65. 糸の流通
「ここって、もしかして・・・」
シュトルヒが奥に下がったのを見届けてから、ルトナーは恐る恐る尋ねる。するとヤーデは、
「確信があるわけではないですが、リャナン=エルスターさんの実家ですね」
確信がないと言いつつ、ヤーデがルトナーをここに連れてくると決めた時からある程度の確信を得ていたのだろうとルトナーは考えた。
「昨日息子からリャナンさんが、カルブンクルスを懐かしいと言ったこと、実家が糸屋であることを聞きました。さらに苗字がエルスターなら、おそらく間違いないでしょう」
ヤーデはルトナーの考えを読んだかのように種明かしをする。そんな会話をするうちにシュトルヒが籐製の籠を大事そうに抱えて戻ってきた。
「こちらがカルブンクルスの糸になります」
シュトルヒが言いつつ籠を机の上に置く。蓋のついていない籠の中をルトナーが覗くと、中には真紅に染められた糸が数掛入っていた。
「何年経っても変わらずに美しいですね」
ヤーデも籠を覗き惜しみなく褒める。ルトナーは糸から目が離せなくなり、言葉も出ない。城の中には国王認定花で染められた糸を用いた刺繍はたくさんあるし、カルブンクルスの糸もそれほど珍しいものではない。それなのに、目の前の糸は城の中にあるどの糸よりも綺麗に見えた。
「手にとって見てくださっても大丈夫ですよ」
見ているだけのルトナーにシュトルヒが愛想良く声をかける。しかしルトナーは糸を壊してしまいそうで、触ることはおろか、最初に覗き込んだ位置から動くこともできなかった。どうにか触れることには断りを入れ、
「もうこの糸は売っていないんですか?」
金縛り状態からどうにか抜け出したルトナーが地雷であろうと知りつつシュトルヒに聞いた。そもそも今回の訪問は糸そのものよりも糸が作られなくなった理由を知りに来たのだ。
「税金が払えないからですよ」
あっさりと言ってのけたシュトルヒに今までの穏やかさは無くただ淡々と事実のみを告げる。
「税金?」
さすがのルトナーも税金の扱われ方ぐらいは知っているつもりだったので、予想外の言葉だった。
「ええ。カルブンクルスは国王認定花なので商売に使うと青天井で税金が増えていくのですよ。メインである刺繍屋への卸もままならなくなって、割に合わなかったので一切合切手を引きました。名家の経営する刺繍屋なら取り扱っているところも多いですし、お求めならそちらへどうぞ」
バッサリと切り捨てるようなシュトルヒの口調にルトナーはものすごい地雷だったことを今更理解した。軽く考えていた自分が情けなく思えてくる。
「いきなりお邪魔して変なことばっかり聴いてしまってごめんなさい」
すっかりしおれた様子のルトナーにシュトルヒは慌てて
「いえ。これに懲りずにまた来てくださいね」
と元の笑顔に戻って取り繕う。
「カルブンクルスでなくとも、素敵な糸がお店には並んでますよ」
とヤーデはルトナーを誘い店内を見て回る。結局二人は橙色の糸を買って店を後にした。
糸を選んだときにシュトルヒがやたらと嬉しそうだったのを見てルトナーも少し気分が浮上した。