72. 焦燥
侵入者を防ぐ目的もあり、執務室の扉は、他の部屋よりも頑丈に作られた扉は叩こうが押そうが引こうが開くことはない。ルトナーは段々焦れてきて、力任せに扉を叩く。ここで諦めたら何かが手遅れになるような焦燥感がルトナーの中に広がり、無駄だと分かっていても手を止めることができない。
「陛下。どうなされましたか?」
唐突に扉の向こう側から聞こえた声に、ルトナーは、
「ヤーデ!ちょうどいいところに来てくれた。扉が外側から鍵がかけられて開かないんだ」
と早口でまくし立てた。程なく鍵の外れる音がして扉が外から開かれる。
「鍵が刺さったままになっていましたが、何かありましたか?」
「ありがとう。後で説明する!」
開いた扉から早々に廊下に飛び出し、一目散に駆け出す。目的地はとりあえず、ローンが宰相に就任してから使っている部屋だ。
階段を駆け下りローンの部屋の扉を乱暴に開ける。
「ローン!」
部屋の中に確かにローンは居て、いつもの座席に座っていた。それでも明らかにいつもと違う様子に、
「ローン?」
恐る恐るもう一度呼びかけながら一歩、部屋に入る。自分がさっきいた部屋よりもひとまわり以上小さいはずの部屋が妙に広く感じローンが座っている場所までがやけに遠い。
それでももう一歩踏み出そうとすると、ルトナーは肩を後ろから掴まれてその場に立ち止まる。
「お下がりください。陛下」
ルトナーが振り返るのと、ヤーデが声をかけたのが同時で、ルトナーを追いかける途中で合流したらしいメイド頭と共にヤーデはいた。ローンを気にしたままヤーデの方へ向き直ると、
「陛下をお部屋へお連れしてください」
ヤーデはルトナーの言い分も聞かずにメイド頭へと告げて自分はローンへと近づく。
「ちょっ。ヤーデ!」
何を言い出すんだとばかりにルトナーが食ってかかろうとするが、メイド頭も強引にルトナーを部屋の外へと連れ出した。普段ならメイド頭の行動は越権行為だ。ルトナーは怒鳴りつけてでもこの場にとどまろうとしたが
「陛下。先に部屋へお戻りください」
毅然とした声音でヤーデが再度告げる。仕方なくメイド頭に連れられる形でローンの部屋を後にして、執務室ではなく自室へと向かった。部屋に戻ってからはされるがままに椅子に座り出されたお茶を飲む。何度か、中々部屋にやって来ないヤーデに焦れて席を立つが、その度に側に控えたままになっていたメイド頭に押さえ込まれている。
それから待っているだけの時間が過ぎ、いい加減しびれを切らせたルトナーがメイド頭を振り切ってでも外に出ようと画策を始めた頃にようやく部屋の扉のノックが響いた。




