68. 復活
ハシスは無言でテーブルの上で箱をひっくり返す。箱の中からは色味の違う赤い糸がバラバラと飛び出しテーブルの上に小さな山を作る。家族は呆気にとられてただ目の前に突如現れた小山を凝視するだけだ。
「お兄ちゃん。これは?」
リャナンが呆然としつつもハシスに聞く。いつだって、家族の中で質問することは自分の役割だ。末っ子権限をフルに使って家族を質問攻めにしても許される立ち位置をいつもの通り使う。答えを求めるように家族全員がハシスをみる
「俺がこっそり染めてたカルブンクルスの糸だ」
ハシスの答えにリャナンは目を丸くして、改めて糸を見る。祖父の糸とは全く違う赤味であるため、俄かにはハシスの言葉が信じられない。
「この色では売りに出せない」
父親が諦めたようにため息を一つつき、あっさりと断じる。
「これはね。でも去年あたりからだいぶマシになってきているんだ」
そう言ってハシスはポケットに突っ込んでいた、新たな糸を取り出す。その糸はリャナンの目にも最初に山を作った糸よりも随分と祖父の赤に近づいているように見えた。その糸に父親の目の色も変わる。
「マシになった」というのは兄の謙遜だとリャナンにもわかった。これならきっと父親も許すはずだと、リャナンは父親を改めて見た。母も義姉も父親の言葉を、息を詰めて待つ。
父親はハシスが最後に出した糸を手に取りゆっくりと見たあと、
「わかったそこまで言うなら、春になったらカルブンクルスの糸を作る。」
と、言った。その言葉にリャナンは手をたたいて喜んだ。
「でもお兄ちゃんこんなにたくさんの糸を染めるのにカルブンクルスはどうやって調達してたの?」
リャナンはひとしきり喜んだあとにふと湧いた疑問を口にする。
「じいさんの時から世話になってた農家のアッシェさんに協力してもらってた。正式に商品になることは明日報告に行くよ」
祖父にカルブンクルスを卸していた人の名前がここで出てきたことにリャナンは驚いた。てっきり糸を作れなくなった時につながりは切れていたものだと思っていたのだ。
「そっか。アッシェさんいい人だったもんね~。私からもよろしく言っといて」
リャナンは喜びを隠せないまま会話を続けていたが、
「そうだ。私出かけてくるね」
思いついたように、席を立つ。
「こんな時間に?どこ行くの?」
母親が心配そうな声を出すが、
「カミルの所。家のカルブンクルスの糸が復活するって知らせてくる」
母親の言葉を振り切って部屋の扉に手をかけた。
「迷惑にならないようにするのよ」
母親は、走り出したリャナンを止められないことは解っているのだろう。少し注意するだけで終わりにした。
「はぁ~い。いってきます」
廊下を歩き、既に閉店しているため家の裏口から細い通りを抜けて大通りにでる。すでに雨は上がっていたがだいぶ肌寒い。もう一枚多めに着込んで出てくればよかったかと考えつつ歩調を早めた。そこでリャナンは月明かりに浮かぶ人影を見つけた。不審者かと思い身構えるが。相手は微動だにしない注意しつつ人影に近づくとリャナンは驚いた声を上げた。
「え!?ルトナー様?こんなところで何をしているんですか?」
目の前に立っていたのは国王陛下たるルトナーだった。