85. 橙のバラ
リャナンは再びメイド達に取り囲まれ、正装をとく。朝と同じで祈りの日とは打って変わって好意的なメイド達に囲まれているのでリャナンの緊張もすっかり溶けていた。メイドとの間に世間話すら飛び出すようになり、それでもメイドの手は止まることなくリャナンは、さほど時間をかけず、元の格好に戻ることができた。ハイヒールの靴からいつもの自分のほとんど踵のないブーツに履き替えたが、違和感が拭えず何度かかかとを鳴らす。
「本当にありがとうございました」
足の違和感が消えてからメイド達に頭を下げてお礼を言う。メイド達は慌ててそんな必要はないと言うが、その仕草すらも親近感を覚えさせるものへと変化していた。リャナンはそんな変化が嬉しくて口元が綻んだまま部屋を出る。
「お疲れ様でした」
部屋の外で待っていたらしいレトンがリャナンに声をかける。
「すみません!お待たせしました」
そういえばレトンを待たせていたのだった。とリャナンは思い出す。普段着に戻ったことですっかり気が緩んでいた。
「お気になさらず。では陛下がお待ちです」
レトンが再びリャナンの横に並び歩き出す。その上陛下まで待っているという事態にリャナンは気が遠くなりそうだった。メイドと和やかに過ごしている場合ではなかった。
前にも一度利用したことのある部屋にリャナンは案内された。レトンがノックをして応えの後に扉を開ける
「陛下。リャナンさんをお連れしました。」
「お待たせして申し訳ありません」
レトンの言葉の後にリャナンが慌てて言い添える。
リャナンが中に入るとレトンは扉を閉めて部屋の外に消えていった。
「来てくれてよかった」
ルトナーは言葉と共にリャナンを窓際の椅子までエスコートをする。リャナンは再び緊張しながら勧められるまま椅子に腰掛けた。目の前のテーブルクロスは橙色を基調としたバラの刺繍が施されたものになっており、前回来た時と変わっていることに気がついた。リャナンは無意識に刺繍されたバラを撫でる。その様子を見たリャナンの向かい側に座ったルトナーは
「そのバラ、元はリャナンさんお家の糸だよ」
と面白そうに言った。
「家で買った糸なんですか?」
リャナンが驚いてルトナーの方を見る。
「うん。一度だけヤーデに連れて行ってもらった時に僕が買ったんだよ」
自慢げに話すルトナーにリャナンは目を丸くするばかりだ。国王自らが買い物それも自分の家でなんて母親は相手が国王だと気がついていたのだろうか?と思うがそれよりもリャナンの家で飼ったというのならこれは間違いなく
「この糸は私が一般認定を取った花で染めたものです。まさかルトナー様に買っていただけるなんて思いませんでした」
リャナンの言葉に、今度はルトナーが驚く。
「こんな色が出る花が一般認定なんてもったいない話だね」
驚いたことを誤魔化すように、政治的判断を口にしたルトナーにリャナンは思わず笑みがこぼれた。
「ルトナー様にそう言っていただけたら光栄です。今後も一フランツェンとしていい花を生み出せるように努力していきたいと思います」
ルトナーが国王としての見解を述べたのだからと、リャナンもフランツェンとしての言葉を返す。二人の改まったやりとりにどちらからともなく声を出して笑った。