55. 認定庁
結局さほど時間も経過することなく馬車は官公庁街の一番立派な建物の前で止まった。そこはリャナンもよく知る、認定省の前だ。認定省とは認定花の管理・増殖を行う省で、一般認定庁と国王認定庁の二庁からなる。花の管理を行うということでこの国では防衛省と並んで重要視されている省だ。建物はいくつかある省の中で一番大きいし、さらに敷地内には広大な畑と増殖用の温室までもが設置されている。一般認定は大学の生徒が自分で取ることになっているのでリャナンは一般認定を取るたびにここの建物だけは入ったことがあった。
先に馬車から降りたルトナーにエスコートされリャナンも馬車を降りる。その様子を見つけた御者が慌ててルトナーに傘をさしだす。しかし、国王陛下が雨に濡れる等あってはならないという御者の思惑等ルトナーはさらりと無視してリャナンを傘に入れてしまう。リャナンは後ろの御者が怖くて振り向けないが、背中からでも恨めしげな気配が伝わってきて今からでも自分の傘を開こうかと思うが、そもそも、馬車から玄関まで傘をさすほどの距離でもないのだ。
城ほどではないにしろ、立派な門をリャナンが先に歩いて開けると、ルトナーが少し眉を寄せたが、流石に扉の開閉をルトナーにさせるわけにはいかない、とリャナンはルトナーの表情に気づかないふりをする。エントランスでは一人の男性が待っていた。
「やあ。無理を言ってすまなかったね」
ルトナーは男性に声をかけると男性は、
「いいえ。陛下のご命令とあらば何をおいても優先すべきですから」
と定型どおりの受け答えをする。
「リャナンさん。こちら国王認定庁・クルティーのカール=ゼスト氏」
クルティーとは認定省に務める公務員で認定花の増殖することが仕事だ。紹介されたカールは人当たりのよい笑みを浮かべている。金髪碧眼で小柄なことも相まって宗教画に出てくる天使のような外見だとリャナンは思った。
「お初にお目にかかります。リャナン=エルスターさん」
そう言いながらカールはリャナンに右手を差し出す。条件反射でその手を握り握手を交わすが、相手が既に自分の名前を知っていること、そしてゼストの苗字にリャナンの表情は固くなる。
「彼にはね、デメルングの増殖をしてもらっているんだ」
ルトナーの追加の説明にリャナンは驚いた。
「あの、失礼ですけどゼスト家の方なんですよね?」
リャナンは貴族が公務員として働いている状況がいまいち飲み込めない。しかもゼスト家なら今回のリャナンのフランツェン登用を快く思っていないだろう。なのにデメルングを増殖してくれているとは、失礼だと思いつつもリャナンはカールの人のよさそうな笑みに後押しされるまま疑問を口にする。
「ゼスト家と言っても家は、傍流も傍流なんで貴族としての待遇は無いに等しいですよ。だから働かな
いと生活できないんです」
リャナンの質問に気を悪くした様子もなくカラリと笑いながら答えた。
「さて陛下、増殖の状況をご覧になりたいとのことですが、このまま温室に向かってもかまいませんか?」
一転して真面目な口調に切り替えてカールはルトナーに向かいあう。その身のこなしに傍流といえど貴族は貴族なのだとリャナンは感心する。リャナンなど未だにルトナーの前では緊張しっぱなしなのだ。
「ああ。よろしく頼むよ」
ルトナーが短く答えるとカールは先頭を切って歩き出した。ルトナーがそれに続き、リャナンが遅れないように歩き出すと、ルトナーはリャナンを自分の左側に導いた。誘導されるままルトナーの左側に収まって半歩前を歩くルトナーを追う形で歩き始めた。