74. 夜道
結局、ジェンを捕縛してルトナー自ら聴取に乗り出し、その中でジェンが、
「この国のためです」
と、叫んだ時には生まれて初めて本気で人を殴りたいと思ったほどだ。なんとかそれだけは堪えて聴取を進め、ルトナーは、形だけでも議会に持っていかないとほかの議員たちがうるさいだろうとか、ゼスト家に続きアルタイ家の議員の選抜をし直さなければならないとか、これからの仕事にいささかゲンナリしたが、それでもまだ忙しく走り回っているときはそのことだけ考えていればよかったのでヤーデの助けも借りて乗り切った。
ジェンをそのまま地下郎に繋げることになり、その旨の書簡をアルタイ家に送った近衛兵の話では、奥方が倒れるなど中々の阿鼻叫喚だったらしいがそんなことでルトナーの溜飲が下がるわけでもなく、ローンの葬儀のことを決めなければならないことにも鬱々とした気分になった。
ルトナーは、結局一日を聴取と葬儀の段取りに追われて終え、自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。そのまま動けなくなりそうなほどの疲労感を感じたが、頭は妙にすっきりとしていて、必要のないことまで考えが及びそうで無理やり頭を振って体を起こす。いつもの部屋が広く感じられ、声を上げて泣いてしまいそうになった。いっそ泣いてしまえれば楽になるかとも思ったが、やっぱりどこかにプライドが残っているらしい。静まり返っている部屋で呆然としていたが、無性に体を動かしたくなった。クローゼットの中からコートを取り出すと、音を立てないように部屋から出る。今の時間ならばメイドの行き来も少ないだろうと、小走りで廊下を抜け、階段を下りて、いつも庭師が出入りをしている扉から庭に出る。
自分だけが知っている抜け道を使い城からも抜け出してみて、何処にも行くあてがないことに気がついた。足を止めて、戻るしかないかと思ったが、部屋に一人で居たくないと、城に背を向けて再び歩き出した。
あたりはもう暗く、雨上がりのすっきりとした空に月が浮かんでいた。幸い月明かりのおかげで足元は見えるし、歩く位なら困らないだろう。
メインストリートと呼ばれている道をそのまま進めば、立ち並んだ家から漏れる明かりも手伝ってさらに歩きやすくなった。朝早く城を抜け出すことはあっても夜遅くにでは馬車ですら外に出る機会がほとんど無かったルトナーは白い息を吐き出しながら、歩き続ける。すぐに息が上がってくるがそれでも歩みを止めなかった。今止まったら今度は何を考え始めるかわからなかった。それでも普段大して歩くことのない生活をしているため足が痛くなってくる始末だ。自分が情けなくなってきて一旦足を止める。道のど真ん中で一人立ち尽くしている様子は異様に映るかもしれないが、この時間に他に人通りもないため誰に咎められることがない。少しクリアになった頭でふとリャナンのことを思い浮かべて無性に会いたくなった。ルトナーは再び今度は目的地を目指して歩き出す。
ヤーデに連れられて来た糸屋の前に立つ。しかし玄関がわからない。店の入口はあるのだが、明らかに閉店後だし、ほかの家には店の入口の他に玄関らしきものがある家もあるがリャナンの家にはそれがない。諦めて帰ろうかと思ったが、どうしても家の前から動く気になれなかった。呆然と立ちつくしていただけなので、寒さで耳が痛くなってきた時に流石にこれ以上は誰かに見られてりしたらまずいと冷静な思考が浮かぶようになった。それでも動けずにいたときにリャナンが目の前に現れたときは、さすがにルトナーは自分に都合のいいように幻覚を見ているのではないかと思った。
「え!?ルトナー様?こんなところで何をしているんですか?」
ルトナーは驚いたリャナンの声にどうやら幻覚ではないことを理解した。