6. 陛下と宰相
リャナンが授業を受けている頃、スタンホール大学と道路を挟んで向かい側に建っている全ての意味でこの国一番の建物、フェローニア王国城。外観は煉瓦造りのフェローニア王国においては、いたって普通の建物だが、政治の中枢にして王の住居だ。
「陛下!無断で城から出ないで下さいと申し上げたはずです!それにもうすぐ朝の議会の時間ですよ!国王陛下が遅刻など以ての外です!」
そんな荘厳な場所に似つかわしくない男性の大声が響き渡る。年の頃は五十代半ばと言ったところだ。身長はそれなりに高身長で、声にも張りがある。彼は先代国王陛下の終盤の治世を支えた男でこの国の宰相だ。そんな彼が切れ長の青い目を吊り上げて怒り狂っている相手は、この国の若き国王、ルトナー=フェローニアだ。
しかし、そんな怒りをルトナーは涼しい顔で反論する。
「だから、朝の会議には間に合うように帰ってきたじゃないか。ローン=ニエル宰相」
「そんなことは当たり前です!陛下が行方不明のため欠席なんてことになったら近衛兵の首が門前にさらされることになります!」
ルトナーのささやかな反撃は失敗に終わった。猶もまだローンの説教は続く。
ルトナーは、宰相の説教を半ば無視して、会議の行われるコンフェレンツ・ルームへと歩みを進めた。部屋の前まで行ってしまえば、ローンの説教も強制終了するだろうと踏んでいる。
「だいたい陛下が城下を軽々しく出歩いているとなったら、貴族の者たちが陛下を軽く見ることになりかねませんよ」
「さすがにそれは解ってるよ。だからこそ出歩くときはローン=ニエルって名乗ってるし。顔を見ただけで僕が国王だってわかる市民はそう居ないだろう?」
自信満々に答えたルトナーだが、ローンの反応は悪い。
「陛下?もしや外では私の名前を騙っているのですか?」
宰相の声の温度が一段下がる。どうやらルトナーは地雷を踏んだらしい。
「それこそばれたら一大事ですよ!陛下の信用が落ちたらどうするのですか!」
今日一番のローンの落雷にさすがにルトナーは首を竦めたが、
「無いだろ。最初からそんなもの」
すかさず自嘲気味にルトナーは吐き捨てた。
「そんなことは…」
一転して狼狽えるローンに、さらにルトナーは言葉を重ねる。
「僕が若いからだか、先王がそうだったからか知らないけど、貴族の議員達は国王を差し置いてこの国を好きなように動かしすぎていると思わないか?」
先ほどの態度とは打って変わって真面目な物言いをするルトナーはまさしく国王陛下の威厳を兼ね備えていた。
「陛下…。それは…」
言いよどむローンにルトナーは
「わかってるよ。今、あの狸爺達に噛みついたって良い様に丸め込まれるのが落ちだってこと位は。だけど近いうちに必ず取り返して見せる」
ルトナーはローンを前にはっきりと宣言した。そこで二人は、丁度コンフェレンツ・ルームに辿り着いた。ルトナーは一つ深呼吸をすると扉に手をかけて中に入る。
ここから先は国王陛下として一分もの隙も見せることは許されない。
お約束通りかと思いますが、リャナンが出会った青年は偽名を使った国王陛下でした。
今回とてもノリノリで書けました。この陛下と宰相コンビは書きやすい見たいです。