75. 会話
そのままリャナンに手を引かれるまま横道に入り工房まで案内してもらう。初めて見る染糸屋の工房に、こんな時でなかったら色々と歩き回りたくなりそうだが、何しろ今はそんな気力自体が湧いてこない。色々と気を使って動いてくれるリャナンをただぼんやりと見て、かけてくれる声にも謝るくらいしか反応が返せない。
「うん…。ローンが死んだよ」
会話の流れで今、自分がここにいる理由を口に出す。改めてローンが死んだことを自分の言葉で改めて考える。どこで行動を違えていたら今と違う道があったのか。そんな考えが浮かぶ。リャナンも突然の言葉に呆然とする。
「あの。なんで突然?」
恐る恐るという口調でリャナンが聞く?
「ごめん。今は話せない。多分明日から学校とかで色々聞くことになると思うけど、全部いつか僕の口
から話すからそれまで待っていて欲しい」
ここまで押しかけておいてさらに世話にまでなっているのに勝手な言い分だとルトナーは自分の言い草に呆れるが、それでもリャナンは
「分かりました。落ち着いたら話してください」
とだけ言った。リャナンのセリフにルトナーはホッとして少しだけ笑うことができた。
「でも、どうしてこうなったのか、どうすればこの結果は躱せたのかがわからないんだ」
気が緩んだルトナーは自分の心情の核心を吐露する。
「いっそ国王になんかならなければよかった」
そんな選択肢ははじめからなかったが、それでも自分が国王でなければということは幼少期から折々に感じていた。
「そんな甘ったれたこと言わないでください」
唐突にリャナンが怒った声を出す。ルトナーが驚いてリャナンの方を見ると、
「私は、ルトナー様が国王でよかったと思ってます。国王認定のことだって、二重課税のことだってきちんと対応してくださって、これからこの国は良くなるのかもって思えてきたんです!」
と、一気にまくし立てた。
「でもそれってあるべき形に戻っただけだよね?」
ヤサグレ気味にルトナーが言えばリャナンはそれ以上の言及を避けた。その反応にルトナーは少し悲しくなる。
「進むべき道はひとつしかないはずなのに迷いたくなるのはなんでだろうね」
「『迷ったらより険しい道を進みなさい』って、祖父は言ってました」
リャナンは数多い祖父の思い出の一つを口にする。
「それは厳しい話だね」
「そうじゃないです。最初に大変な道に進んでおけば、どうしようもなくなった時に楽な方に戻れることもあるでしょう?最初に楽な方を選んだら、厳しい方にはもう進めないですよ」
リャナンが解説を加えるとルトナーは納得して再び笑う。
「そうか。うん、頑張るよ。ありがとう。夜遅くにごめんね」
そう言ってルトナーは立ち上がった。まだ逃げている場合ではない。城に戻って、明日のために備えなくては。
「なら、良かったです。お送りしますよ」
リャナンも立ち上がる。ルトナーはリャナンの申し出を断ろうとしたが、友達の家に行くので。というリャナンと共に工房を後にした。




