60. 行方
お店の一番奥に案内してもらい、カールと二人向い合わせに座る。
「リャナンちゃん。こんな時間に来るなんて久しぶりだね」
座ったところへ女将さんがメニューを持ってやってくる。ここにお昼ごろやってくるときはリトルアと一緒に試験勉強やレポート作成の時くらいなものだからテスト前でもなんでもない時の昼過ぎに来ることは確かに珍しい。リャナンが苦笑いをしつつメニューを受け取る。カールも同じように受け取りメニューを開く。しかし、二人してバラ茶のみを注文するだけに終わった。そもそもリャナンは昼食を食べ終えたばかりなのだ。
「今日は会えてよかったよ。昨日のこと謝りたいと思ってたんだ」
注文を終えるとカールがおもむろに話し出すが、リャナンにはカールに謝罪してもらうような覚えはないので疑問に首を傾ける。
「二重課税のこと、あの場でリャナンさんに告発してもらってもよかったのですが」
続いて飛び出したカールの言葉にリャナンは面食らう。
「それは無理です!」
慌てて否定した言葉にカールも苦笑いしながら、
「そりゃそうですよね。と、言うか予備選考のことで議員連中にはよく思われてないでしょうから、正直、リャナンさんが陛下に何かを進言することはお勧めできません」
と淡々と告げる。
「そう思うなら何故、謝罪など?」
「告発したかったなら申し訳ないと思って」
リャナンの疑問にカールは簡潔に答えた。リャナンは告発したいなど思ったことは一度もない。予備選考の時だって勢いに任せて話してしまったことが大事になり、一番慄いているのはリャナン自身なのだ。そんなやり取りをしていると頼んでいたお茶が運ばれてくる。誰彼構わず聞かせていい話ではないことを感じて、リャナンは黙ったままやりすごし、女将さんにお礼を言った。女将さんが遠ざかったことを横目で確認するとリャナンは改めてカールを見据え、
「私は、予備選考のことも告発のつもりなんか全くなかったんです。結果として、こうなってしまってアリアラはこの一件以来学校に来ないし、貴族一家の未来を変えてしまったことを後悔しきりなんですから」
自分の心情を初めて外に出す。告発者としてリャナンの名前は今まで一切出ていないため誰にも言えずにリャナンの中でのみ育っていた後悔が、カールを前にして口をついて出る。
「アリアラ=ゼストなら今は家で遊び暮らしているらしいですよ」
カールの言葉にリャナンは呆然とカールを見る。
「僕の姉が本家ゼスト家でメイドやってるので確かな情報です。フランツェンの地位はすでに金で買ってるし、このまま何事もなかったようにフランツェンにはなるんじゃないですかね。なので、リャナンさんが気にするような自体には一切なっていませんよ」
一切の嫌悪感を隠すことなくカールはリャナンに告げた。流石にリャナンは頭を抱える。もはや言葉も出てこない。
「ところでリャナンさん。なぜあなたはフランツェンを目指そうと思ったんですか?」
リャナンが頭を抱えているあいだにさっさとカールは話題を変える。
「王都住まいだったら、貴族の腐敗具合とフランツェンの形骸化なんて噂はそれこそ何前からという単位であったでしょう。そこに飛び込んだ理由を聞きたかったのもリャナンさんと会いたかった理由の一つです」
思わぬ方向に会話が転がりリャナンはどうしたものかと思うが、カールになら本音をばらしても大丈夫なような気がしていた。一瞬の逡巡を見せたが、リャナンは口を開く。




