8. 昼食時
授業終了の鐘がなる。午前中の授業がすべて終了して、リャナンは人目もはばからず思いきり背筋を伸ばす。その瞬間に背骨の関節が鈍い音を立てたような気がするが気にしない。体が伸びきったところで力を抜きながら止めていた息を全て吐き出す。体の固まりがほぐれたころに、
「リャナンちゃん。お昼食べに行こう」
とリトルアが声をかけてきた。
リャナンは机の上に出しっぱなしだった教科書を鞄に仕舞うと、小走りですでに食堂に向かっていたリトルアに追いつく。
「今日のお昼って何?」
リャナンは横に並びながらリトルアに問いかけた。
寮生活のリトルアは朝食も寮で食べているので、ついでにお昼の献立もチェックしているのだ。
「今日はねぇ、白身魚の香草焼きだって。パンはライ麦パンらしいよ」
「そうなんだ。朝にライ麦パンのチーズサンド食べたのは失敗だったかな」
二人で他愛もない話をしながら食堂に向かう。
食堂に着いた頃にはどうやら時間前に授業が終わった学年があったらしく、半分ほどの座席が埋まっていた。昼ご飯を受け取り、適当な席に二人で向かい合って座った。
「そういえばリャナンちゃん。精霊学の時の一人百面相は何?」
魚を骨と身に分けながらリトルアが口を開く。その言葉にパンをちぎっていたリャナンの手が止まった。朝の出来事を話しても良いものかどうか一瞬迷ったが、他人の意見を聞きたいという欲求に負けて、リャナンは朝に起こったことをリトルアに話した。
「さすがに、貴族様に捨て台詞吐いた挙句に逃亡とかまずいことしたな。って思ってるんだよ。もう考えても仕方ないけどね」
リャナンの話を聞いていたリトルアはもう食事をする手が止まっていた。そしてリャナンの話が終わると、ため息をついた。
「ニエル家って言ったら貴族の中でも最も国王陛下に近い家だもんね。陛下の心ひとつで決まる物を目指している側としてはちょっと気になるよねぇ」
すっかり自分のことのように考え込んでいるリトルアを見てリャナンは思わず感心してしまう。自分のことなのに他人事のような雰囲気のリャナンとは正反対だ。
「いや。もうやっちゃったことだしさ。今更気にしてもしょうがないし、国王陛下の気分ひとつで決まるとはいえその気分を覆せるほどの花を作出出来ない様じゃ今の貴族主導の認定だって通らないよ」
すっかりあきらめた様子のリャナンにリトルアは食い下がる。
「朝にここにいたならきっとこの近辺に住んでるんだよね。貴族街に行ってみたら案外会えたりしないかな。もし会えたらそこで謝ってみたら?」
貴族街はこの学校からほど近い城の南側に広がる一帯を指す。文字通り貴族の屋敷が立ち並んでいる場所だ。
「さすがに貴族街を、訪ねる人物が不確かな状態で歩いたら、警備につかまると思うよ」
ニエル家の屋敷を一軒ずつ訪ねるにしろ、ローンの屋敷がわかったとしても突然訪ねて取り次いでくれるとは考えにくい。
「そうだよね。でもどうにかならないかなぁ」
リトルアも自分の提案に無理があることは分かっていたらしく、あっさりと引いた。
「ほら。もう食べ終わったんなら帰るよ。今日は午後の授業が無い日なんだし。畑に寄ったら、私は家に帰って店の手伝いしなきゃ」
空になった食器が乗ったトレーを持って席を立つと、未だに思案顔のリトルアも後に続いた。
食器を返して、食堂を出ると二人で畑に向かう。二人の畑は同じ学年にしては離れた所にあるので校舎から出て間もなく二人は別れを告げて別の道に進んだ。