「ちゃんと報告してあげてください」などということは言えない。仕方なくリャナンは自分の畑で作業をして、


「お先に失礼します」


と言って畑を後にした。その時には、デールから「お疲れ様」と普通の返事が返ってきたので特に気まずくなったわけではないとリャナンはほっとした。



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