50. 晴耕雨読
翌日、暦の上では冬であるフェローニア王国だが、カレンダーが変わるからといっていきなり雪が降り出したりするようなこともなく、小雨がぱらついていた。リャナンは雨の気配を薄暗い部屋の中で感じながら、いつも通りに学校へと向かう準備をして、工房へと向かう。かまどに火をいれてから学校へと向かう。裏にある畑は土が雨を吸い込み黒い色を剥き出しにするばかりで人が行うべき作業は何もない。リャナンは小雨の中、若草色の傘をさして、いつもよりゆっくりとした歩調で学校へ向かう。
リャナンはいつものお店で、朝ごはんを買おうかと向いかけるが、昨日のお祭りの食事の量が多く、一夜明けても空腹を感じていなかったので、そのまま学校に入る。いつも通りの時間に家を出てきたせいでゆっくり歩いたとはいえ、授業までにはまだ一時間ほどあった。今から教室に向かってしまうと手持ち無沙汰になりそうだと、リャナンは教室とは逆方向に向かう。
リャナンが向かった先はスタンホール大学の図書室だ。植物の栽培からこの国の伝承果ては諸外国の神話まで幅広い蔵書が自慢ではあるものの、人の気配はいつもあまり無い。渡り廊下を歩き独立した建物になっている図書館にはいると、灯りの数が抑えられているため雨が降っている外よりもさらに薄暗い。入口すぐのところに居る司書は朝早くから夜遅くまで学校がある日は毎日来ていて、さらに図書館のことで彼に分からないことはないと言われているほどの人物だ。リャナンは司書に挨拶をすると、目的の棚へと進む。目的の本棚の前に辿り着くが、リャナンはあまりの蔵書に途方にくれる。とりあえず目の前にある本を引き抜いて斜め読みをして元にあったところへ戻す。それを何冊かくり返し、気になった本を三冊持って司書の所へ持って行き貸出の手続きをしてもらう。
リャナンの出した本を見ながら、
「そういえばフランツェンになれたんだよね。おめでとう」
いきなりの言葉にリャナンは驚きつつも
「ありがとうございます。やっとスタートラインに立てたと思ってます」
と言って本を受け取ってそそくさと図書館を後にする。突然お祝いを言われるのは未だに慣れていない。しかも最近は落ち着いてきていたのでなおさらだった。本は抱えたまま教室に行き、いつもの席で借りてきたばかりの本を広げる。窓に当たる雨音をBGMに夢中で読んでいると、廊下から足音が聞こえてくる。
「リャナンちゃん。おはよう」
いつも通りにリトルアが、教室に入ってきてリャナンの隣に座りながら
「何読んでるの?」
と聞いてくる
「ランの本。ランの育種も一度くらいは取り組んでみたいじゃない」
リャナンが本を閉じてリトルアに答えるとリトルアも納得した様に頷く。
「フランツェンの憧れだよねぇ。大学時代だけじゃ絶対に完成しないし」
「花が咲くまでに。最低五年とかランの精霊はのんびりすぎるよねぇ」
リャナンも答えて苦笑いをする。花が咲くのが早く新品種ができやすいという理由だけでダリアを育てていたが、フランツェンに認定された今、リャナンは自分の育てたい花を育てることができるのだと、改めて考えてみた結果、ランの育種にも取り組もうと思い、朝の図書館はラン関連の本を借りてきていたのだ。