56. 視察
認定庁の建物を抜け裏にある認定庁の畑に行く。何棟もの温室からなる畑はチリチリとガラスに雨が当たる音がしていて少し楽しくなるとリャナンは思った。カールは一番手前にある温室にリャナンとルトナーを招き入れる。中に入ると、こもった湿気と熱に外とは全く違う環境になる。しかし雨がガラスを叩く音だけは外にいた時よりも大きく響いていてそこだけが外とのつながりを示しているようだった。
温室の中には六つの木のテーブルが並べられており、そのうちの一番右端の台にのみ麻で荒く編まれた布が被せてあるものが置かれていた。温室のはずだが中には緑色のものがなく寂しい印象を与える。リャナンが、何があるのかと不思議そうに辺りを見回していると、カールは、麻布の前に立つとリャナンとルトナーを呼ぶ。呼ばれるがまま二人がカーロのところへ行けば、カールはおもむろに麻を取り去った。
「まだ生育途中ですが、この調子なら春にも農家に出せると思いますよ」
麻布の下から出てきたのは、セルトレイに移植された挿し芽増殖中のデメルングだった。まだ大きさは五センチほどだがそれなりに植物の苗らしくなっている。不覚にもリャナンは少し感動してしまった。
「今のところ生育率も七割と成績いいですからね。これからひとつずつ鉢に移植して花が咲いたらかな
り見ごたえのある光景になると思いますよ」
カールは楽しそうに二人に説明する。
「うん。また花が咲いたら見にこさせてもらおうかな」
ルトナーがそれに応じている間、リャナンは再び辺りを見回し落ち着きがない。
「何か気になることでもお有りですか?」
カールがそんなリャナンの様子を見つけて声をかける。
「あっ。えっとごめんなさい。親株はここには無いのかと思って」
落ち着きのない自分を恥じるようにリャナンは小さく告げた。
「親株は別の温室でほかの国王認定のダリアと一緒に管理しているんですよ。見ていきます?」
カールが言うと、正直リャナンは「是非に!」と即答したかったが、ルトナーの方を伺う。自分の欲求に彼を引っ張り回していいはずがないのだ。
「ほかの花も一緒に見られるなら、僕も見に行きたいな。是非案内してよ」
リャナンの視線に気づいたのかそうでないのかはわからないが、リャナンの代わりにルトナーが答える。ともあれカールの提案通り、三人は外に出てさらに奥へと進むこととなった。今度はカールがルトナーに傘をさしかけた。ルトナーがリャナンの方を気にしたのでリャナンは、自分の傘をさす。カールが歩くとルトナーが横に並びリャナンはその後ろをついていった。雨音のせいでカールとルトナーの会話は断片的にしか聞こえないが、リャナンはあえてはいろうとはせず黙って後をついていくと、おもむろにルトナーはリャナンの方を振り返った。
「ねえリャナンさんからも何か言ってよ」
突然、ルトナーがリャナンに振る。何の話かさっぱりわからないリャナンが怪訝な顔をすると
「ゼスト家の議員に彼のお父上を据えたいと思っているんだけどなかなか良い返事が貰えなくて彼にも説得を頼んでいるんだけどね」
とルトナーが今までの会話を説明する。
「父も普通の公務員が長いですからね。今更議員なんかならないと思いますよ」
にこやかに言いながら否定するカールにリャナンが自分が口出せる話ではないと曖昧に笑って何も言わずにやりすごす。
「まぁ。伝えるくらいはしますけどね。期待せずにいてください」
一気に拗ねたルトナーをとりなすようにカールは付け足すと、一際大きな温室の前で足を止める。
「ここがダリアの親株の管理をしている温室です」
傘を閉じて扉の鍵を開ける。鍵付きの温室は増殖用の温室とはセキュリティの厳重さが全く違う様だ。