67. 宣言
リャナンは無言で椅子に座り、何となく周りを見渡した。両親の部屋の本棚には植物図鑑や染物に関する本がきっちりと並んでいる。普段忙しそうにみえるが、どういう風にか父親はかなりの読書家で昔から良く本を読んでいた。きちんと元に戻すことを条件に貸してもらいリャナンは子供の頃からここにある本を読んでいた。懐かしい記憶にリャナンが一人目を細めていると、
「今日、夕飯が終わったら話がある」
突然父親が口を開いた。つまりそれまでは何も話すつもりはないということだ。父親の言葉を正確に読み取り、
「じゃあ、お母さんとお兄ちゃんにもそう言っとく」
本当はそういう話かを突っ込んで聞いておきたいがおそらく父親は話さないだろうとそのまま椅子を立ち両親の部屋をあとにする。
店に戻り、母親にやり取りを伝え、兄の部屋にも行く。家の中を一人動き回り家族の伝言を終えて、ようやく自分の部屋で一息つく。行儀悪くベッドに倒れこみ見慣れた天井を見上げる。耳をすませば、通りから人の話声が聞こえてくる。一年も終わろうとしているような寒い季節に通りに活気があるのは非常に珍しい。それほど今日出された勅命にみんなが注目しているということだろう。リャナンは、今回のことをやってのけた国王たるルトナーの顔を思い浮かべる。最近忙しいと言われ続けていたのは、今日の勅命が理由だろうというのは想像に難くない。カールもルトナーが二重課税を知れば廃止に動くだろうと、言っていた。しかし、正当な手順を踏むなら議会を通して法律を廃案にすれば良いはずなのに勅命という力技を使ったことがリャナンは引っかかっていた。
(浮かれてないで、お城に寄って聞いてくればよかった)
城の訪問に全く抵抗がなくなったわけでは無いのだが、多くの近衛兵とも顔見知りになり取次のあいだに世間話をできるくらいにはなってきている。後悔が頭をよぎるが明日にしようと無理やり切り替えてベッドから体を起こす。いつの間にか太陽が傾き店の閉店時間が過ぎている。夕飯を作る母親を手伝おうとリャナンは台所に向かった。
「お母さん。手伝うよ?」
そのまま二人で台所に並んで立つが、夕飯後の父親の話の話題はお互いに出さなかった。
母親の手際の良さで夕飯を作り終え、家族が食卓に着く。そのあいだも誰もこのあとの話題には触れようとせず、リャナンは嵐のまえの静けさのようでだんだん不安になってくる。当たり障りのない会話だけをして夕飯を終えると、父親が口を開いた。
「せっかく税金がなくなったけれどカルブンクルスをまたうちで使うことは無い」
突然の宣言に父親以外の家族の目が丸くなる。
「なんで?」
思いついた疑問をリャナンはそのまま口に出す。
「父さんもハシスもお祖父さまから技術を受け継いでいないからだ。恐らく今、カルブンクルスで染めてもあの赤は出ない」
父親の言葉にリャナンは下を向く。確かにカルブンクルスを使っていた頃は、祖父は元気で技術が絶えることなど考えてもいなかった。その後、税金が始まりカルブンクルスを使わなくなり、祖父は死にそれっきりだったから、技術の継承は行われていなかったのだろう。父は祖父の技術を祖父と共に葬ると宣言したのだ。
せっかくまたカルブンクルスが使えるようになったのに既に技術が失われていたという新たな問題がエルスター家に重くのしかかった。リャナンが悔しくて何も言えずにいると兄のハシスがおもむろに立ち上がり部屋を出ていった。家族が無言でそれを見送り、兄も悔しいのだと勝手にリャナンが理由をつけていると、両手で持てる程度の大きさの箱を抱えてハシスが戻ってきた。