70. 執務室
時間は少し遡る。
朝の議会で勅命を出すことを議員たちに伝えた途端、議員たちの顔色が変わり、ルトナーに思いとどまらせようとさまざまな言葉を口にした。中には脅迫と取りたくなっても仕方のないような言葉もあったが、全て流して、にっこり笑い、
「国王の判断に口だせるほど偉くなったおつもりですか?」
と、一言で周りを黙らせた。さらに追撃するように、ヤーデをゼスト家の議員として任命したことも告げる。この手の爆弾は一度に爆発させてしまったほうがいい。ストラスの息子を議員に据えることを画策していた議員たちはこれにも反発したが、にっこり笑えば、ルトナーが言葉を発する前に察した議員たちが一様に黙る様を見たときルトナーはこれで国王の権威をある程度は取り戻せたことを実感した。
結局その日の議会は紛糾した分だけ長くなったが、得られたものは多かったとルトナーは国王になってから初めて満足のいく議会だったと思った。しかし消耗が大きかったことも事実で、執務室に入ってから、仕事に手をつけずに窓の外をぼうっと眺めていた。すっかり葉が落ちた庭木のため色も少なく、物悲しい雰囲気を持っているが、これはこれで眺めていても飽きない。議会掌握の充実感も相まって、気分も高揚しだし、せっかくだから少し抜け出して、散歩に出ようかと、いそいそと立ち上がると、そのタイミングで、部屋のドアがノックされた。
(タイミングが悪いのか、抜け出した後でなくてよかったのか判断に困るな)
等と呑気に考えながら席に座り直し、入室を許可する返答をすると、扉が開けられ、お茶の用意をしたローンが部屋に入ってきた。普段ならお茶の用意は全てメイドの仕事で、宰相であるローンが手ずがら用意をすることはまずない。不思議に思いつつも黙っていると、ローンは無言でルトナーの前にお茶を用意する。お茶のバラの香りが広がる。
「ありがとう」
普段は言わないお礼も自然とルトナーの口をついて出た。ローンも意外そうな顔をしたが、すぐに真顔に戻り、
「今日はお疲れ様でした。あそこまでやれば議員連中も、だいぶ大人しくなるでしょう」
ローンは淡々と言ったが、ルトナーの目の前にいる現・宰相で、幼少期の教育係たるローンには昔からあまり褒められた記憶がなく、何かあったのかとルトナーはローンの顔をまじまじと見返した。その視線に、ローンは
「何ですかその顔は。私だってあなたがきちんと責任を果たせば、褒めることぐらいありますよ」
とやっぱり淡々と返された。ルトナーは珍しく褒められたことが嬉しくなり顔がにやけてきた。
「そのだらしのない顔で議員や国民の前に出ることの無いようにしてくださいね」
間髪いれずにローンにピシャリ言われてしまいルトナーは慌てて顔を引き締める。褒められたり怒られたり忙しい。
「そういえば、用件は何?」
ルトナーはローンがお茶を運ぶためだけにここにやってきたとは思えず、先に進むように水を向ける。
「陛下。今日限りで宰相の職を辞したいと思います」
ローンの突然の宣告にルトナーは呆然とするしかなかった。