84. レトン=ウエル
園遊会よりも長い時間を経て、舞踏会の時間もようやく終わる。リャナンに話しかけてくるのは貴族の人間だけで他のフランツェンとはあまり話ができなかったと少し残念に思いながらも会場を後にする人を見送る。ほぼ空になった会場をリャナンも出口に向かって歩き出す。
部屋の外に出てから、リャナンは自分の行くべき廊下を見失った。着替えるために最初に通された部屋に向かわなければいけないのだがその道がわからない。
(建物内で迷子とかありえない!)
数時間前の記憶を必死に辿り道を探そうとする。
「リャナン様。良かった。まだこちらにいらしたのですね。帰られてしまっていたらどうしようかと思
っていました。陛下が部屋でお待ちになっています」
小走りで走りながらレトンがリャナンの方へとやってくる。どうやらリャナンを探していたようだ。
「レトン様。実は、もどる場所がわからなくなってしまって」
リャナンが、相手にだけ聞こえるような小声でつぶやく。恥ずかしくて目が合わせられない。それを聞いたレトンは、驚いた顔を一瞬したが、すぐに真顔に戻り
「そういうことでしたら、こちらへどうぞ」
とリャナンを誘導し、自分はリャナンの横につく。
「申し訳ありません」
リャナンがレトンに謝ると
「お気になさらず。僕もリャナンさんと話してみたかったですし」
と、人懐っこい笑顔を浮かべた。先刻紹介された時と同じように、姉のマリーとは全く違うその態度にリャナンは驚く。ルトナーが連れてくる人間はいつもかなり貴族っぽくない。
「例えばそうですねぇ。学校での姉の様子とか?」
レトンの一言にリャナンの顔はひきつる。マリーのことはクラスメイトとはいえ話せるようのことはないもない。リャナンの様子にレトンは面白そうに笑うと、
「冗談ですよ。姉がまともに大学生活を送っているとは思えませんから」
と辛辣な言葉を言うその言葉にリャナンがびっくりしているとレトンは
「両親は、姉をフランツェンにすることにご執心でしたからね。まぁ傍流貴族じゃどうにもならないことは解りますけど、だからって高い金払って、畑守りを何人も雇って、賄賂まで用意してるのは子供の僕から見ても気分のいいものではなかったですよ。肝心の姉は賄賂でどうとでもなるからとフランツェンになった後のことばかりでしたし」
レトンの言葉にリャナンは引っかかった。
「でも、マリーさんはストラス=ゼスト氏更迭の折、噂話に随分熱心でいらしたけど」
計算でもなんでもなく本音が漏れる。レトンは苦笑いだ。
「更迭が自分の不利益に繋がってることが理解できなかったんでしょうねぇ。最近はおとなしくなってますけど、卒業したら両親が縁談とか持ち込むんじゃないですかね」
と他人事のように言い放った。
「じゃあ宰相に就任してご両親お喜びになったでしょう?」
弟が宰相なんてものすごいオプションだろうことはリャナンでも想像がつく。
「権力欲はそれなりに持ち合わせてる両親ですからね。姉のことを度外視しても喜んでるみたいですよ。ものすごくうっとおしいんですけどね」
うんざりだという口調でレトンは言う。リャナンも苦笑いで返すしかない。
「それではリャナンさんこちらの部屋でしたよね?中にメイドがいるので支度が終わったらまた陛下のところへご案内します」
と言ってリャナンを朝使っていた部屋の中へと通した。