78. 新年祭 2
城内の一室にルトナーは一人座っていた。初めて国民に向けて挨拶をしなければいけないことにかなり緊張していた。かなりの人数が城の前庭には集まっているらしく、部屋の中まで熱気が伝わってきていた。
「陛下。そろそろお時間でございます」
メイド頭がルトナーを呼びに来る。きっとこの仕事は宰相であるローンの役目だったはずだが、未だに新しい宰相は未だ空位で、政治の代行は議員たちが、国王の身の回りのことはメイド頭が代行している。問題は山積で、ジェンの後任も決まらず議員は今、三人しかいない。正直、新年を祝うような気分ではなかったが、そんなことを言っていいわけがない。メイド頭に促されるまま椅子から腰を上げ、出口に向かう。ルトナーが部屋から出いくと、メイド頭は素早く扉を閉める。ルトナーは扉の閉まる音を背中に聞いたときに、何処にも戻れないような不安感を感じたが、奥歯を噛み締め歩みを進める。バルコニーへと出ると前庭は、人で埋め尽くされていた。あまりの人数に目眩がしたが、そんなことは一切出さず、国民の前に立つ。ざわついていた人達は一斉に黙り、静寂が訪れた。多くの人間が作り出す静寂にルトナーは飲み込まれそうになったが、息をひとつ吸い込むと口を開いた。
「諸君、今日は寒い中よく来てくれた。昨年、私が即位して八ヶ月のあいだに、いろいろなことが起こ
り諸君には心配をかけたが、今年は皆が安心して暮らせる独立した国を作りたいと思っている。この国の精霊の加護が続くことを願う」
ルトナーのスピーチが終われば国民からの歓声が起こる。ルトナーは国民を見渡し、その中にリャナンが居るかもしれないとちらりと思ったが、これだけの人の中からたったひとりを見つけ出すことは不可能だろうと、諦めた気持ちで、改めて群衆を見た。盛り上がる群衆を尻目にルトナーは中へと戻る。これから、議員たちへの挨拶やら明日のフランツェンを招待した、新年会の打ち合わせなど細々した仕事は多い。新年早々忙しいが仕方がない。
ルトナーはそのままコンフェレンツ・ルームへと向かう。部屋には議員たちが集まっているはずだ。部屋の扉を近衛兵に開けさせ、中へ入ると、三人の議員が一斉に立ち上がり、頭を下げる。ルトナーはそれを認めつつも敢えて誰とも目を合わせずに、自分の椅子へと座った。さらに議員達が座るのを認めてから改めて、三人を順に見た。ひとつだけ座る者のいない椅子がやけに目立つ。ルトナーの後ろにもひとつ空席があるが、ルトナーは敢えて振り返らずに口を開く。
「昨年は色々あったが、今年は、平穏に国の運営ができるといいと思っているよ」
第一声から牽制を含めた物言いにヤーデ以外の二人の議員が気色ばんだがルトナーは受け流す。
「陛下、それよりもゼスト家の議員と宰相位を長く空位にするのはいかがなものかと思いますが?」
ウェル家の議員である、カイン=ウェルが早速とばかりに口を開く。
「それは解っている。ジェン=アルタイの件の捜査も終わり、あとは刑の執行を待つのみとなった以
上、早々に次期宰相と、アルタイ家の議員を選定する必要があるだろう。しかし新年の行事の最中に新たな人間を入れることは現実的ではないのだから、行事が終わったあとゆっくりと選定しようと思う」
ルトナーの意見にカインは納得をしていないように口を動かそうとしたが、結局何も言わずに引き下がった。ルトナーはその様子を見てどうやら少しは国王としての存在を取り戻せたらしいと感じていた。