61. 告白
「一言で言うならやっぱり国が嫌いだからです」
リャナンの不穏な発言にもカールは眉一つ動かさず聞いている。もっと驚いたり怒ったりという反応が見られるかと思ったが予想外だった。お茶を飲みながら続きを促される。
「ご存知の通り家は糸屋です。そしてお察しの通り、二重課税前までは国王認定の花を使って糸を染めていられました。カルブンクルスは祖父が染めていた糸の中でも人気で、あの真紅を出せる祖父は私の自慢でした。
それなのに、ある日突然国からそれを取り上げられて、私は悔しかったけど、周りの大人は『仕方ない』、『国が決めたことだから』って言うばかりで、本当にカルブンクルスは家の店から無くなりました。だからいつか私は、カルブンクルスに負けないような糸が作れる花を作ってそれは絶対に、国王認定には出しません」
リャナンはゆっくりと当時の悔しさを噛み締めるように吐き出す。当時の記憶はリャナンにとって非常に苦い。さらに祖父が二重課税開始から二年後、祖父は失意のうちに精霊・ヴァサーリーリエが閉ざす世界の住人となり果てたことは、リャナンの国嫌いにいっそう拍車をかけた。
「国王認定を取らなければフランツェンとしての価値が下がるとしても?」
リャナンの決意の元のささやかな抵抗に、カールが疑問を投げかける。
「それは仕方ないと思います。一般認定を取るフランツェンがほぼ居ないけれど取ってはいけに訳ではないですし、私は諸外国の庭を彩るための花ではなく、工芸花卉をつくります」
一般認定は学生が積極的に取っている。一般認定が増えれば予備選考が通りやすくなるという噂が立ちそれに拍車をかけていたが実際には予備選考はお金の力だけであったことはリャナンも気がついている。
「その気持ちは今も変わらないの?」
国王が変わり、予備選考はなくなった。絶望しかなかった国民生活も実は少しずつ上向いている。二重課税はまだ判らないが、ルトナーがそこに行き着いた時には然るべき行動をとってくれそうな期待をリャナンは持っている。さらに言えば、リャナンは現国王の初めてのフランツェンに登用された人間でありそのリャナンが、てきとうな事をやってルトナーの足を引っ張ることはむしろ庶民生活を圧迫することにつながりかねないという警告をカールは含ませてリャナンに聞く。
「今となっては、虚しい決意ですね。そんなことはもうできない。それに大学に通った三年で貴族様の横行を目の当たりにして何度心が折れたことか。素晴らしい花を作るって目標をどんなに遂げても権力の前には敵わないってことを目の当たりにしていましたからね。フランツェンになったとしてもそんなことで誰かが困るわけではないし、状況が良くなるわけではないですしね」
自嘲気味に笑いながら、リャナンは言う。入学時の決意等三年の学生生活の中で霧散していた。そして、あの時リャナン自身が腹を立てた大人と同じように「仕方ない」と諦めることで日々を上辺だけの平穏を取り繕って生活していた。それが変わった今はルトナーに期待せずにはいられない。
「きっと陛下なら二重課税のことも国民にいいように取り扱ってくれますよ。多分、僕らが匂わせなくても税を納める時期になれば陛下自身で気がついたでしょうけどね」
いたずらっぽく笑ったカールにつられてリャナンが頷いて見せると、カールも満足そうに頷き、「そろそろ帰りましょうか」と腰を浮かせる。リャナンもそれに倣い、席を立つ。会計時に支払いで少しもめたがカールの「僕は社会人で君は学生」と「学生に払わせるわけにはいかない」という理屈に押されて甘えることにする。店を出てお礼を言うと、「また今度違う話もしましょう」というカールの提案にリャナンは了解の意思を示し二人は反対方向に歩き別れた。