83. 新宰相
次々にリャナンのもとへやって来る貴族達の相手をしながら、ルトナーの方を伺う。ルトナーも人に囲まれ、とても近づけそうにないとリャナンは自分の目の前の人たちを突破することを諦めた。無理に突破したところで、行くあてがないのでは結局場所が変わるだけで同じことだと動くことを諦めた。そもそも高いヒールのせいで不必要に動きたくない。
「リャナンさん。デメルングが諸外国にとても人気とか。おめでとうございます。陛下の選定眼にも感心するばかりですわ」
いかにも貴婦人という雰囲気の女性が話しかけてくる。リャナンは最初のほうこそ失礼があってはいけないと次々と名のられる名前に覚えることを放棄していた。さらにかけてくる答えは皆一緒なので同じように返す。
「諸外国に買っていただけるのは本当にありがたいことですね。本当に陛下にはデメルングを選んでいただいて感謝するばかりです」
と笑顔で答える。そうすると、何故か皆、満足したように微笑みその場を離れていくのだ。いい加減同じ言葉の繰り返しと、貼り付けた笑顔が辛くなってきた。女性の出席者は重いドレスとハイヒールでよく優雅に歩けるものだと変なところに感心しているあたり、集中力が切れかかっていることもリャナンは自覚していた。
「お楽しみのところ申し訳ないけれど、少しリャナンさんを貸してもらえるかな?」
突然、後ろから声をかけられてリャナンは振り返ると、リャナンを囲んでいた人達は既にいない。ルトナーが二十代ぐらいの男性を一人従えて立っていた。
「陛下。どうかなさいましたか?」
努めて冷静にリャナンが問えば、
「リャナンさんにも紹介しておこうと思って。新宰相のレトン=ウエル。レトン、こちらがリャナン=エルスターさん」
リャナンは引き合わされた人物をまじまじと見てしまう。クラスメイトのマリー=ウエルと同じ文人茶色の髪に空色の目をした青年は人懐っこい笑顔を浮かべてリャナンに話しかける。
「はじめまして。リャナン=エルスターさん。この度、宰相に就任致しましたレトン=ウエルです。リャナンさんには姉のマリーが同じクラスで大変お世話になっている様で、これからは姉弟ともどもよろしくお願いします」
レトンの言葉にリャナンは納得したと頷いた。
「マリーさんの弟さんでしたか。こちらこそお姉さまにはいつもお世話になっています」
とリャナンは頭を下げる。実際にはクラスメイトといえど接点はないが、社交辞令に文句を言っても仕方ない。
「昨日、宰相に就任したばかりだけどね。彼は優秀だよ」
ルトナーが満足そうに言えばレトンはとんでもない。と手を振って否定する。
「周りの優秀な議員の方たちの足でまといにならないようにだけはしたいと思っていますよ」
と続けた。リャナンは、姉と違って好感が持てそうだ。と若干失礼なことを考えながら、二人のやり取
りを見ていた。
「リャナンさん。ようやく約束が果たせそうなので、これが終わったらお茶に付き合ってくださいね」
ルトナーは、目的を果たしたとばかりに、言いたいことだけ言うと、離れたところで待っていた人の群れのところへと戻っていった。結局周りの目が気になって長話はできない。
リャナンは再び貴族の婦人たちに囲まれた。その中で、実家の糸屋のことを聞いてくる人たちが現れ、リャナンは渾身の力でセールストークを繰り広げ、顧客をゲットして家族にいい土産ができたと一人満足していた。