42. 園遊会前
園遊会「前」です。準備だけで一話使ってしまいました。
次の日の朝、約束の時間にギリギリに城に着くようにリャナンは家を出た。遅刻をするわけにはいかないが、城で長時間待つのもごめんなので慎重に時間を逆算して家を出る時間を決めた。流石に作業着というわけにはいかないのでリャナンにしては珍しく、承和色に黄緑色のチェックのワンピースを着ていくことにする。髪の毛もいつものひっつめ髪ではなく下ろして念入りに櫛った。軽くではあるが、化粧も施した。リャナンは正直、園遊会がどの程度の規模で行われるかもよくわかっていなかったので、最低限身だしなみには気を使っているが、普段授業を受ける時の貴族連中の格好にすら足元にも及んでいないことはリャナン自身、よく自覚していた。せっかくの招待だが最悪、園遊会には参加せずに帰ってくることもあるだろうと覚悟はしておく。貴族の普段着レベルすら自分には手の届く代物ではない。
城に到着し、門の前の近衛兵に招待状を見せると、何も言われずに奥へと通された。しかし、園遊会のはずなのにほかの人影が見当たらない。不審に思いつつ、会場は国王認定の日に見た庭だったとリャナンは、城の中には入らず庭へ直接向かおうと進路を左へと変えようとしたところで、
「おはようございます。リャナン=エルスターさん」
と声をかけられた。何度か聞いた声にまさかと思いつつ声のしたほうを向くと、ルトナーが城の入口に背中を預けた格好で立っていた。
「おはようございます。国王陛下」
リャナンの中に、約束をしたのに一度も会いに行っていないという負い目があるため思わず身構えた。返事も事務的なものになる。返事をしたところで、時計を返さなくてはと思い至り、リャナンは、持っていた鞄から時計を出すとルトナーに近づいた。
「あの。陛下。やはり私は、城に来るようなことはできませんでした。申し訳ありませんが、これはお返しいたします」
時計を差し出しながら、それだけ言うと
「その話は後にしよう。とりあえず今はついてきて」
ルトナーは時計を受け取らず寄りかかっていた扉を開けさせてリャナンを中に招く。リャナンが着いていくと、相変わらず帰り道がわからなくなりそうなほど歩き、ひとつの部屋にリャナンを招き入れた。部屋の中には数人のメイドがいて恭しく頭を下げている。ルトナーはメイドに「後はよろしく」と言って出て行った。取り残されたリャナンは不安を抱いたが、メイド達はそんなリャナンにお構いなしにリャナンを鏡の前に立たせると、あっという間に服を脱がせて、新たにドレスを着せる。ドレスはリャナンが取った国王認定の花と色みが同じで、許色と黄色をしていた。レース等がふんだんに使われており、リャナンが一目見ただけで相当なものだと分かるドレスに
「あの、これは一体どういうことなんでしょう?」
どうにか搾り出した声でメイドに聞くと、全員が「陛下のご命令です」としか言わない。されるがままになっていると、椅子に座らされ、念入りに化粧まで施され、髪もきっちりと結い上げられた。今まで履いたことのない高さのヒールだけは断りたかったが、無言で圧力をかけられているような気分になりしぶしぶ従った。全てが終わり、改めて鏡を見ると、最早別人と思われても仕方のないくらいの変貌を遂げたリャナンがいた。
「それではこちらへ」
と入っていきた扉を開けてリャナンを部屋から出す。慣れないヒールにふらつきながら部屋を出ると廊下でルトナーが待っていた。一緒に部屋から出たメイド達がルトナーを見て眉をひそめたが、特に何も言わずリャナンを追い越してどこかへと消えていった。招待状に書かれた時間はとっくに過ぎている。
「あの。陛下。ここにいるのはマズイと思いますけど」
リャナンの言おうとしていることがわかったのか、ルトナーはリャナンをさりげなくエスコートしながら、
「ごめんね。君に送った招待状は時間を早く書き換えたから本当はまだ始まるまで三十分くらいあるんだ」
なんでそんなことを。とリャナンは思ったが、今の自分の状態を思えば、要するに陛下はリャナンの格好を整えたかったのだと思った。ついでに時間にギリギリに来ることも読まれていたらしい。
「先王のフランツェンは、ほぼ全員が貴族か名家の人達で、僕が選んだフランツェンはまだ君だけだから正直、今日は君にとって楽しい時間になるとは思えない。でも君を出さないという選択肢は無い。頼りにならない王様でごめん」
本当に申し訳なさそうに謝るルトナーに、
「だいたい事情はわかりました。ご心配もありがとうございます。でも、あの大学に通っていて貴族の汚い部分も色々と見てきたつもりです。今更、そんなことに怖気付いたりしません。正直、正式な作法なんかは不安が残りますが、陛下唯一のフランツェンとして今日の園遊会は陛下の恥にならないように努めます」
リャナンは、一息に言い切りいつもより目線が高いせいで、ルトナーの顔も近くに見えるが、構わずにまっすぐルトナーを見つめる。そんなリャナンを見てルトナーは微笑むと、「よろしくお願いします」と言って微笑んだ。その後は特に会話もなく、二人で、園遊会の会場へ向かった。そこには既に他のフランツェン達が集まり始めていた。
ヒールが嫌いなのは私です。