48. 決意
「別にこれと言った用事はないかな」
あっさりと言い切ったルトナーにリャナンは目を丸くする。しかし、自分には返さなければいけないものがあったと、仕舞っていた懐中時計をテーブルの上に置いた。
「園遊会の前にも申し上げましたが、私は城に来ることはできません。こちらをずっと預かっておくわ
けにもまいりませんし、お返しいたします」
ルトナーは置かれた時計に見向きもしないで、
「どうして来られないか理由を聞いてもいい?」
とリャナンに問いかける。リャナンはまっすぐ見られると落ち着かなくなり、視線を落とし、出されたお茶のカップの模様を見ながら
「城ってだけで、緊張します。近衛兵に声をかけなければ先に進むことすらできないなんて敷居が高いです」
小さな声で告げる。やっぱりルトナーの方は見れずに、今すぐ席を立ちたい衝動に駆られたが、それは叶わない
「そんなこと?じゃあ今度から近衛兵には君に声をかけないように言っておこう」
ルトナーは拍子抜けしたように言い、脱力したように椅子の背もたれに寄りかかったリャナンはルトナーの言葉通りに近衛兵に声をかけられず門を通り過ぎる自分の姿を想像するが、そこから先に行き着かないことに思い至る。城の中は広すぎて今この場所がどこにあるかもよくわかっていないのだ。ルトナーの場所に行き着ける気がしない。
「問題はそこだけじゃないです。というか、そもそもなんで陛下は私を城に呼びたがるんですか?」
「え?なんでって…。友達だから?」
思わず問い詰めるような口調になったリャナンに、ルトナーはやや弱い口調で答える。
「ともだち…ですか」
あんまり突飛な返答にリャナンも返す言葉を求めて視線をさ迷わせる。しかし答えがそこらへんに転がっているわけもなく、
(私って国王陛下と友達だったんだ。)
等と見当違いなことを考えていた。
「そりゃあ、今日のことといい国王認定のこととか君に迷惑ばっかりだけど、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」
すっかり拗ねた子供のような声になっているルトナーに改めて視線を向けると、
「別に迷惑かけられてると思ったことはありませんし嫌がったこともないと思いますけど、というか国王認定はありがたいと思いこそすれ迷惑って発想は…。もしかして友達だから適当に認定したんですか?」
ありえないと言い切れないところが悲しいが、先ほどの園遊会でも地味だとあげつらわれたことを思い出し、花以外の決め手があったとすれば、リャナンにとって、ショックが大きい。
「花が気に入ったのは本当だよ。園遊会でタウベルト氏に語ったことも本当だ。でも、君が貴族だったらどんなにデメルングが素晴らしい花でも、一番に認定はしなかったと思う」
一応遠回りに言ってはいるが、ルトナーはリャナンが庶民だから認定したと言ったのだ。その言葉を聞いて少なからずリャナンはショックを受ける。ルトナーはさらに続けた。
「ここからはこっちの勝手な都合だから話すことは間違いかもしれない。君も知っての通り先王の時代に国王認定を私欲で動かしていた貴族がいた。それだけでなく今、この国の政治の中心は国王たる僕の手にはなく、四家の議員達がいいように私欲を貪っている。だから、あるべき形を取り戻すために一番インパクトのある方法として国王認定を利用した。ゼスト家の議員の私欲を糾弾しながら、自分のために認定制度を使ったことは君に責められても仕方がないことだと思ってる」
いつになく神妙なルトナーの話に、リャナンの心は決まった。
「でもっ。陛下の行動は自分のためというよりはこの国のためでしょう。ここは王都で私は王都育ちだから切実に感じたことはないけれど、貴族領では何重にもかけられた税金の話とか、焼け太りしている貴族の話はよく聞きます。それを削いでくれるなら、本来の統治制度に戻すためのことだったら私は別に責めたりしません。だって私は陛下の友達だから」
リャナンは叫ぶように言い切った。その言葉を聞いたルトナーは、一層綺麗に微笑むと
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
ルトナーの一言にリャナンは現実に戻ると自分が言い切った発言にちょっと青くなった。
「さて大切な友人として、いつになったら遊びに来てくれるの?」
といたずらっぽい顔になる。リャナンは追い込まれていくのを感じた。
「どうしても来ないなら、朝に君の畑に押しかけるよ?」
「明日からは畑に出ませんけど、それでもよければどうぞいらしてください」
やられっぱなしも悔しいのでリャナンは皮肉っぽく答えた。
「え?なんで?」
呆然としたように聞くルトナーに
「明日からは冬ですよ。畑の作業は春になるまでお休みです」
この国では祈りの日を境に秋と冬に分かれる。今日は秋の最終日だ。春になったら畑をまた使うため冬には畑の力を蓄えるためにあるとされている。大学に限らず実家の畑も、もう土の中に球根が植えられているだけの状態になっている。言われて気がついたルトナーはそれでもすぐに気を取り直すと、
「じゃあ。放課後、少し時間あるでしょ?やっぱり遊びに来て」
と言った。リャナンはこれ以上引っ張れないと思い、一度出したルトナーの懐中時計を再び仕舞い、
「分かりました。授業が終わったら来ます。そろそろ時間が無くなりそうなので、今日はこれで失礼します。また明日」
と言って席を立つ。その答えに気を良くしたらしいルトナーはさっきの神妙な雰囲気はすっかりナリを潜めて
「うん。また明日ね」
と言って立ち上がった。
送らせるというルトナーに丁重に断りを入れて徒歩で帰ることにする。また馬車で送られたりしたらちょっとした騒ぎになってしまう。フランツェンとして立ち振舞うことは頑張れるが余計なところで注目を集めたくないのもリャナンの本音だ。