41. 冬と灰
家に帰ると、いつも通り母親と兄嫁が店番をしている。
「リャナン。おかえり。今日は、陶器屋のハゼットさんが来るから、対応お願いね」
店の中を通り部屋に戻る時、母がリャナンに声をかける。
「今年もそんな時期かぁ。わかった、来たら毎年のように灰を渡せばいいんだよね」
リャナンが感慨深げにつぶやく。陶器屋のアルノー=ハゼットは、畑のダリアを灰にしたものを買いに来る。それを釉薬にして陶器を焼くと独特な青色の焼き物ができるのだ。リャナンの家の畑ではダリアは春先に植えてそのまま夏を越し冬前に地上部を刈り取るので、アルノーがくるのは自動的に冬前の年に一回だけになる。
「灰は畑に袋に詰めて置いてあるからね」
毎年のことにリャナンは母親に「わかってるよ」と返事をして荷物を置くために一度自室へと向かった。
鞄を置いて襟を外してから店へと戻ると、まだアルノーは来ておらず、リャナンはカウンターの中母親の隣の椅子に座った。リャナン、母親、兄嫁の順番に並んでいる。
十分ほど過ぎた頃にドアベルが鳴りアルノーが店に入ってきた。
「こんにちは。今年もよろしくお願いします」
アルノーは背の高い痩せた男だ。短く刈り上げた檜皮色の髪と瞳は周囲に少し怖い印象を与える。リャナンはいつも顔を見るたびに、山羊に似た顔をした人だと思っている。そんな風貌の男がよろしくと九十度近く頭を下げる姿は少しアンバランスだ。
「いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ」
リャナンが椅子から立ち上がりアルノーの隣まで行くと店のドアを開けた。二人で連れ立って家の裏の畑へと向かう。
「毎年、本当に助かるよ。ありがとう」
アルノーが道すがらリャナンに世間話を振る。
「そんな。こっちも捨てるか畑に埋めるしかない、冬前のダリアを買い取っていただけるなんてありがたいですよ。逆にお金払いたいくらいです。」
リャナンがソツなくかえす。これでも商売人の家の子供だ。会話力はそれなりに高い。
「そういえばリャナンちゃん国王認定取れたって?」
いきなり変わった会話とその内容にリャナンは一瞬たじろいだが、
「どこで聞いたんですか?びっくりしました。」
少し大げさに驚いて見せてやり過ごす。
「お隣に酒買いに来た時教えてもらったよ。いろんな人に触れてまわってるみたいだったけど」
リャナンが驚いたことに気を良くしながらアルノーは話してくれた。予想外の話の出処にリャナンは再び驚いた。「そうだったんですか」としか返せず、畑についたのをいいことに隅に置いてあった小さな革袋を手にとって渡す。畑いっぱいに植えてあったダリアも灰にしてしまえば小さな袋に収まってしまう量にしかならない。
「じゃあ今年もありがとうございました。来年もよろしくね」
リャナンに代金を払うとアルノーはサッサと畑を後にした。
リャナンが店に戻ると、
「ありがとうリャナン。なんか手紙きたよ」
母親がリャナンに一通の封筒を渡した。リャナンがアルノーにもらった代金と引き換えのように、受け取る。差出人を確認しようと裏返すと、差出人の名前の代わりに王家の紋章の蝋封が施されていた。リャナンはぎょっとして慌てて開封する。しかし中身はなんということはない、明日の園遊会の招待状だった。リャナンはホッとして、
「お母さん明日は、お城に出かけてくるね」
と招待状を見せながら話す。
「楽しんでおいで。でも招待状ってこんな急に来るものなんだねぇ」
招待状をリャナンに返しながら呟く。確かに少し妙な気がするがそれを母親に言っても仕方ないので曖昧に頷くと夕飯を作る母親と店番を交代した。
ダリアの葉や茎を釉薬に利用した陶器は実在するらしいです。実物は見たことないので、青色が出るとかは文章で出てきたまま利用させていただきました。
参考文献/ダリア百科




